どうそく(@madanaizo)さんの人気ツイート(いいね順)

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ホリエモン達がウケるの。実はコレもあると思うんだよな。「僕は他人をことを考えすぎて…嫌われてないか、不快にさせてないか、とか…いつも失敗してしまう。どうやったら、彼みたいに”相手を人間と思わない男”になれるんだろうか。僕もそうなれたら、人生を上手くやっていけるのに!」みたいな感じで
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ツイ廃が散歩が好きなのは自分が自分であることに倦んでるからだよ。何を読んでも、聞いても「自分なりの解釈」しかできんことにウンザリしてしまうんだ。だからただ歩くだけで、次々と「自分の思考以外の情報が入って来る」散歩に救われるの。現実は解釈以前に、ただそこに「ある」ものだからな。
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もう百回くらい書いてるけど、Twitter。自分の頭の悪さどころか、センスや性格の悪さまで可視化させてくれる場所にみんな、よく耐えられるな。自分の呟きを通して「俺は所詮この程度の男か…」と分かっちまう。その点は「成績は悪いが、性格はいいから」というゴマカシの効く学校の方がまだ救いがある
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現実の特徴は「つまらなくて、無駄に長い」なので、映画がシリーズ化されたり、ドラマ化されたりすると、それだけで現実に似てしまう(無駄に長い、の部分)からマイナス。
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それは庵野監督がシンゴジ制作時に「え、もっと長谷川と石原の絡みを増やせ?元夫婦という設定にしろ?じゃあ、僕、おります」と平気で言える胆力と同じものかもしれないが。あぁ、見方次第では彼は悪人にも善人にも見える。でも性格の問題ではない。映画への忠実さの問題だよ twitter.com/madanaizo/stat…
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小説とか、映画を好んでいる人は「人間というのはもっと複雑なはずだ。複雑なのが人間のはずだ」という思い込みがあるので、実際の事件で人間の信じられない薄っぺらさが露わになった時に、逆に戸惑う…という現象がある気がする。マニアよ。世界の複雑さとやらに耐える前に、世界の単純さに耐えるのだ
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で、だ。 定期的に議論になる「批評家はケシカラン、いや素晴らしい」的なのも、案外コレに似た部分があるのではないか。ここまで定期的に盛り上がる話題は、何か別の存在意義があってもおかしくないよ。俺達は互いにディスりあうことで、結果的に「自分の仕事」を上手くやれる面もあるのではないか…
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世の中には「お互いに好感を持ってるけど、この関係を”友達”と呼ぶと何かが失われてしまう」みたいな、凄く微妙な感情も多々あると思うのだが、もしかしたら「推し」なるものは、そういう微妙な感情を…相手と人間関係を築くことを放棄する代わりに…微妙なまま昇華させてくれるものなのかもしれない。
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昨日もちょっと書いたけど、『ぼっち・ざ・ろっく』のぼっちちゃん。よく「ぼっちちゃんは努力の人だから、お前らみたいな単なるネガなぼっちと違う」と言うけど、俺は第一話で「ギターのヘルプをして!」と頼まれた時、チャンスが来た時にちゃんとソレを掴んだこと(?)が、一番の違いと思うんだよね
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『トップガン』後半に思いっきり、コレがあったな。映画の方から観客へ向けて「俺達と共犯にならないか?だって、たとえ嘘であっても、もう一度トムが~~するとこを見たいでしょ?」と語りかけてくる感じがあった。そして多くの観客が「うん!」と同意して、トムはソレをやってしまった。実に「映画」 twitter.com/madanaizo/stat…
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あと、谷川俊太郎の詩を載せた教科書を「ひらがなが多いから確かに子供でも読める。でも内容は明らかに大人にならないと理解できないものだ。それを「子供でも読めそう」とホイホイ載せるから、「詩=わからん=俺には必要ない」という奴が増えるんだ」と批判してる人がいて、コレも一理あるよなぁ、と
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いや、単に返事する暇なく連れていかれただけなんだが…それでも。 なんというかな、本当の本当に自分を嫌悪する人は、多分、そういう「俺もバンドやれるぞ!」というチャンスが来た時ほど、「俺を誘ってくれるようなイイ人に迷惑をかけてはダメだ」と、それを手放してしまうような気がするんだよ。
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「人をコンテンツとして見るな。画面の向こうには生身の人間がいるんだ」とよく言われて、俺も「そういうの大事だよ」とも思うけど… 少しだけ「でも人間って、存在自体がちょっとだけコンテンツなんだよ。存在要素の中にフィクションが含まれてんだよ」とも思う。なので俺の呟きは好きにするがいいぞ
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いや、ホント。同じ話を何度もしたいならツイッターがベストですよ。俺が言ってんだから間違いないよ。実生活で同じ話を繰り返すヤツは哀れに思われるだけだが、ツイッターならだれも気にしない。その同じ話が時にバズったりするからな。何度も同じツイートをして、自分らしさってやつを獲得しようぜ。
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「この世には理由のない優しさも存在するのに、一部の男達はソレが理解出来なくて、「優しくしてきた=俺のが好きなんだ!」と思ってしまう」という話。何となく「マニアは”意味のない会話”に耐えられない」的なのを連想しなくもない。世間一般では会話の内容より、会話したという事実の方が大事なのに
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↓前も引用したけど…横道誠氏は「私のような非定型=発達障害者には、本屋大賞取るような本は謎すぎる。定型発達者への共感を前提に作られてるから、読んでて息苦しくなるのだ。だから自分は大衆文学より、実験的な純文学の方が遥かに娯楽になる」と語ってて。コレなんか非常に考えさせられるんですよ
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それを凄く複雑な感じで語ってたのが印象的で。こういうの考えると、今もビートルズやクイーンのベスト盤が売れ続けてますよ、みたいな話も「どうなんだろう?」となってさ。もしかしたら、単に「これぐらい偉い人の曲じゃないと、もう音楽を聴くことが出来ん」という人々の辛い状況の表れではないかと
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俺、安倍さんが首相やってた時に不気味だったのがコレなんだよな。「首相がイイことを言ったから感動しました!」ならまだ分かるんだよ。でも「偉い人達が感動しろ!と言ったから、感動します!実際、私は今感動してます!」みたいな奴がマジでいたことが本当に意味不明だったんだよな。なんなの、ソレ
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「心の闇が…」云々言われるが、実際は「心の闇」を作ることに失敗した人を問題とすべきではないか。人はきちんと「心の闇」を作るのが大事なのに、SNSはいたる所で「本音」がダダ洩れの状態。今や「心の闇」は蒸発してしまった。そのツケが到るとことで出ているのだ…という話もあるそうですわ。一応 twitter.com/madanaizo/stat…
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俺としてはかなり直な下ネタ(に関する)ツイートをしたつもりなんだけど、文章が下手すぎて「なんかいいことを言ってる風のツイート」になってしまった。こんなにのびていいのだろうか。俺的には「リョナ絵はちょっと下手な方がいいネ。ヘタにうまいと逆にヌケねぇよ」みたいな話をしてるんですよ?
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日本映画。別に質が低いとは思わないが、「面白い」の種類が五つくらいしかないんじゃないか…とは感じる事はある。そこを打ち破るためにも、かつて黒澤がシェイクスピアとかドストエフスキーをやったノリで、海外の古典や、数十年前の漫画を映画化するのはアリと思う。別のタイプの「面白い」が欲しい
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一緒にいた人が明らかにムッとしてたのがよかったな。「俺はその程度の理解しかしてない奴とは話をしない」という顔をしてた。色々言われるが、人は好きな映画を「その程度の理解」で貶されるのは嫌なんだよ。そう考えるとやっぱりSNSは悪くないな。批判するにしても、もちっと気合い入った奴がいるし
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B'zと「ダサさ」の話。ライブDVDの特典に入ってる映像の中に、稲葉氏が「こっちの方がダサい」という理由で衣裳決める場面があった。そういう「ダサい」衣裳じゃないと、遠くの客はよく見えないとか。だから、ある程度は意図的なものだと思う (実際、小さい会場でライブするときは普通の服着てるし)
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『不幸になりたがる人たち』で知ったけど、阿蘇くま牧場自殺事件は凄いね。六十一歳の主婦が動物園の子熊に食われた事件。実は主婦は某宗教の熱烈な信奉者で、釈尊の過去世の「捨身飼虎(飢えた虎に自分を食わせる話)」を実行しようとしてた。でも虎の檻に入れなかったから、熊で代用して死んだっての
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カメラがどんどん逃げちゃうんだ、っていう。 あと、なんかの時に「映画作りは編集が一番楽しい」とか「編集が一番大事」とも言っていたので「撮れた映像」にそんなに重点を置いてない…というのもあるのかもしんない。