「自分のやりたい事が分からない」という人間、往々にして様々な抑圧により自分を押し☓す事が日常化してるんだよな。自分の意思を尊重して貰えた経験に乏しく、「これぐらいは許される」という安心感を剥奪されてるが故に、「自分を大事に」と言われても何をどうすればいいのか全く分からないというな
社会不適合人間の生き辛さには色々原因があるんだけど、1番は「良くなる見込みや実感がない」事だと思うんだよな。過去の様々な経験により「どうせ全て駄目になる」的な諦観に支配されているので、何もヤル気になれず、やっても充実感や達成感はなく、ただただ疲労だけが蓄積されていくだけというな。
「コミュ力/協調性がない!」と相手を責める人間ほど、それがないパターンが多いんだよな。何故ならコミュ力や協調性というのは「相手に歩み寄る力」であり、それを持たぬ人間ほど「貴方が歩み寄れ!」と要求せざるを得ないし要求しか出来ない。(自覚なき)コミュ障ほどコミュ障に厳しくなるというな
先延ばし癖の強引な解決法として「何か嫌/面倒なタスクを設定する事で、それへの回避行動(先延ばし)として他のタスクが捗る」というのがあるんだよな。掃除してる時に目に入った本を読むと異様に面白く感じたり、風呂に入る前にスマホ見始めたら止まらなくなったりする現象を、逆に利用するというな
「モテる人間はモテる人間なりの苦しみがあるんだぞ!非モテは想像力が足りない!」的な話、実際にモテるようになった結果、「確かにモテる事による苦しみはあるが非モテのそれとは比べ物にならない」という事が分かり、想像力の足りない人間ほど他人に想像力を要求する法則に気付いてしまったな…。
「理解のある彼くん」の話をすると、必ず「理解のある彼女ちゃんもいる!」と言う人間が現れるけど、マクロでは実証的研究で「精神疾患は生殖を低下させるが男性は女性に比して大幅に低下する」と結論されてるし、障害者向結婚相談所でも「女性は需要あるが男性は需要ない」と言われてたりするというな
自己肯定感の低いコミュ障、人間関係が乏しいので仲の良い友人が出来たら凄く嬉しがるけど、同時に「でも自分よりもっと仲良さそうな人がいるし…」と友人との温度感に怯えてしまい、迷惑に思われないよう変に距離感調整してモヤモヤしたりギクシャクしたりで、友人が出来ては消える傾向にあるというな
非モテの苦しみって「セックス出来ない」こと自体ではなく、「セックス出来るような関係性を得られない」ことなのでポルノや性風俗産業では解決不能なんだよな。非モテが求めてるのは「異性に深く受け入れられた」という成功体験であって、ポルノや性風俗産業で代替可能な性交体験ではないというな。
「何故鬱病エッセイ漫画には支えてくれるパートナーが出てくるのか?」という疑問には、医学的には「パートナーの有無は標準治療を除く鬱病早期寛解に関連する唯1の変数だから」という答えが出てるんだよな。具体的にはパートナーのいる人間は早期寛解可能性が2.4倍高くなる。 jamanetwork.com/journals/jamap…
矛盾してるようだけど「トライ&エラー」をやる為に1番必要なのは「成功」なんだよな。過去に困難が身を結んだ経験がある人間は失敗しても「いつかは出来る!」と思えるけど、苦難に押し潰されてきた生物は失敗すると脳内に「直ちに退避せよ!」とアラームが鳴り響く。成功する為の成功がないというな。
ある種の陰キャが性風俗(キャバ含む)に行かない理由は、小さい頃からのアレコレで変にメタ認知能力が発達したり敵意に敏感になってるので「自分を嫌悪している相手と只でさえ苦手なコミュニケーションをとる」は最強のストレスなんだよな。陰キャにとって性風俗は金を払って苦痛を買う拷問そのもの。
自己肯定感が低い人間はコミュ障になりやすくて、人間と1緒の空間に存在すること自体に罪悪感を覚えるから、頼み事や拒否が出来ないのは勿論、誘ったり話し掛けたり沈黙するのも感情面では「相手の時間を奪う犯罪」だと認知してしまい、罪悪感と人恋しさの板挟みで言動がバグッて自爆しがちというな。
ADHDの時間感覚、労働の30分と労働が終わって家に帰って「あぁ食器片付けないと…風呂にも入らないと…明日の支度も…あと少しゆっくりしたら手をつけるか…」と思ってダラダラしてる3時間が、体感では同じくらいの長さに思えるところに色々と問題が集約している気がするな。
連休、いつも「連休だからあれやこれが出来るな!」「今度こそあれをやろう!」と思いつつ「まだ休みはあるしゴロゴロしよう」「あと1日あるし今日はゴロゴロでいいや」「もう出掛けたりしなくていいや」と結局は何もしないで終わるんだけど、これまんま自分の人生の縮図っぽい気がするな。。。
自己肯定感の低いメンヘラ、往々にして人間不信というより「人間のネガティブな部分だけを信じてしまう」状態なんだよな。人間から褒められたり好意を伝えられると嬉しいけど不安になり、人間から悪口や敵意を向けられると「やっぱりそうなんだ」と落ち込むが、同時に何処かホッとしてしまうというな。
自己肯定感低い人間が失敗や嫌われを恐れるのは、自己評価が高いからではなく「自分は世界に存在してはいけない」という罪悪感を抱えているからなんだよな。それ故に少しでもミスしたり疎んじられると「やはり自分はいてはいけない人間なんだ!」と、自己否定感で気分がドン底まで落ちやすいというな。
自己肯定感の低い人間が陥りがちなのが「自分なんかが相手を大切に思っていいの?」病で、好きな/親しい人間が出来ても「相手には自分より仲良さそうな人間が沢山いるし…自分の気持ちは重過ぎない?」と不安になって変に遠慮して余所余所しくしてしまい、人間関係が出来ては壁を作ってしまうというな
悲しかったり腹立たしかったりしても何も言わない人間は、良い悪いは別にして「自分の感情は尊重されない」と学習してしまってるんだよな。感情を出した結果、否定されたり嘲笑されたりで余計に傷付いた経験が多過ぎて、自分の感情を押し殺して口を噤むのが自己防衛術になってしまっているというな。
コミュ障にとって礼儀や敬語は「とりあえずマイナスな印象を与え辛くトラブル発生率も低い汎用的なコミュニケーションのテンプレート」であり、上手く距離感調整出来ない生物にとっての福音なので、「そんな固くならないで」と言われると、どう振舞えばいいか分からなくなり、逆にフリーズするというな
自己肯定感低いメンヘラ、往々にして愛されたいと思ってる1方で「私は人間から嫌われる」という強固な世界観を有しているので、「人間から愛され大事にされたくてしかたないが、いざ愛され大事にされると認知不協和で全てひっくり返したり逃亡したくなる」という難儀な状態に陥りがちになるというな。
Twitterにおいてフェミニズムないしフェミニストが本来の意味から、あまりにもかけ離れて使われている為に書きました。フェミニズムの歴史や思想をざっくりですが、まとめました。 「ツイフェミ!」と言う前に読んで欲しい「フェミニズム入門」|rei @rei10830349 #note note.com/beatangel/n/n3…
ADHDがいつも遅れたり忘れ物をすると思うのは間違いで、例えば自分は荷物は前日にまとめておくし、5分前行動を心掛けているので余裕はたっぷり。だから出発前は常に「時間はあるから」と寛ぐし、予定時間過ぎてから焦り出すし、直前で入れ忘れに気付いて物を探し始めるし、結局毎回危うくなるというな
過干渉なママと無関心なパパに育てられた子供は、まず何をするにも相手の顔色を伺うようになるし、常に他者の視線に怯えてビクビクするし、自分の意思や主張をハッキリと言えなくなるので、男性はコミュ障型の非モテになり、女性はモラハラやDVされてる方が落ち着く型のメンヘラになりやすいというな。
ASDの「いつも通り/計画通りに物事を進めたい」「想定外の事態に弱い」特性と、ADHDの「衝動性が強い」「不注意でミスを招きやすい」特性が合わさると、傍目には「平和主義者なのにトラブルメイカーで、しかも起こしたトラブルでは常に自分が1番ダメージを受ける」という謎の生物が誕生するというな。
自己肯定感の低いメンヘラ独特の症状として「愛に飢えてるが愛されるのが怖い」というのがあるんだよな。自分が愛されるわけないという思い込みから、他者に愛されると「やがて失望される」と不安が渦巻き、やがて自分から全て滅茶苦茶にして実際に愛を失う事で不安からの解放を目指してしまうというな