Twitter、オリンピックの是非で散々揉めたのに、いざオリンピックが始まるとTwitter上でも普通に皆ワイワイ盛り上がるの、良い悪いは別にしてTwitterで政治談義してる人間達は「ノイジーマイノリティ」であり、如何に盛り上がってるように見えてもコップの中の嵐でしかないことがよく分かるというな。
辛い経験をする1番のデメリットは「世界に対する怯え癖がつく」事なんだよな。この癖がつくと自身の意思を表明しようとすると「それが通らず苦しむ自分の姿」が思い浮かんで自分を出せなくなり、最終的に自分の意思を持つこと自体がストレスと化して「苦しみたくない」以外の願望が消滅してくというな
無理してる人間に「無理しないで」と言っても、無理してる人間はやむにやまれぬ事情故に無理してるのだから、何らかのサポートなり代案なしに言う「無理しないで」は、実質「無理の要求」になってしまうというな。
ADHDが「何故小さなタスクを先延ばしにしてしまうのか?」「思い付きや衝動を最優先事項にしてしまうのか?」については、「小さな報酬だと脳が反応しないから」で説明出来るっぽいんだよな。逆に言えばADHD人間のヤル気スイッチ押すには、1般人が大袈裟と感じるぐらいに褒めまくって丁度いいとのこと
先延ばし癖の強い人間、たまに掃除/洗濯/片付け/風呂などの日常必須タスクを先延ばしせずに終わらせられると、「自分はもう必須タスクを済ませてる。今から自分は自由なのだ!」と謎の解放感が湧いてきて、寝るまでの時間がボーナスタイムと化す傾向がある気がするな。
自己肯定感の低い人間がやりがちな何事にも許可を求めるムーブ、それが丁寧な対応である事は間違いないけど、1方で「相手に判断や責任を求める」営為でもあるんだよな。それ故に自分としては相手を思い遣ってるつもりでも、相手からは「判断や責任から逃げる自己中」的なスレ違いが起こりがちというな
陰キャ、過去のアレコレで「隙を見せると叩かれる」が骨身に染み付いてるので、その警戒心から相手を徹底的に観察&先読みして1対1では疲れはするけど普通に話せたりはするんだよな。しかし(関係の薄い)大人数に囲まれると、誰の気も損ねないように気を回し過ぎて硬直し、完全なる置物と化すというな
環境や運や遺伝に恵まれて成功した人間が、その成功を努力の成果として「成功しない人間は努力不足!環境/運/遺伝云々は単なる言い訳!嫉妬で認知が歪んでる!」的な事を1分の疑問も持たずに言うの、何故虐めっ子が虐めた事を忘れたり、「あれは虐めじゃない」と言いがちなのか、よく分かる現象だな。
自己肯定感の低い人間がハマりやすい罠として「強くでられると嫌/理不尽な要求でも譲ってしまう」というのがあるんだよな。普通人間が断ったり逃げるような場面でも、自分の判断や感情に自信が持てず「自分の方がおかしい?」と思ってしまう。結果、後で何度も悔しさを噛み締める羽目になるというな。
何か報告・連絡・相談しなければならないのに、気まずさからそれが出来ない場合は「1瞬の気まずさと持続する気まずさ、どっちがマシか?」考えるのがオススメな。目先の気まずさ回避の為、持続する気まずさの負債を抱え込むのか?俺は勿論、目先の気まずさに耐えられないので限界まで先延ばし続けるな
陰キャは往々にして「自分が無い」と思われがちだけど、あれは実際のところ「極度の怯えで自分を出せない」という方が正解なんだよな。過去の様々な経験で、目立つ事や自己主張や挑戦する事のリスクを骨身に叩き込まれており、頭の中は常に「如何になぁなぁにやり過ごすか?」で占められてるというな。
「本当にやりたい事ならいつでも出来る」は正しいけど、「やりたい事を把握する/優先順位をつける」こと自体は判断・分析を伴うのでMPが必要なんだよな。結果、労働でMP削られた人間は「本を…アニメも…ゲームもやりたい」と欲求がボヤけ、結局ただ寝っ転がって何もしないむいな事態に陥りがちだな。
コミュ障が人間関係で1度躓くと、それを即リカバリー出来るだけのコミュ力がないから、気に病み続けて神経を擦り減らし、他者への気遣いや自制心働かせるだけの余裕がなくなり、更に失敗を重ねやすくなるんだよな。コミュ障にとって人間関係は、実質1回ミスしたら挽回不可になって詰むゲームだというな
「脈のない人間が告白するのはコクハラ…ハラスメント」という考え方と、「性的アプローチがハラスメントになるか楽しい体験になるか?は内容ではなくアプローチ側の属性で決まる」的な研究を合わせて考えるに、良い悪いは別にしてコクハラは「身分差恋愛は許されない」の言い換えに他ならないというな
オタクにとってアニメ/漫画/ゲーム/現場参戦は、「それがなければ生きていけない」という意味では生活必需品だし、「生きてるだけで致命傷な辛い現実で負う傷を治療してる」という意味では医療費なので、軽減税率の対象にしてくれなくてもいいから、せめて保険適用の非課税取引にして欲しいな。
陰キャの特徴は「称賛を素直に受け取れない」で、数々の挫折経験や悪意によって「調子に乗ってると思われるリスク」「他者からの期待値が高くなる(幻滅される)リスク」が骨身に叩き込まれている為、人間から誉められるとある種の防衛反応として謙遜や自己卑下や自己否定の言葉が出てしまうというな。
苦しんでる人間に対する「それは貴方が気にし過ぎなだけ」「それ実は大した事ないよ」という慰めの言葉は、それが事実であるか否かを別にして、言われた側は「やはり自分の苦しみは誰にも理解されないし救われない」事を再確認させられて孤立感や絶望感が増し、更に苦痛を加速させる事もあるというな。
人間不信なメンヘラの人間関係、大体は「この人間は私を分かってくれる!」と心を開ける相手に出会って親密になるも、段々と「この人間を喜ばせたい!」と自分を作るようになっていって息苦しさを覚えるようになり、最終的に心を閉ざして関係は破綻し更に人間不信が強化される悪循環が多い気がするな。
自己肯定感の低いメンヘラがやりがちなのが「相手に嫌われるのが怖くて嫌われようとする」なんだよな。「自分は嫌われる」という思いが強過ぎて、相手に好意を抱いたり、好意を示されるほど「嫌われる瞬間」への恐怖と不安が増していき、その時が来たら絶望しつつも何処か救われた気持ちになるというな
ASDの「物は決まった場所にあって欲しい」拘りと、ADHDの「その時々で使い易い場所に物を置きたい」衝動性が合わさると、自分で物を動かしまくりながら「何でここにないの!?」と紛失/イライラが頻発する状態に陥るけど、これは「同じのを2つ用意して、それぞれの場に置く」だけで解決可能だというな
@rei10830349 ADHDは激しい運動すると注意力が改善しコンピュータゲームにおけるパフォーマンスが上がる ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/P… ADHD児童はジッとしてるより動いてる方が良い成績を収められる sciencedaily.com/releases/2015/… 30の研究分析で運動でADHD症状は軽減される事が示唆 ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28917364
先延ばし癖のあるADHD、往々にして「ギリギリの状態から過集中を発揮して間に合わせられた」という成功体験を持ってるんだけど、その時の達成感や解放感が凄まじ過ぎて脳を焼かれてしまい、「追い詰められ中毒」とでも言うべき、ギリギリ終わらせる事への中毒に陥っているケースも珍しくない気がするな
「虐めは今を乗り切ればなんとかなる。イジメっ子には罰が当たる」というのは、数々の縦断研究で否定されてるんだよな。例えば米国のコホート研究によれば小児期の「虐められる」は成人後も富・名声・健康にリスクを与え続けたが、「虐める」は特にリスクが無かったという…。 ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/P…
ADHD、苦手な必須タスクを先延ばしにすると、それを先延ばししてる事が頭に引っ掛かり続けてMPをガリガリ削るけど、「だから早目に終わらせるべき!」と思いながらやる別タスクは逃避効果で異様に捗ってしまうんだよな。尚、それに体力・気力を注ぎ込み過ぎて必須タスクの着手は不可能になるもよう。
「キモい人間は差別されたり殴られても仕方ない」みたいな理屈、確かにキモい人間は排外を受けやすい1因を有している事は間違いないけど、それはチャリパク犯が「自転車に鍵かけてないなら盗まれても仕方ない」と言うようなものなんだよな。被害者に落ち度がある事は、加害者無罪を意味しないわけでな