メッチャ精神力を使えば人間とコミュニケーションが取れるコミュ障は、言うならば足が不自由な人間が手や杖を駆使して歩いてるようなものだけど、精神は見えないので「普通に苦労なく出来る」と「苦労すれば普通に出来る」の差が伝わり/伝え難いというグレーゾーンならではのしんどさがあるというな。
自己肯定感の低い人間は、自分が愛されても「何故こんな自分を?裏ある?」「何か見返りを与えないと!」と疑念やプレッシャーで居心地悪くなる事があるんだよな。それ故に、しばしば「自分を雑に扱う」「色々要求する」といった自身の凹に合致する凸人間の方に向かってしまうバグが発生しがちというな
ADHDの先延ばし癖が厄介なのは、それによって「タスクや予定が崩壊する」からではなく「ギリギリなんとかなってしまう」からなんだよな。特に過集中などが発動して間に合ってしまうと、それが成功体験となりギリギリを狙うインセンティブになる。先延ばし癖は先延ばしするほど、強化されてくというな。
社会不適合人間の「忙しい」は往々にして予定が詰まっているというよりは、「気合を入れなきゃ出来ないタスクが入っている為、その前後に精神統一する時間が必要」というパターンが多いんだよな。社会適合人間と比して社会的な行動に必要なMP量が多い為、1日の「ターン数」に莫大な差が出るというな。
メタ認知だけ発達したコミュ障、親しい人間が出来ても「自分は相手の事をオンリーワンとして好意を抱いてるが、相手にとって自分はワンオブゼムでしかない」という温度感の差に怯えて、ビクビクと相手に接する内に微妙な距離感になって気まずくなってしまい、終いには疎遠となってしまいがちというな
人間関係が乏しい人間は、好意的な人間に対して過剰/急に距離を詰め過ぎて、関係を破綻させてしまいがちなんだけど、この原因は「人間関係が乏しい故に複数の人間から得られるだけの情/役割を、人間1人に全て求めざるを得ない」事にあるんだよな。健全な人間関係を築く為の健全な人間関係がないという
不安に弱い人間は「悪い事が起きるかどうか分からない」という状況に耐えられないあまり、しばしば「手遅れになっていたら怖いから無限に確認を先延ばしにする」「何度も試し行為を繰り返して状況を悪化させる」みたいに、不安を自ら「確定」させるような事をしてしまうというバグが発生しがちというな
矛盾してるようだけど「精神科医には元気な内に行った方がいい」側面があるんだよな。というのも、基本的に精神科は需要が凄くて月単位で予約とれない可能性あるし、相性の問題もあるので、消耗してる時に調べる&駆け込むのは至難の業。予め準備しておかないと緊急避難先としては機能し辛いというな。
ADHDの大学留年/中退対策 ・時間割は出来るだけ均1に入れて曜日毎のバラ付きを作らない(起床就寝の乱れ防止) ・同じような選択をしてる知人を作り学校スケジュールが自然と耳に入るようにする ・大学の発達障害者向け制度を1通り試しておく(顔馴染みの職員が作れる) ・スマホからTwitterを消す
発達障害者にとって大学が鬼門なのは、その独自のシステムにより生活習慣が壊れやすいからだと思うんだよな。カリキュラム自由に組めたり、欠席が容易だったりする事が逆に「平日のタイムスケジュールが不規則」という障壁になってしまい、混乱したまま、いつの間にかルーズが常態化してしまうというな
NO!と言えない人間は、押しに弱かったり、物凄く寛容以外に「面倒臭がり」というパターンもあるんだよな。怠惰故に要望を受け入れる事による面倒よりも、NO!と言うことで発生する雰囲気/口論/損益調整/交渉といった「目先の面倒」に耐えられず、YES!と答えて長期的な面倒を抱え込んでしまうというな。
繊細な人間が「他人に迷惑をかけてはいけない」を忠実に実行すると、人生が上手くいってる時は「優しい」と称されるけど、転落すると「他人がこんな自分と関わるのは迷惑では?」と周囲を拒絶するしかなくなってしまい、結果として「無気力でセルフネグレクト気味な厄介人間」と称され易くなるというな
怒られるのが嫌いな真面目な人間の習性として、「報告・連絡・相談しないと間違う可能性があると薄々気付いていても、1人で進めて危険を先延ばしする方を選んでしまう」というのがあるんだよな。真面目故に中断出来ず、叱責が嫌な故に確認出来ず、見えてる地雷に向けて歩を進めるしかなくなるというな
人間が自堕落する兆候は「心身疲れ過ぎて心身を回復させる営為を行えなくなる」というのがあるんだよな。例えば寝床を用意して気持ちよく寝たり、美味い物を食べれば確実に色々回復するけど、「ダルいから」と床で寝たりジャンクばかり食ってしまい、結果ダルさが慢性化しQOLが下落の1途を辿るというな
コミュ障にとっては「2人きり」より「3人以上」の方が、逆に色々厳しくなるんだよな。2人の場合は目の前の相手に気を付ければいいだけだし、何よりボールが必ずこちらに向かってくるからキャッチしやすいが、複数の場合はボールがあちこち飛び回るので、取り残されるorデッドボールで自爆の2択というな
忘年会、自分はコミュ障だから会話には参加出来ないなりに「私は無言ですが楽しんで貴方達の話を聞いております」を示そうとして、話や笑い声に合わせて頷いたり身体を揺らしていたけど、これ傍から見ると完全に「フラワーロック」なんだよな。
小さい頃に「大人に怒られない」事のみを志向して生きていくと、自分の意志を持つ前に「それは社会/他人から見てどうなのか?」「どういうリスクがあるか?」と考える癖がつくので、段々と意志を持つこと自体が億劫になり、最終的には「面倒は嫌だ」以外の価値観が希薄な人間が出来上がるというな。
Twitterにおいてフェミニズムないしフェミニストが本来の意味から、あまりにもかけ離れて使われている為に書きました。フェミニズムの歴史や思想をざっくりですが、まとめました。 「ツイフェミ!」と言う前に読んで欲しい「フェミニズム入門」|rei @rei10830349 #note note.com/beatangel/n/n3…
コミュ障は人間とコミュニケーションする時に、滅茶苦茶MPを使うので、しばしば「苦手とか嫌いとかじゃなくむしろ好きなのに、MPに余裕がない時には会いたくない人間」が発生するんだよな。好意を抱いてるけど、自分とはタイプが違ったり、温度感に差があったりで、気合いを入れないと会えないというな
コミュ障の人間関係構築を阻む壁として「初対面と親しい間柄という2極の距離感しか知らない」というのがある気がするんだよな。その為、初対面のウケは良くても1向に初対面モードから脱せず距離を縮められず、思い切って無理に親しく振る舞おうとして失敗する。コミュ障は「中間」が分からないというな
確認された時に「1回で覚えろ!」と高圧的に出ると、人間は「失敗しても確認しても怒られるなら、確認せず進めて上手くいく可能性に賭けた方が合理的」と判断して失敗確率が高くなってしまうんだよな。更に失敗した時に高圧的に出てしまうと「なら誤魔化し通せる可能性に賭けた方が合理的」となり…。
幼少期から真面目を強制されてきた人間は、自分が納得できない物事があっても、異を唱えたとこで「最終的には責めれれる」事が骨身に染みているので、ならば面倒は避けようと何も言わずに我慢してしまうんだよな。結果、大人になると「理解してないのに分かりました人間」として色々厳しくなるというな
初対面で「真面目」と評されやすい社会不適合人間は、往々にして「手の抜き方が分からないが故にコードを厳守せざる得ない」だけなので、緊張感の弛みや疲労で日を追う毎にボロがでるし、他人の見てないところだといい加減になってしまうし、初対面の好印象さが悪くでて、色々難しい立場になるというな
人間は極端に疲労してる時は感覚が鈍磨して、疲労してる事にすら気付けないから「休むと逆に疲れた」と体感してしまうけど、休日に昼寝すると起きてからも疲労や眠気を感じてしまい、結果1日を寝て過ごす事になるのは正にこの現象なんだよな。1日を無駄にしたのではなく、必要な休息をとったというな。
Twitter、イジメに関しては「虐められる側に苛めを誘発させる何かがあるとしても、虐めていい理由にはならない」というコンセンサスがあるのに、低所得/低学歴/性愛の話になると「☓☓は馬鹿/キモい/努力不足だから自分は人間と思えないし、人権剥奪/罵倒されるのは当たり前」と言い始めるバグがあるな