コミュ障の人間は往々にして「自分から誘う」が出来なくて、例え相手が親しい友人であっても「迷惑じゃないかな?」「無理させてない?」「気を遣わせない?」等と不安と罪悪感に苛まされてしまうんだよな。結果、人間関係を能動的に維持出来ず、環境が変わる度に親しい人間が出来ては消えてくというな
会社にいる時は「早くゲームしたい!本読みたい!アニメ見たい!」のに、いざ家に帰ると「なんか心身が重い」となって結局何もせずに終わる人間は、もはや「家にいる時はひたすらゴロゴロする」が習慣化してるので、連休も「やりたい事が沢山あったのに結局寝てるだけで…」と後悔しがちになるというな
「辛いなら助けを求めればいいのに」というけど、往々にして助けを求められない人間は「周囲に手を差し伸べられるほど自分に価値があるとは思えない」という自他への強烈な不信感があるんだよな。それ故に救いを求める気になれないし、なっても「拒否されたら…」的な恐怖で声が出せなくなるというな。
普通でいいのに!、読んでみたら主人公は「普通の人間をナチュラルに見下しつつも普通以下で、本人も自覚はあるので自虐もするが、それでも自己評価は高く、曖昧に本当の自分は今より上の存在だと思っている」というキャラなので、Twitter民に刺さらないわけがないんだよな。 comic-days.com/episode/139336…
「みんな苦しんでるだぞ」「それぞれの地獄がある」的な言説にのれないのは、「みんな同じように負担を抱えているにも関わらず得られてる物はそれぞれ違う」という側面を無視しているからなんだよな。みんな同じように苦しんでるからこそ、「結果の不平等」という理不尽が重くのしかかってくるというな
「努力は必ず報われる」「誰にでも可能性はある」みたいな言説は、格差が乏しくスタートラインのバラつきが少ない頃は純粋なエールだったけど、所得/文化/人間関係資本等の格差が激しくなり過ぎて、「貴方が不遇なのはスタートライン問題ではなく貴方の努力不足」という呪いに変わってしまったというな
先延ばし癖のある人間にとって「料理」自体はそこまで苦ではないんだけど、その後に待つ「片付け」「洗浄」「水拭き」「収納」が「やれば大したことないし直ぐ終わる」と分かっていても滅茶苦茶しんどく感じるし、食後の多幸感と腹の重さもあって完全に動く事が出来なくなるというな。
先延ばし癖のあるADHD人間、往々にして締切ギリギリにならないとタスクに着手する気になれないので、掃除や片付け等には明確な期日がない故に部屋や台所は常に雑然としてるし、「都合のいい時でいいよ」と頼まれたタスクは永遠に“都合のいい時”が来ずに時空の狭間に吸い込まれてしまいがちだというな。
結婚式を挙げたい願望はあったんだけど、いざ知り合いの結婚式に行ってみると、結婚式は「両親や親族との良好な関係!」「祝福してくれる沢山の友達/会社の仲間!」「輝かしい自分史!」みたいな人生の答え合わせである事が分かり、「あっこれ自分とは別世界だ」と完全に心が折れてしまったというな。
コミュ障が対人関係タスクを放置すると、それが頭にひっかかり続けて、早く着手した時よりも大きな苦痛を味わうのは勿論として、「正解の言い方は?」と無限に考え続けてしまうので「ハードル」が無限に上がってしまい、最終的には「自分1人で負担する」「人間関係リセット」みたいな事になりがちだな
慢性的に心身の調子が悪いメンヘラ、何かのキッカケで調子が良くなると「今までの分を取り戻すんだ!」との思いで物凄く活発になり、心身に黄信号が出ても「こんなチャンスは2度とない!」と突っ走り、結果として無理無茶して心身をぶっ壊し、元の木阿弥に戻ってしまうパターンに陥りがちな気がするな
発達障害人間、往々にして過去の色々で自身に多大な自己否定感を有しているので、他者に対して必要な報告連絡相談でさえ「迷惑では?」「怒られる?」と怯えてしまいがちなんだよな。結果、コミュ不足でトラブルが起きたら更に自己否定感が強化され、より報告連絡相談出来なくなる悪循環があるというな
社会不適合人間の人生、往々にして「自分がキモいという自覚がない頃」が1番楽しい時期になるんだよな。1旦自分がそういう存在と気付くと、人間と接すること自体に罪悪感や怯えを抱き、「調子に乗ると傷付く」という学習から何事にも遠慮するようになり、人生と自我が分離して没入感が喪失するというな
「オタクは30代になると脱落者が増える」という話は、「30代になると体力が下り坂じゃなくて崖から落ちるように減っていく」という話とリンクしてて、要は「コンテンツを楽しむにも体力が必要」という話なんだよな。疲れてる時は感性が鈍麻するけど、30超えるにつれてそれがdefault化してくというな。
発達障害人間、幼少期はわりと明るく天真爛漫なケースが多いんだよな。しかし思春期頃にイジメや嘲笑によって「自分は嫌われる」事を自覚してしまうと、途端に今までの失敗の点と点が繋がって自己肯定感がドン底になり、結果として常に他者に怯えて陰気なオーラを漂わせる生物が誕生してしまうというな
発達障害人間の生き辛さ、よく「周囲に合わせられない」事が話題になるけど、もう1方で「自分で自分の生活の質を維持/向上出来ない」という問題も大きいんだよな。少し油断すると部屋が汚部屋になったり、寝過ぎ&夜更ししてしまったり、食事が雑になったりでQOLや健康がドンドン下がっていくというな。
「キモい人間は差別されたり殴られても仕方ない」みたいな理屈、確かにキモい人間は排外を受けやすい1因を有している事は間違いないけど、それはチャリパク犯が「自転車に鍵かけてないなら盗まれても仕方ない」と言うようなものなんだよな。被害者に落ち度がある事は、加害者無罪を意味しないわけでな
幼少期に優しさを潤沢に受けた人間は他人にも惜しみなく優しさを注ぎ、そして注ぎ返されて更に優しくなっていくが、不遇な人間は餓えてるが故に他人に与える事が出来ず、与えられないが故に与えられず更に餓えていく。優しさも資産で、富める者は更に富み、持たざる者は更に失ってく構造があるというな
デマに騙される人間、Twitter見てると左派右派学歴社会的地位ネット慣れに関わらず、みんな騙される時は騙される事が分かるし、恐らくコアは「自身の願望やバイアスに沿ってるか?」だと思うんだよな。人間は自身の求めてる情報が流れてくると「やはり!」と納得してしまい、真偽検証が雑になるっぽい
Twitterのメンヘラや限界社畜人間達は、人生に疲れ果てた結果いつも「もうスマホをダラダラ見る事しか出来ない」「生きてるだけで報酬が欲しい」みたいな事を言ってるけど、それを見る度にソシャゲのログインボーナスが如何に現代病と噛み合ってるかを思い知らされるな。ソシャゲは民衆の阿片である。
発達障害の謝罪tips ・「何故こんな事したの?」は「今から怒るよ」という意味なので、説明よりまず謝意を表明すべき ・吐いてる時の人間に薬は飲ませられないように、感情的になって色々吐き出してる時の人間は如何な正論も飲み込めないので、まずは返答よりも聞き入れて落ち着かせる事を意識すべき
自己肯定感が低い人間はコミュ障になりやすくて、人間と1緒の空間に存在すること自体に罪悪感を覚えるから、頼み事や拒否が出来ないのは勿論、誘ったり話し掛けたり沈黙するのも感情面では「相手の時間を奪う犯罪」だと認知してしまい、罪悪感と人恋しさの板挟みで言動がバグッて自爆しがちというな。
陰キャの人間関係リセット癖、周囲から見れば「そんな些細な事で…」と思いがちだけど、往々にして陰キャは心のアウトプット性能が低く「嫌な事でも曖昧に笑って限界まで我慢する」が癖になってしまってるので、普通人間から見れば些細な事でも当人的には最後の1押しなケースも珍しくはないというな。
ADHDの大学留年/中退対策 ・時間割は出来るだけ均1に入れて曜日毎のバラ付きを作らない(起床就寝の乱れ防止) ・同じような選択をしてる知人を作り学校スケジュールが自然と耳に入るようにする ・大学の発達障害者向け制度を1通り試しておく(顔馴染みの職員が作れる) ・スマホからTwitterを消す
ADHD人間、気になる事が出来ると他にやるべきタスクがあっても、その事で頭がいっぱいになってソワソワして複雑な思考や動作が出来なくなるけど、かと言って「気になる事を先に早く終わらそう!」をやると、気になる事から気になる事が連鎖し続けて現実に帰還不可能になるダブルバインドがあるというな