Twitterユーザー「インスタやフェイスブックの真似なんかしなくててもいい!いや、むしろそういった光のSNSと違うからこそ陰キャやオタクや負け組が集まってるのに…私達はこんな新機能や仕様変更なんか求めてない!」 Twitter社「私達はそんなユーザーなんか求めてない!」
「話し合いたい」「議論が必要だ」的な言葉、往々にして「貴方の事をよく知って妥結点を探りたい」という意味ではなく「私の話をよく聞けば貴方は私の正しさを理解するはずだ」という意味で使われてるので、「話し合いたい」と訴えがちな人間ほど話し合いが難しいというパラドックスがあるというな
コミュ障の人間は「気を遣う」だけではなく「気を遣われる」のも苦手な場合が多くて、コミュ障故に気を遣われてるのに嬉しそうにする等の反応を上手く返せなかったり、気を遣われること自体に罪悪感を覚えてしまうんだよな。気を遣われてる間、内心では相手に対して常に謝罪している状態だというな。
自立に必要なのは実は「甘やかされた経験」なんだよな。人間は「自分が苦しい時は誰かが助けてくれる」という世界への信頼感があるからこそ、特定のモノに縋らずとも自身を保てる。1方で世界への信頼感を奪われた個体は「これを手放せば終わる。誰も助けてくれない」と、恐怖で自立を阻まれるというな
メンがヘラッてる時の辛さは、具体的な問題単体に苛まされてるというよりも、往々にして「今みたいな状態が永遠に続くのか?」という不安と恐怖なんだよな。それ故に問題1つ1つは解決可能だとしても、「解決出来てもどうせ…」的な諦観から面倒臭い以外の感情が薄れていき、気力が湧かなくなるというな
コミュ障、人間関係で叩かれ続けて悪意に敏感になり、嫌われる事に過剰に怯えるようになってしまったが故に、「誰からも好かれる/嫌われないようにする」という最もコミュニケーション難易度の高いロールを志向してしまい、結果として「敵はいないが味方もいない」という状況に陥りがちになるというな
人間には「悪い事になる」よりも「悪い事になるかもしれない」という不安に耐えられないタイプがいて、この手の人間は例えば締切が近くなると、「まだ間に合うか?」という緊張と向き合えず「手遅れだったら怖いから」と逃避し、そのまま手遅れなのを確定させる事で、ある種の安心を得てしまうというな
苦しんでる人間に対する「それは貴方が気にし過ぎなだけ」「それ実は大した事ないよ」という慰めの言葉は、それが事実であるか否かを別にして、言われた側は「やはり自分の苦しみは誰にも理解されないし救われない」事を再確認させられて孤立感や絶望感が増し、更に苦痛を加速させる事もあるというな。
何故ADHDは調べ物を始めると脱線しまくり本来の目的を果たせなくなってしまうのか?その謎を探るべく我々はインターネットで検索を開始したが…本筋ではないが気になる情報が…モヤモヤを放置すると効率落ちるし少しだけ調べてみよう…これも興味を惹かれるな…あれ?自分は元々何を調べてたんだっけ?
コミュ障には「嫌いじゃなく好きだけど調子が良くないと接しられない人間」がいて、好きだからこそ調子悪い時は「今の自分の状態で接しても相手に何のプラスも与えられないし逆に迷惑かけるかも」と罪悪感が湧きいでて、本当は誘いに乗りたい/返信したいのにメッチャよそよそしくなってしまうというな
小さい頃に辛い経験すると、辛みに強くなるどころかトラウマになり、些細な事でも過剰に身構えたり、辛みの前に頭が真っ白になってしまったりするんだけど、傍目には「辛い経験をしてない/甘やかされてきたから耐性がない」と見られ、色々厳しく当たられて更に…という悪循環に陥りがちになるというな
ADHDの先延ばし癖対策tips ・「少しだけやる」と自分を騙して着手する ・身体をバタバタさせて心身を動くモードに切換える ・別のタスクをやりながらor終わった後に間髪入れず着手する いずれも「作業興奮」が鍵で、とりあえず動きさえすればドーパミンが分泌され謎の重力が大分緩和されるというな
先延ばし対策すら先延ばすADHDの先延ばし対策だけど、結論から言えば動けない時は何やっても駄目なので「動ける時にやるタスクに別のタスクも組み込む」のがお勧めな。例えばウォーターサーバー行く時は1緒にゴミを捨てるようにする。「ついで」を上手く使って、タスクを少しづつ消化していくというな
社会不適合人間が「誰にも迷惑をかけたくない」を志向すると、当然に誰にも関われなくなってしまうので、只でさえ経験不足で遅れてる色々が更に遅れて更に迷惑をかけやすい人間になる悪循環があるんだよな。結果、「神経質で他人に対して気を遣いまくるが異様に鈍感」という謎の生物が誕生するというな
幼少期に「真面目な良い子」と言われた人間、往々にして「大人の敷いたレールからはみ出さずに生きる」を指針としてきたので、受験/進学/就活等で突然に「ここから先はレールないよ。自分で決めて切り開かないと!」的な空気に切り替えられても、水槽から放り出された魚の如く窒息するしかないというな
小さい頃に「真面目で良い子」と呼ばれた人間、往々にして他人の感情には敏感なのに、自分の感情把握は苦手なので、物事に違和感を抱いてもそのまま周囲に流されてしまいがちなんだよな。結果、後になって自分の状況や感情が分かってしまい、その時を思い出しては悔しさに苛まされる羽目になるというな
小田急のサラダ油で放火しようとした件で、Twitterは「サラダ油の着火温度知らないとか低学歴かよw」的なムーブが盛り上がったけど、蓋を開ければ犯人は中央大学理工学部中退。Twitter、高学歴社会不適合人間が多いからなんだろうけど、あまりに学歴/知性差別ないしインテリ信仰が行き過ぎな気がするな
陰キャの人間の中には「人間から嫌われるのが怖過ぎて8方美人仕草を身に着けた」タイプがいて、この手の人間は1見明るく社交的だけど、会話の度に物凄いエネルギー消費してるし、回復には1人の時間が必要なのに付き合いは断れないしで、実は下手なコミュ障の陰キャより病みやすかったりするというな。
幼少期に欲求を抑圧されたり叩かれた人間は、欲求を持つと自動的に周囲との軋轢に苦しむ自分の姿を連想してしまうようになり、それ自体がストレスとなるので「欲求を押し×す」が習慣化してしまうんだよな。結果、傍目には「自分の意思がなく、何をやりたいかもよく分からない」人間が誕生するというな
発達障害人間の人生、往々にして普通人間より常識や情緒等の習熟が遅れるので、当時は自分がやらかしていても特に辛さを感じる事が無いけど、年月を追う毎に段々と輪郭が浮かび上がきて、ある日唐突に全てを理解出来るようになってしまい、定期的に羞恥や屈辱や悔恨で叫びたくなってしまいがちというな
コミュ障で1番困るのは「不快/不本意を表明する」「強く出る」が出来ない事で、これにより相手への対応が「全面的に受け入れるor変に誤魔化す」に固定化されてしまうので、限界になりやすいうえに限界時は「いきなりブチ切れるヤバい奴」「いきなりバックレるヤバい奴」の2択になってしまうというな。
ADHDの先延ばし癖の対処法は「ドーパミンが出てる時を逃さないこと」がオススメで、やる気が出ない時は「少しだけ」と思って手をつける。手をつけられない時は手足をバタバタさせたり声をだす。それも出来ない場合は飲み物を取った後等の動ける/動いてる時に、そのままタスクに着手するのが吉というな
コミュ障が脳内反省会するのは、コミュ障は会話時に脳内CPUをフル回転させて上手い正解を探したり、会話をシュミュレートしてるからと思うんだよな。結果、相手と別れた後も脳は慣性で回ってしまい「あの時はこう返すべき」「もっと上手い表現が」と正解探しやシュミュレートを続けてしまうというな。
高学歴オタク、幼少期は大人に従いよく勉強するから「良い子」と言われるけど、その代わり挑戦や逸脱をしないのでソーシャルスキルが全然発達せず、高校〜大学辺りで自覚する頃には手遅れになり、唯1完璧に身に付いた「嫌な事でも我慢」というソーシャルスキルのみで人生をやる羽目に陥りがちな印象な
自己肯定感の低いコミュ障、根底に猛烈な自己否定があるから他人に話し掛けると「迷惑かけてない?」と感じるし、他人と1緒にいると「我慢させてない?」と感じてしまうしで、結果として「自分から相手を誘う」という営為に「相手に迷惑かけたうえに我慢を要求する犯罪」的な罪悪感を抱きがちというな