>RT このオムツ持ち帰りの件なんか端的だけれども、保育ってド直球に「政治」案件なんだよね。 女性差別的な意味そのまんまの「女子供」な地域や議会だと、保育に予算はつかないので質は低いまま。 職員の意識も古いまんま。
インボイスの制度が本当にイヤなのは、所得が少ない方の自営業者から搾り取る制度になっていること。 話に聴くところでは、作業所やシルバー人材センターで働く人達にまで課せられると。 いまぎりぎりで食べていけている人や、自営で頑張っている人を突き落とすことになるのではないか。 twitter.com/kuriryuofficia…
【保育】「好き嫌い」ではなく あるベテランの保育士がいました。 その人が担任になると、それまでケガが多かったり、午睡時落ち着かなくて大変だったりして、応援の人手を何人ももらわないと日々がこなせなかったクラスが、必ず安定し落ち着いたおだやかな子供達になります。
チラ見して通り過ぎたが違和感に立ち戻って驚いた。 時給が下がることがあらかじめわかっているパート募集だった。 ちなみに東京都最低賃金が1041円。
よく知られる話かもだけれども、古代ローマ帝国が滅びた理由が度重なる蛮族の襲来や外敵ではなくて、奴隷身分から上昇できない制度に固定化したためと。 日本もこのままだと格差でどうにもならなくなるんじゃないかな。
今にして考えてみると、昭和の頃の大人ってだいぶおかしかったよなぁ。 すぐ感情的になる、暴力を振るう、性的な逸脱を恥とも思わない、マウンティングできることが格好いいと思えるetc. 社会的な意味での戦争後遺症のようなものがあったのかもしれないけど、いまも大きくは変わっていない感じもする。
これがもっとも悪い意味で保存されてしまっているのが学校なのではないかとも感じる。 今日ちらっとみたツイートで「忘れ物をした子がいると連帯責任で・・・」なんてのがあったけど、連帯責任ってのがかつての軍隊の指導法だったわけで・・・。
#文春オンライン bunshun.jp/articles/-/547… こういうのを美談にしないで下さい。 美談として記事を作る人、美談としてそれを消費する人。忘れているだろうけれども、加害を受けて今後も苦しむ生徒がいます。 DVや性加害をする人は、他の面では「いい人」であることも少なくありません。
だから「いい人なのにまさかそんなことをするなんて」という文脈で記事にするのはナンセンスです。 >「昭和の熱血教師のような」 >愛車に生徒たちを乗せてお台場や江の島にドライブすることもある一方、泣きながら叱るような厳しさも見せていた >本気で泣きながら叱ってくれた
DVや性加害の難しいところは、それが必ずしも当人の悪意から発されているわけではないことです。 認知の歪みなどから、本人の中でも「子供を思う気持ち」などにより正当化されて行われます。
こうしたことを「よい教師像」のようにみなすのは危険です。 むしろ、これらは「もうヤバい」の兆候です。 自他境界のあいまいさ、子供をして自身の承認欲求にするなど、不適切な関わりの温床になりかねません。
もし、家庭の問題などで特段の配慮が必要な生徒がいるのであれば、個人的にそれをするのではなく職務として行う必要があります。 こうした状況を知りながら看過していたならば、それは学校組織の問題でもあるでしょう。
この文脈を真に受けた空気ができあがってしまうと、被害を受けた方が自他共に責められてしまうのではないかと危惧します。 本当に記事の消去も見すえて欲しい。 twitter.com/annaPHd9pj/sta…
この記事について「生徒がいい教員だと言っている」を判断材料にしている大人の人がいるようだけど。 子供では判断できないことがあります。 特に、生徒から教員というのは子供の持つ信頼感ゆえに、不適切な行為があっても子供自身それが理解できなかったり、それを他者に伝えていけないと思うなど。 twitter.com/hoikushioto/st…
覚えている人も多いと思いますが、2012年には「桜宮高校バスケットボール部体罰自殺事件」と呼ばれるものがありました。 この件では、被害生徒が自死しています。 しかし、このときも「熱心な指導で感謝している」などの美談化が行われました。 twitter.com/hoikushioto/st…
2017年、仙台市の中学校で生徒がいじめと教員からの虐待で自死した事件でも、後に美談化され該当教員の復帰署名などが起こっています。 教員が口にガムテープをはった事件として覚えている人も多いかと思います。 sankei.com/article/201705…
美談にしてしまえば、矮小化され再発してしまいます。 それが起こるのは、我が子にかもしれないのです。
実際に仙台市ではこの後も、同様の事件が続きました。 また、美談化されてしまうことで、もともとこういった傾向を持った人が教員を志望するという自体をより招いてしまいます。 ただでさえ、子供を相手にする職業は、支配や承認欲求の暴走が起きやすい危険地帯です。
美談にすれば、今後も学校の「治外法権」が続いてしまいます。 それでは子供と子供の教育、子供の命が守られません。
>RT 日本では「政治についての意見を言うのはよろしくない」という「モラル」が一般的な通念として流れているみたいだよね。 「政治についての意見」という看板だけど実際のところは「権力批判するな」なんだよね。 少なくない人が権威主義の中で自分の地位やアイデンティティを維持しているのかな。
2022/06/08 ◆「主語を大きくしない」の違和感 「主語を大きくしない人が好きです」という言葉を見かけました。 その言葉は、昨今の流行のようでもあり、おしゃれでクールできれいでかっこいいです。「私はやたらと人を批判しない人ですよ」というある種の善人さもかもしだすことができます。
一方で、主語を大きくしなければ成立しない言論というのも存在しえます。 端的なのは、被差別者がその差別構造を訴えるときです。 そうしたとき、「主語を大きくしない」というスタンスがある種のモラル、一般通念として成立してしまっていると、トーンポリシングとして機能してしまいます。
被差別者や、権力構造に対して弱い立場におかれている人に、「主語を大きくするな」を要求することが是とされてしまうと、その人達にその問題(例えばその差別)に与する人と、そうでない人の選別の労を負わせることになります。
日本に侵略されたアジアの国の人達は「あなたたち日本人は」と語る必要があるし、 沖縄の人達は「あなたたちヤマトンチュは」と アイヌの人達は「あなたたち和人は」と また、女性の差別構造を訴える当事者は「あなたたち男性は」と使うことが許されなければ、