Suzuki(@finto__)さんの人気ツイート(リツイート順)

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丁寧に暮らすとは、着飾ることでも、写真を綺麗に細工することでも、料理をオシャレな小皿に盛りつけることでもない。丁寧に暮らすとは、いつでも相手の立場に立って物事を考え、常に自己批判を加えられる潔さと勇敢さを持ち、あくまで謙虚に、素直に、自分の人生と信念に一つの嘘なく生きることである
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ただ生きているだけでお金を取られまくることに急にムカついて発狂しそうになる時が月に2,3回くらいある
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努力は報われないことの方が多いが、たとえば数年経ってから、「あの時の頑張り」が、当初想定していたのとは全然関係ないところで、それも思ってもみなかった形で実ったりすることがままあるので面白い
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できないことも、報われないことも、不幸でいるこも、自分のアイデンティティにしない、おれはおれの健康と幸せを諦めない
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星野源が「恋」って名前つけた曲の中で「意味なんかないさ 暮らしがあるだけ」って歌ってるのかっこいい
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「読むこと/観ること」それ自体が目的化している時点で、もはやこれはただの強迫観念に過ぎないが、そういった大量摂取の段階を経ることで、荒い網の目の中に掬いとれるものが増えていき、ただ流し込むだけの「消費」から、なにかを味わう「浪費」の段階へと移行できるということはあるかもしれない
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くるりの「ハイウェイ」という曲に「全部後回しにしちゃいな 勇気なんていらないぜ」という歌詞があって、その通りに生きていたら取り返しのつかないことになっちゃったけどくるり好きだから全然いいぜ。これで、いいんだぜ
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社会はただマイナスをゼロに戻すだけの努力を一切評価しませんってことを早めに教えてほしかった。誰の目にも分かりやすく正の方に振れていなければ、それは「努力」としては中々認めてもらえない
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「考え過ぎじゃないよ そういう闇の中にいて 勇気の眼差しで 次の足場を探しているだけ」 ↑すごすぎる歌詞
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おかえりの丁寧語には「おかえりなさい」があるのに、ただいまには「ただいまです」か「ただいま帰りました」しかないの不便すぎる。目上の人に「ただいま」と言いたい時、いつも困る
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「どうしてこうなったんだろう」と思う、「どうしたってこうなっただろう」とも思う
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Twitterの人はみんなスピッツとandymoriとカネコアヤノを聞いているのに、ふつうに生活していてるとまずこれらを聞いている人に出会うことはないという
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人は浪人する度、留年する度、就職に失敗する度、仕事を辞める度、人生に深みが増していく。そしてその挫折をいかにおもしろエピソードとして昇華できるかというところにその先の命運がかかってくる
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イヤなことから逃げる、そしてなんとなくそれでうまくいってしまう。するとその捻れた成功体験から逃げ癖がつく。そうしたら今度は失敗しそうなこと、恥をかきそうなことから先回りして逃げるようになって、最終的には逃避先としての死を考えるようになってしまった
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以前「『頭がいい』っていうのは知識が豊富だってことじゃなくて、『優しい』ってことだ」というツイートをした時に「どうして断定形でそんなことが言えるの?」と詰問されたことがある。それは断定を避けるのが誠実さを装った自己弁護に過ぎず、恐くても言い切るのが書き手としての責任だからである
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目に映る世界の全てが美しく見える、ベイビーアイラブユーだぜの日と、自分を含めた世の中の全部が許せない日とをいつも高速で行き来している。自律神経が狂っているからだ
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さっきまで「もうなにもかもダメだ…人生終わりだ…」と思っていたのに、モコモコのあったかい靴下を履いただけで自律神経が整って心までポカポカになってしまって悔しい
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カネコアヤノ聞いてるといつも太宰の『女生徒』のこと思い出す。思春期の全能感みたいなものの裏に、実社会に対する憂いや強い不信感もあって、それらが今にも壊れそうなギリギリの均衡のうちに保たれている感じというか、とにかくそこに宿っている少女性にすごく似たものを感じる 太宰治『女生徒』
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今日も音楽を聴いてこの歌詞は自分だけに向けられた特別なものだと思い込もう、本を読んでこれは自分の事を書いた小説だと錯覚しよう、映画を観てこの作品を深いところで理解できるのは自分だけだと勘違おう
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自分ならもっとこうだったはず/ああだったはずという過剰な自信からくるピンと来なさではなくて、もっとふわっとした、漠然とした所在なさというか、とにかく、何をやってもどこに居ても、始まってしまったこの人生はもうどうにもならないのだという虚しさと淋しさが大きい
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ASDの診断基準に「社会的なコミュニケーションの障害」があるけれど、こういう状況になったらこう返せばいい/こう言えばいいという、いわば会話の型のようなものを"正確に"インストールした結果、むしろ定型発達の人よりも表面的なコミュニケーションは得意だという人は結構多いんじゃないだろうか
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最近は本を読んでいると、「この歳でこの本に出会えてよかった」とか、「あの人に勧められて読んだからこそよかった」とか、あるいは「この順番じゃなきゃダメだった」とか、作品それ自体の良さとはまた別に、その一冊の本に辿り着くまでの「ルートの良さ」とでも呼べるようなものがあるなと感じる
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大学2年でパニック発作が酷かったとき、なんかもう全部どうでもよくなって、授業も課題も全部放り投げて、朦朧とした頭でそのまま一人で横浜の方まで海見に行ったことあるけど、今思うとあれは希少な経験だったなと思う
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「生きていてよかった」まで言えなくても「あのとき死ななくてよかった(かも)」を積み重ねてやっていく。誤魔化しながらでもそうやって生きていく
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23歳でフリーターで神経症で月収が8万円なのに毎日本当に楽しい