過去、森喜朗氏は「子どもを一人もつくらない女性が、年とって税金で面倒みなさいというのはおかしい」など女性蔑視の発言を繰り返してきました。そこから何も学んでいないのでしょうか。 digital.asahi.com/articles/ASP23…
森喜朗さん、五輪憲章を読まれたことがありますか。 「適切な手段により、あらゆる階層および組織において女性のスポーツ振興を強く奨励する。とりわけ国内ならびに国際スポーツ組織の執行部においてこれを推進し、男女平等の原則の完全実施を目指す」 mainichi.jp/articles/20210…
こうした蔑視、差別の発言が繰り返されてきたのは、問題視されても「どうせそのうち、ほとぼりが冷めるだろう」がまかり通ってきたから。「通ってきた」というよりも、「通らせてしまった」のだと思う。だから、うやむやにしてはいけない。
「女性は子どもを生む機械」とか、「生んで国家に貢献」とか、「子どもを産まなかった方が問題」とか、公職、政治家からの蔑視、差別発言は繰り返されてきた。そして多くが、「”誤解”を与えたのならお詫びし撤回する」と、”受け取り方”の問題にすり替えられてきてしまったのではないだろうか。
ニューヨーク・タイムズにも。 「Tokyo Olympics Chief Suggests Limits for Women at Meetings」 nytimes.com/2021/02/03/spo…
銀座のクラブをはしごした自民党議員が離党したことを問われ、「財務大臣の記者会見だから」「あんた時々、そういう質問、社会部的な質問がすごく多い人なんだよね」と高圧的に開き直る麻生大臣。この態度こそ、なぜ同じ失態が繰り返されるのかを物語っていると思う。 news.tv-asahi.co.jp/news_politics/…
森喜朗氏の求める「時間のかからない会議」は、「異論」のない非民主的なものなのでは。例えばJOC山口香理事の五輪延期の提言に、山下会長は「力を尽くしていこうという時に極めて残念」と発言していた。「水をさすな」と精神論で語っても説得力はない。異論があって初めて思考停止せず議論ができる。
森喜朗氏の会見、記者の質問を遮るように発言したり、開き直るような態度をとったり、「いくつか発言します」という記者に「一つにして」と注文をつけたりしながら、「女性がたくさん入っている会議は時間かかる」発言について問われ「最近女性の話聴きませんから分かりません」と。さらに後退。
会見時間は20分ほど。内容としても「謝罪会見」というより「ひとまず"謝罪会見"をしたという形を作る」ためのもの、という印象。本質は全く伴っていなかったと思う。
「怒りでは何も変わらない」という人がいる。こうして差別を受ける側の態度や受け止め方の問題に矮小化することこそが、変化を阻むのだと思う。今大切なのは、その怒りの元となった理不尽な発言が繰り返されないための、具体的な行動だと思う。
「わきまえておられて」という森喜朗氏の言葉には、自分にとって都合のいい女性とそうではない女性を恣意的に選別できると考えている、ある種の”特権意識”がうかがえます。この発言を「下支え」してしまっている社会の構造について思うことを書きました。 comemo.nikkei.com/n/n69771246ee01
今朝のサンデーモーニングをご覧下さった皆さま、ありがとうございました。森喜朗氏の中身の伴わない"謝罪"がまかり通れば、これがまるで"とるに足らない問題"かのような誤ったメッセージを、日本社会に、国際社会に、次世代に発してしまう。だから今日も、わきまえない、黙らない。
森喜朗氏の発言に対して多くの声があがる中、「男性も生きづらいんだ」という言葉も耳にします。それが、男性偏重社会の息苦しさなのだとしたら、「男性だって大変なんだから女性も我慢すべき」ではなく、一緒にその生きづらさの構造を変えることにエネルギーを向けませんか。
4年前の2月8日、 森友学園への土地売却額開示を巡り、豊中市議が国を提訴。この問題が世に知られることになった。その後、改ざんを強要された赤木俊夫さんが自ら命を絶つ。今日という日になったのは偶然だそうですが、俊夫さんの残したファイルの提出を国に命じるよう、雅子さんが大阪地裁に申立。 twitter.com/oshakaibu/stat…
こうして「どうせそのうちほとぼりが冷めるだろう」「どうせ世間はそのうち忘れるだろう」がまかり通ってきてしまったのだと思う。だから、「瞬間風速」に終わらせてはいけない。 twitter.com/asahi/status/1…
二階幹事長は以前「子どもを産まない方が幸せじゃないかと勝手なことを考えて(いる人がいる)」「皆が幸せになるためには子どもをたくさん産んで、国も栄えていく」と発言している。森喜朗氏同様、同じ過ちが繰り返されているし、そんな人物が権力を持ち続けているのも深刻。 digital.asahi.com/articles/ASP28…
性犯罪などで「拒否できたはずだ」という言葉を耳にします。本人も意識できない心理的支配や、密室状態での圧迫、恐怖感などを抜きにして、ただ「拒否できる」と言うことは、それ自体が暴力になってしまう。そして、今の法では、被害者を守り切れない。変えたい。 change.org/p/%E7%B7%8A%E6…
「ありがとう」、「おめでとう」、そして「ごめんなさい」がしっかり言えるのが素敵な大人、というのが私が尊敬する人の教え。ちなみに形だけの謝罪や、「結果的に誤解を与えた」という「弁明」は、「ごめんなさい」とは違うと思う。
現役選手の見解表明は「異例」、というところに、権力構造の根深さが表れていると思う。 mainichi.jp/articles/20210…
森喜朗会長の辞任が報じられた。これを「幕引き」とするのではなく、これを機に、再発防止の具体策を練り、かつ透明性を持たせる方向に舵を切るべきだと思う。JOC理事会が非公開になっているにも関わらず、「精一杯取り組んでいる」と根性論を並べても説得力はない。 mainichi.jp/articles/20210…
森会長の辞任はあくまでも「東京オリンピック・パラリンピック組織委員会」の会長ですが、JOCはじめ関連組織や、スポンサー企業のあり方、もっといえばこうした発言が繰り返されてしまう土壌、社会構造そのものに切り込んでいく必要があると思う。
待って、森会長の辞任の後、後任は川淵三郎氏で調整…?月刊Hanadaの愛読を公言し、我那覇選手をドーピング冤罪事件で苦しめた、あの川淵氏…? news.tbs.co.jp/newseye/tbs_ne…
日本サッカー協会会長だった川淵氏は、我那覇選手の事情聴取前にも関わらず「けん責処分とか6試合以下の出場停止処分か、それより重い資格停止その程度が常識的なところ」と一方的な私見で量刑にまで言及。後にスポーツ仲裁裁判所は我那覇選手側の訴えを全面的に認めている。 sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/j…
森喜朗氏の後任とされる川淵三郎氏への批判に対し、「思想にまで踏み込むのか」という声があがっていますが、これは差別や人権に対するスタンスの問題です。女性差別に声をあげられるのであれば、あらゆる差別にNOといえるはず。そうした軸で後任を選んでいるのか、その過程も含め不透明なのも問題。
森氏は会長を退くものの、組織委員会自体には残り、IOCとの交渉などを受け持つ、と報じられている。明日会見のようですが、「形ばかりの謝罪」が「形ばかりの役職辞任」になっていないか、どういったプロセスで誰が関わり人事を決めたのか、しかるべき説明がなされるべきだと思う。