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政治家の中にも「過剰な中国批判は控えよう」という声があるようですが、戦前の日本にもナチスドイツに対して同じような態度を示した派閥があり、それが国を大きく誤った一因となりました。昭和史の重要な教訓です。
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今回のロシアによるウクライナ侵攻と、大東亜戦争時の日本を「侵略戦争」の一語で同一視する言説を散見するが、天然ガスや石油の豊富な資源大国と、各国から資源を止められた「持たざる国」を並べて語るのは、さすがに無理がある。歴史は丁寧に扱うべき。
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大東亜戦争における最大の失敗は「国際情勢の読み違え」。戦前の日本は米英から離れ、国内の「親独派」に引っ張られてナチスドイツと手を結んだ。現在、新疆ウイグル自治区の人権問題に関し、G7の中で日本の反応が最も鈍い。これ以上、国内の「親中派」に引っ張られたら、再び道を誤る。
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戦時中、祖母の家には自決用の青酸カリが置かれていたという。もしそれが使われていれば、私は今ここにいない。自分の存在のきわどさに驚かされる。そしてそれは多くの日本人も総じて同様だろう。あの日あの町に行っていたら。少し銃弾がずれていたら。日本人の生。それは奇蹟そのものである。なのに。
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日ソ中立条約を破棄したソ連は南樺太にも侵攻。真岡郵便局で働く女子職員には疎開指示が出たが、彼女達は「職務を全うしたい」と通信業務を続行。彼女達は最後、本土に向けて「皆さんこれが最後です。さよなら、さよなら」との言葉を残し、服毒による自決を図った。結果、9名の若き命が散った。合掌。
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ペリリュー戦からの帰還者であった永井敬司さんが亡くなられました。平和への思いを最後まで語っておられました。永井さんの思いを、しっかり繋いでいきたいと思います。心からご冥福をお祈り申し上げます。 twitter.com/dig_nonfiction…
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パレスチナ取材中、とあるパレスチナ人にこう言われた事がある。「空爆の際、飛んできた破片で片目を負傷したら、あなた達はその目を手で覆うでしょう。でも、それでは駄目です。そういう時は、まだ負傷していないほうの目を覆いなさい。そうやってまだ無事な目を守るのです。それが戦場ですよ」
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「岐阜新聞」に樋口季一郎中将に関する記事が出ました。占守島の戦いの教訓からウクライナ侵攻を読み解こうとする内容です。良い記事だと思います。
「終戦直後」ソ連侵攻に立ち向かう 占守島の自衛戦決断した旧陸軍軍人|岐阜新聞Web gifu-np.co.jp/articles/-/530…
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通州事件以外にも日本人が虐殺された事件は実は多数あります。例えば小山克事件。昭和20年8月13日、満洲国の小山克で、武装勢力が列車を襲撃。標的とされた日本の民間人が多数殺害されました。強姦も起きたため、100人以上もの女性が崖から身を投げて自決しています。忘れられた犠牲者に鎮魂と哀悼を。
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終戦後、樺太から北海道へ引き揚げる人々を乗せた3隻の民間船がソ連の潜水艦による魚雷攻撃に晒され、実に約1700名もの方々が犠牲となった(三船殉難事件)。潜水艦は海面に浮上し、無抵抗の船に機銃掃射まで行った。この潜水艦の艦長は現在、ロシアにおいて「英雄」とされている。
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今日は北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの誕生日。拉致当時13歳だっためぐみさんは58歳に。長い年月を思うとやり切れません。それから若い人はあまり知らないそうなので書きますが、小泉訪朝以前は一部の政治家やメディアが「北朝鮮が拉致などする筈がない」と主張していました。嘘のような本当の話。
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ルーマニアには日本のことを「ツァーラ・ソアレルイ」と呼ぶ言い方があります。これは「太陽の国」「日出ずる国」という意味。ルーマニア在住時、友人たちと朝まで飲んだ際、明るくなりつつある東の空を指して、一人がこう言って微笑んだことをよく覚えています。「君の国はあの下にあるんだね」
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アメリカ第16代大統領であるエイブラハム・リンカーンの言葉。
「投票(ballot)は弾丸(bullet)よりも強し」
皆で投票に行こう。
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2月22日は竹島の日。韓国による不法占拠が続く竹島ですが、国民がより史実への理解を深め、声を上げていく必要があります。この不法占拠により、理不尽な不利益に晒されて苦しんでいる地元の人たちが大勢います。竹島の日は、日本人にとってとても大切な日です。
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終戦直前、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告。満洲国への侵攻を開始した。当時、150万人以上いた在留邦人は日本に引き揚げることになったが、その途中、ソ連軍兵士や中国人の暴民らから数え切れないほどの殺戮や略奪、強姦などを受けた。「満洲大虐殺」と私は名付けたい。
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古来、日本人は「個」よりも「公」や「和」を大切にしてきた。西欧では「個の自由」がとりわけ重要視されるが、日本人の心の中には「行き過ぎた自由は身勝手」という概念が伝統的に深く根付いている。令和4年、我々が立ち返るべきは、日本人のそんな心の機微ではないだろうか。
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東京大空襲。当時、16歳だった築山実さんは子供が火だるまになった光景をこう綴る。「防空頭巾に火が燃え付いたのと『熱いよ、苦しいよ、助けて』というのと同時のようであった。子供は何秒か暴れていたが、ガソリンでも全身に掛けられたようにパッと燃えあがり、身体全体けいれんしていた〉。合掌。
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私は以前ルーマニアに2年ほど暮らしていましたが「ガルベン(ルーマニア語で黄色の意)」と言われたことが2回あります。「2年で2回」を多いと見るか少ないと見るかは人によるでしょう。ただし「2年で何百回」も「日本が大好き」「日本を尊敬している」と言われたことも付言しておきます。これは多い。
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日本軍を美化したいとは思いません。史実に基づいて是々非々でとらえることが重要です。軍人の中にも色々な人がいたわけです。そこを丁寧に見たい。その上で日本軍が他の軍隊と比べて、軍紀違反が多かったり残虐だったとは思いません。米軍、ソ連軍、中国軍、みんな酷かった。それが先の戦争の実像。
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戦時中、我が祖母の家には自決用の青酸カリが置かれていたという。もしそれが使用されていれば、私は今ここにいない。自分の存在のきわどさに驚かされる。そしてそれは私以外の日本人も総じて同様だろう。あの日あの町に行っていたら。少し銃弾がずれていたら。日本人の生。それは奇蹟そのものである。
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両陛下のパラオご訪問に私は同行取材しましたが、お二人は慰霊行事の合間に水族館に立ち寄られました。カクレクマノミを見た陛下は皇后陛下に「ニモだね」と優しく声をかけられ、お二人は微笑み合いました。初公開の話です。
【独自】ハゼ研究者の上皇陛下、新種発見…yomiuri.co.jp/science/202007…