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槍玉に挙げるようで申し訳ないのですが、遊廓については、無批判に肯定的な紹介をしてはいけないと思います。そこはあくまでも女性が商品として扱われた世界です。絵画資料は殆どの場合それを享受する側の視線で描いているので、これもせめて「煌びやかに描かれた世界」などとするべきでしょう。(続 twitter.com/edohakugibocha…
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「鎌倉殿の13人」の脚本も担当している三谷幸喜氏が、以前面白いというか、怖いことを書いていました。鎧を着せてもらったら、不死身になったような気がした、というのです。勿論実際はそんなことは無くて、鎧を着たまま殺される図なら、歴博佐倉「中世武士団」展のはじめの方にいくらもあります。(続
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遊廓を子供にどう説明したら良いのか、という話もよく見かけますが、「お金で売られた女の人が無理やり男の人の相手をさせられていた所」で良いのではないでしょうか。遊ぶ方の男の立場で説明する必要はないです。
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いやいやいやいや、「臨時国会の召集は見送る」って、それは明確な憲法違反だから、こんな報道はだめです。日本国憲法第53条に「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」とあります。「見送る」ことはできません。
www3.nhk.or.jp/news/html/2021…
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NHKの「1945ひろしまタイムライン」というツイッターアカウントが「炎上」しているようですが、これはたしかに酷い。歴史資料の扱い方が根本的におかしいですし、戦争体験の継承としても問題が大きいです。そういう問題に触れてきた以上、看過できません。(続huffingtonpost.jp/entry/story_jp…
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承前)「遊女は当時のアイドルでファッションリーダー」といった言説もよく見ますが、それも商品にされてしまっているからという前提をはずせません。商品である以上、売れないと、つまり経営者に利益をもたらさないと、借金を返せないどころか食事も寝ることも許されず折檻される、そういう世界です。
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この錯覚、つまり武器武具を身につけると強くなったような気がしてしまう、というのが戦争の原因なのかもしれないと思うのです。負けて殺されると分かっているなら、わざわざ戦などしないでしょうが、武装すると、なぜか自分が勝つ、勝てると思い込んでしまう。
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信長や秀吉は、客観的に見れば、侵略戦争を行なった残忍な独裁者に違いなく、こういう人物を「偉人」「英雄」などと呼ぶのは、本当にもう止めた方が良いです。江戸幕府や大日本帝国の歴史観ならそうなるでしょうが、そんなメンタリティーを今日受け継ぐ必要は無いです。アップデートしましょう。
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近く、大学で言う最終講義のような話をすることになっているのですが、恐ろしい戦争が始まってしまい、こんな時に何を話せば良いのか、分からなくなってしまいました。中世の歴史の話がいったい何の役に立つのか、考えざるを得ません。でも、歴史学に意味が無いとも思わないのです。(続
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やはり「不在史料」が視野に入っていないからではないでしょうか。勝った側の史料は都合良く残る、ないし作られるが、負けた側や、戦火に巻き込まれた人々の史料はまず残らない。実在史料に基づいて歴史を描けば、そしてそれを読めば、戦争は正しいことで、自分も同じように勝てると錯覚するでしょう。
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まず、当時の日記に基づく部分と、それに基づかない「創作」の部分がはっきりしないこと。これは不可です。あたかも当時の資料であるかのように装って叙述をするのは、一種の捏造です。歴史資料は誰がどういう立場で書いたか(作ったか)がきわめて重要ですが、その事への配慮が欠けています。
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核武装の主張や、「敵基地攻撃能力」などというのも、おそらくそれと同じなのでしょう。実際はそのことによって、かえって攻撃の的にされ危険になるのに、それを忘れてしまう。プーチンも、武力を投入すれば電撃的な勝利を収められるという妄想を抱いていたらしく、同じことです。
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歴史資料には差別表現も出てきますが、影響を考えた上で、引用であることを明示し、厳重な注釈を付けなければ公表できません。まして、今回のツイートは、元の日記には無い創作部分なので、「当時の表現」という言い訳は通用しません。当事者の語りにあったとしても、決して無批判に使ってはいけない。
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先日も書きましたが、私の子供時代は、大人というのは全員戦争経験者だったので、当然良い人ばかりではないし、良いことばかりしてきたはずがない事は良く知っています。この頃、「継承」という言葉と共に、戦争体験や体験者を無批判に貴重な物とし、持ち上げる風潮がありますが、それは疑問です。
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体験者の語りはというのは一方的なもので、主観的な事実かもしれませんが、客観的な事実かは分からない。たいていは自己弁護や正当化になります。勝者の歴史、ですね。それをそのまま垂れ流してはダメです。きちんと歴史学的に検証して、現在の発信として責任を持たないと、加担することになります。
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そして、この種の認識の歪み、妄想を持つ背景には、やはり歴史が絡んでいるかもしれません。歴史叙述は、だいたい戦に勝って権力を握った人物を成功者として讃えるから、つい、自分もそれが出来ると思い、それになぞらえて行動したくなるのでは。そして、なぜそういう歴史叙述になるかというと、(続
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遊廓については、昨年の国立歴史民俗博物館の企画展示「性差(ジェンダー)の日本史」で扱われ、その図録に詳しいです。
この展示をダイジェストした『新書版 性差の日本史』も出ています。shueisha-int.co.jp/publish/%e6%80…
図録は現在も通販で入手できます。
rekihakushop.shop-pro.jp/?pid=154477844
ぜひご参照ください。
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これは、先日書いた「個人の戦争体験は誰がどう継承すれば良いのか」という、まさにその悪い事例です。「戦争体験」の中には、加害や、暴力や、差別など、様々な当時の問題、そして今につながる問題が含まれているので、決してそのまま継承して良いものではない。今日的な、批判的な視点が必要です。
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さて、3月末で勤めていた博物館を定年退職いたしました。このアカウントは、これまでももちろん個人的見解だったのですが、担当した企画展示の私的広報から始めたこともあって、仕事関係のことも含んでいましたから、けじめをつけて、更新はここまでにしたいと思います。
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過去の事を現在の価値観で裁くな、といった意見も見かけますが、歴史を考えるのは現在の営みです。私は過去の人間ではないから現在の視点で歴史を見ますし、現在は許されない事だと思えばそう言います。歴史観は自由でも、人権を踏みにじっても良いという見方には賛同できません。
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「煌びやかな遊廓の世界」という表現が駄目なのは、美化してはいけないものを美化することになるからです。遊廓というのは、煌びやかに見せようとしていても、実際は人身売買の奴隷労働による売春で、だから廃止されて今日も存在は許されないのです。美化するとそれを肯定することになってしまいます。
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いつも思うのですが、選挙で「勝った」「負けた」というのは、あれおかしいです。選挙は代表を選んでいるだけなので、少数派は負けたのではなく、少数派としての代表を選んだだけです。少数派も共同体の構成員なので、民主主義はむしろその意見を聞くためにあります。国会の召集が義務である所以です。
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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、個人的には「頼朝は政子を何と呼ぶか」に関心があったのですが、あっさり「政子」でした。知られた話ですが、頼朝の死後、上洛して朝廷から位をもらう際、公式な文書や記録に書く必要から「平政子」という実名を作ったもので、それ以前の名前は不明。「不在資料」です。
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意外と知られてないんですけど(が流行らしいので乗ります)、戦国時代には既に旅籠(はたご)があります。宿代は食事代で、一泊二食24文という相場もあったらしいです。お金を払えば普通に旅ができました。いわゆる江戸幕府の街道整備というのは、既にあった宿場網を制度化しただけでしょう。 twitter.com/kojima_sakura/…
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