権力を握る過程で時政が見失った、「先祖代々の土地や一族を守る為なら死に物狂いで戦う」という坂東武者の心意気を映す鏡であった重忠。 今回は「鎌倉の為に真に倒すべき存在」を本当は見極めていながら、親子の情で押し隠してきた小四郎の心を映す鏡となっていますね……! #鎌倉殿の13人
#鎌倉殿の13人 「あの婆さん、『死ぬ死ぬ』しか言わねぇんだよ」と、歩き巫女のお告げを適当に聞き流してきたわだのよしもりくん、「起請文に反して死んだヤツなんか見たことねぇ」と言っちゃうくらい信心がないのですが、そのツケを最悪のタイミングで払わされようとしている。
#どうする家康 提案は周囲の人間や外圧であっても騙し討ちといった負の部分を主人公の決断として描く脚本は名作。 家臣の暴発や史実と正反対の描写にするなど主人公の手を汚させない大河にも過去にはありましたが、本作は徹底して主人公を甘やかさない。人間の清濁から逃げない覚悟に惚れ直しました。
#どうする家康 ネタバレにならない程度に感想を述べますと、今年はムロツヨシ"で"遊ばない脚本と演出です。 絶ッッッッッッ対おっかない秀吉になるよ、今年。ムロさんのポテンシャルを目一杯引き出すぞ、古沢さん。
早滅の予告で僕は唸り声を上げまして。二俣川の戦い、ロケなんですよ。重忠の最期の見せ場を相応の規模で撮るという心意気ですよ。 「この大河で何を大切に描くのか」というジャッジがソリッドだから源平合戦もコンパクトになるわけですよ。首尾一貫のスタンスに感動しました! #鎌倉殿の13人
#鎌倉殿の13人 NHK時代劇に鍛えられて殺陣の名人と化した山本耕史 VS ガッチガチな武闘派・山本千尋による夢の頂上決戦、異次元的アクションのアニメ版「忍空」みたいになってる(笑)。 #真田丸 の本田平八郎忠勝VS出浦昌相よる世紀の一戦みたい。
長い時間をかけて一人の人物を演じ続けてきた者のみが到達できるこの顔。そして、これこそが大河ドラマの主演ということ。 #鎌倉殿の13人
#鎌倉殿の13人 これまで何度も「次郎はいけすかねぇ!」と悪態ついてきたわだのよしもりくん、永遠の別れに際して「もうちょっと生きようぜ!楽しいこともあるぞ!」ですよ!無理(泣)。 そして、次郎の覚悟を受け止めたら、全力で戦うことを誓うという。 もうね、無理(号泣)。
#どうする家康 家康の家系(系統)問題を美化するのでなく、あんまり良くない意味で正当化されていくプロセスを真っ向から描く大河ドラマ、だいぶ珍しいですなw(古沢さんならやると思った) ナレーションによる持ち上げがね、もうだいぶ苦しいのよw
平盛綱誕生で #鎌倉殿の13人 #北条時宗 #太平記 という鎌倉大河三作が一本に繋がったのも最高ですが、鎌倉幕府滅亡をもって完結する「北条得宗家と長崎家の一蓮托生」が、泰時とその幼馴染み・鶴丸の友情から始まったという見方が出来るのも熱い! 「千鶴丸から始まる鎌倉幕府の物語」としても完璧。
#鎌倉殿の13人 身の丈に合わないし、望んでもいなかったけど、絶対権力をさばけるだけの合理性と事務能力を備え、族滅を可能とする兵権に加えて暗闘を制する刺客まで手に入れてしまったが為、誰よりも苦しみ抜いた悲しい男。 それがこの大河の北条義時。
病に倒れた最高権力者の回復を祈るという「人間らしさ」を置き去りにして、彼を取り巻く補佐官・官僚たちが「次」に向けて淡々と「仕事」をこなしていくのが最高に政治劇。ともすれば冷徹に見えますが、政権中枢に空白と停滞が生じれば、より事態が悪化するわけで。 #鎌倉殿の13人
このシーン、史実を超えた政治劇の面白さが詰まっておりますな! 「美しき将軍」に武士の理想像を見て酔っている十兵衛と、「天下」の生々しさを知る政権の実務者・マキャベリストたちの温度差が本当に素晴らしい。「情」と「理」の鬩ぎ合いで、十兵衛はまだまだ政を理解できていない。 #麒麟がくる
乳母父として頼家を操ってやろうとイケイケだった頃の比企能員はヒール全開でしたが、思い通りにならない絶対的権力に翻弄され、近寄り過ぎた為の自縄自縛に苦しみ始めてからは、権力の恐ろしさを体現する役割となりましたね。逃げれば破滅は免れるのに、もう舞台を降りられない悲劇。 #鎌倉殿の13人
15年ぶりの再会は小四郎の変貌を俯瞰する上で非常に重要なのですよね。 15年前の小四郎と運慶は仏の前で顔を合わせたわけで(何より八重存命中)。 だからこそ「生き方に悩みのある顔は悪いけど、良いし、救いもある」という言葉が重く響く。 運慶に託された役割も明確化してきましたね。 #鎌倉殿の13人
ほんの小さな手掛かりから頼朝の死因を割り出し、その後継者は荷が重かろうと言ってのける後鳥羽院と、実際に「二代鎌倉殿」の重責に苦しむ悔し涙の頼家。 同じ蹴鞠というシチュエーションが両者の格の違いを際立たせていてグッと来ました。 #鎌倉殿の13人
#どうする家康 大河の主演という大役を果たした松山ケンイチが本多正信=家康のことを誰よりも近くで支える軍師としてキャスティングされた意味がここにある。
時政を「ステレオタイプの悪役」として描いていたら、「俺の孫だぞ」「(頼家が)生まれたときのことは今でも覚えている」と葛藤する姿は成立しなかった。この大河の愛すべき時政像が僕はやはり大好きです。 #鎌倉殿の13人
#どうする家康 今をときめくアイドルが主演だけど、美化にも近い形でカッコよくすることもなく、むしろ血と泥にまみれた描き方を貫こうとする古沢さんの筆には強い覚悟を感じますし、これは松潤さんも取り組み甲斐があるだろうな、と。 古沢さんの覚悟に松潤さんも最高の形で応えている。
#鎌倉殿の13人 息子の命を奪った公暁をどうして政子が気遣うのかと言うと、それはもう「孫だから」としか言いようがないのですよね。 慈悲深さ云々の理屈ではなく、「孫だから」の一言。 十年若かったら公暁を迎え入れる政子を咀嚼できなかった気がします。年を重ねた今なら実感として理解できる。
#鎌倉殿の13人 自分に似せた仏像を造るよう運慶に迫る義時は「闇堕ち」したように思えるのですけど、かつてその運慶が造った仏像に八重の面影を見たことを振り返ると、やはり根は「あの小四郎」から変わっていないのだと気付かされ、どこまでも切なくなる。 これが鎌倉の頂点に立った男の姿。
#どうする家康 「大名・今川」、ここに滅亡。 重い荷を下ろした氏真がそれを羨む家康に「お前は"そこ"でまだまだ苦しめ」という言葉を掛けるのが特にグッと来ました。 「父(義元)の志を託す」と口にする必要もない。そして、その言葉を受ける家康が纏うのは金陀美具足。 今川編の幕引きとして完璧。
政治的現実を見据え、政治家に撤して行動してきたと思わせておいて、実は誰よりも頼朝の安らかな旅立ちを願っていた小四郎という。 いわゆる「知情意」が全て詰まった描写で、これまでの26回の中でも屈指の名場面でしょう。 何より半年間の積み重ねなくして成り立たないクライマックス。 #鎌倉殿の13人
#鎌倉殿の13人 平賀朝雅が怪我を負った右の小指を見つめて怯むカット、これは朝雅を臆病に描いているのでなく、小指をやられると力が入らなくなって太刀を握れなくなる絶望感の表現ですな。 だから、最期のシーンでは左手で小刀を持っている。 もはや、まともに応戦することも叶わない。
源氏を「我が忠臣」と認めた上で、これを弄ぶ坂東武者への嫌悪を滲ませる後鳥羽院の描写、公武両方の社会を長らく調べてきた身としては感無量でございました。 #鎌倉殿の13人