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人に冷たい人は冷たくあしらわれるように、人に冷たい国も冷たくあしらわれるだろう。ユダヤ人のように初めから人の温かさなんか求めていないと突っぱねられる強さもないのなら、人には温かくしておいた方が得だと思うが、人には冷たいくせに人の温かさだけは求める身勝手は見苦しい。
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どうすれば日本はよくなれるか、もう誰も分からなくなっているのだろう。
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日本文化には優れたものもたくさんあるけれど、一方で日本文化の克服しなければならない最たるものは、外に向けての閉鎖性(ムラ社会)と、内に向けての階層性(上下社会)だろうと思う。各個人の完全対等平等性と、外に開かれた心を自分も身につけたいし、そういう人の輪を広げていきたい。
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国民にとっては不利益でしかない保険証の廃止という暴挙に出てまで強制したいマイナンバーカードの真の目的が、行政事務の効率化や税と社会保障の公正の確保であるはずがない。
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日本にそんなに押しかけるはずもない難民を恐れ、日本に打ち込まれるはずもないミサイルを恐れ、日本に攻め込むはずもない国を恐れる。その前にもっと足元で恐れなければならないことがあるのではないか。
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犯罪者であろうと不法滞在となった外国人であろうと、全ての人には人権があるのであって、刑罰を与えるにせよ、強制送還するにせよ、人間としての尊厳を冒すようなことがあってはならない。こんな当たり前のことがどうして分からないのだろう。
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入管はどうして自分たちが行っている拷問をビデオに撮っているのだろうか。外国人の方が反抗的・攻撃的だから、職員はやむなく自衛でやっていると言いたいわけでもなさそうだ。どう見ても自分たちに不利な証拠を自ら明かしているようにしか見えないのだが。
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皆が自分の頭で考え、自己の内に善悪の明確な基準を持ち、他人に左右されることなく、自分の考えと規範に基づいて行動し、その結果についてはきちんと責任を負う。そしてそのために常に新しく正しい知識を学び続ける。こういう個人が増えれば国も社会も必ず変わるだろう。まずはそこからではないか。
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「戦争を起こさないように努力するべきだ」という言説も一見全うではあるが、いったん戦争が始まってしまえば、主戦論に転じない保証はない。いかなる戦争にも反対するという姿勢を貫ける日本人はいったいどれほどいるだろうか。しっかり見届けていたい。
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日本は今、着々と「戦争のできる国」へと向かっているけれど、戦後あれほど戦争協力への反省と懺悔をして見せたマスコミは今度もまた戦争を煽る言説を振りまくに違いない。NHKなどはすでにその先棒を担いでいるではないか。
侵略戦争を否定するのは簡単だが、防衛戦争を否定するのは難しい。
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現代の左翼や左派が日本を旧ソ連や中国、北朝鮮のような国にしたいはずもなく(そんなことを考えること自体バカげている)、全ての個人の自由と本質的平等、普遍的人権の保障、地球環境の保護、戦争のない平和な世界の実現を目指す政治的立場である。どうして左であることを恥じる必要があろうか。
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ぼくはもちろん戦争体験はないけれど、両親は学徒動員(勤労動員)から学童疎開の世代であり、母方の祖父は海軍に徴兵され母島で敗戦を迎え、父方の伯父は陸軍士官として戦死していて、戦争の話は断片的ではあるが直接聞いていた世代だ。その頃の話の中で太平洋戦争がアジア解放戦争だったなどという
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先進国の要件というのは経済的豊かさだけではない。全ての人権が保障され、教育のレベルが高く、文化や芸術も充実し、知的で穏やかで平和的な人々が秩序を守って暮らしている国。まあ、これはユートピアに違いない。しかし、そういう国を目指さずしてどうして本当の先進国になれるだろうか。
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戦争になったら兵隊の命への配慮は必要ないという考えと、財政が厳しくなったら老人や障害者の命への配慮は必要ないという考えとは同一である。日本人が「人権より国益」という考え方から抜け出さない限り、状況次第によって掛け替えのない人の命が国によって奪われる。
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政治家の息子たちの愚行を見ていると、自分は世界の中心ではないこと、世界を自分の思い通りにしようとしてはならないこと、他者とは力ではなく対話で関係を築くべきことは、親が子供にきちんと教えなければならないことだと改めて思う。
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もう日本人には何が正しく何が間違ったことなのかが分からなくなっているように思う。その中で極めて幼稚な、自分を快にするものは善であり正しく、不快にするものは悪であり不正だという感覚は確実に広がっているように見える。この快/不快原則を克服することが人間の精神の成長であるはずなのだが。
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「本を読まなくなった」ということは単に国語力が低下するだけではなく、普遍や客観という自己を相対化し、真実から自分を捉え直す契機を失うということでもある。その結果世界は自己の脳内世界の延長となり、主観世界の絶対化が起こる。歴史修正主義者との議論が徒労に終わるのはそのせいである。
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岸田息子にとって首相公邸は「俺んち」なのだろう。このように、この国には「公」概念はなく、政治は力の強い者の私益の実現ということになる。だから企業も諸団体もマスコミまでも、権力と私的な関係を結ぶことで私益を実現しようとする。
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国会が「茶番」だというのは多くの人が感じているはずで、少なくとも時折伝わってくる民主主義先進国の国会におけるような感銘深い演説や討論を聞くことはまずない。日本には演説や討論の文化がないと言われることも多いけれど、ないなら作るしかないだろう。こういうところに「日本風」は有害無益だ。
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日本という国は、生まれつきの家庭環境、能力、適性、性格、容姿、体型等々、何であれ優れたものしか評価しないから、ほとんどの人から希望や生きる喜びを人生の早い段階で奪ってしまうのだ。根っから裏返しの差別主義社会と言ってよいだろう。これが日本の国力を奪っている大きな要因だと思う。
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機動隊とデモ隊との衝突を見ても、中核派の学生(?)はそんなに暴力的に反抗しているとは見えず、機動隊の方はやたらと無駄な動きが多くて、どうにも暴動鎮圧を演出しているようにしか見えない。何もかもがこういう調子なのだ。
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難民は難民を出す国の責任、どうして日本が受け入れなければならないのだというツイートを見て、今さらだが人間として心は痛まないのかと情けなくなる。その国の政府に責任があるのは当然。だが、それを言っても今助けを求めている人は救われない。イエスでなくとも「誰が隣人か」と問いたくなる。
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これがまさに大澤真幸が言う「アイロニカルな没入」の一例。こんなことで助かるとは誰一人思ってはいない。しかし、お上の決めたことだから、とりあえず守っておけば面倒なことにならずに済む。何かの儀式だと思って従っておけばよい。日本社会にはこういう無駄が満ち満ちている。 twitter.com/333mimina/stat…
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自分自身が金にしか関心がないから、困窮者への支援も金のためだろうと決め付ける。そんな金どこから出てくるというのだろうか。人は金のためでしか動かないと思っているのだろうか。まったく人間を舐めている。
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自民と維新の二大政党になったら、国民にはアナクロとネオリベのアマルガム(自民)かリバタリアン(維新)の二つしか選択肢がなくなる。どちらも「強者の強者による強者のための政治」であることは共通しており、弱者は強者のお慈悲にすがる以外に生きようがなくなる。そういう社会をお望み?