301
低賃金も低年金も今の物価高も、全て政治が生み出しているものだ。個人が乗り越えるべきものでも、耐えるべきものでもない。なのに、メディアは政治を無視する。現状を招いた政治への批判を回避して、政治により生み出されている困難や混乱に「適応する」ためのライフハックを垂れ流し続けている。
302
値上げを乗り切るための知恵だとか、低賃金を生き延びるスキルだとか、そんなものが盛んにテレビで垂れ流されている。アウトレット食品の詰め放題サービスで、ビニール袋の縁を引っ張って伸ばせば多く詰められる、みたいなのが、賢いやり方であるかのようにいっている。何故、こうなるのだろうか。
303
一番優遇されているのは、人口割合が3割程度と比較的高い高齢者でもなく、若者でも中年でもなく、もちろん少子化で人口に占める割合が減り続けている子供でもない。それこそ、人口割合でいえば2〜3%程度に過ぎない富裕層と権力者のお友達だけを優遇し、格差を拡大させている政治こそが問題なのである。
304
もしも政治が高齢者の側しか見ていないから、何故物価高なのに年金が下げられるのか。世代間格差などというものは架空のものである。あるのは「格差」そのものだ。世代間格差だのシルバー民主主義だのという分断を煽る言葉は結局、「貧富の差」それ自体から目を逸らさせるためのマヤカシでしかない。
305
そもそもコロナ前からクソだったクールジャパン機構の赤字拡大をコロナのせいにしたり、アベノミクスというクソ政策による物価上昇(と実質賃金の下落)をウクライナ戦争のせいにしたり、そういう「付け替え」がこれから盛大に行われるだろうし、また皆がそれに盛大に騙されるのも目に見えている。
306
選挙制度についていうならば、私は常々「議員定数の増」と「比例代表制」を主張している。椅子取りゲームの椅子の数を減らし、勝者が敗者から全ての椅子を奪う。そういう「総取り民主主義」が、我々を疲弊させている。勝者・多数者だけでなく、敗者・少数者にも一定の議席を与える仕組みが必要である。
307
むしろ、碑の存在を問題視して県に圧力をかけた政治勢力の政治性こそが問題視されるべきではないのか。政治的な理由により碑を不許可にした自分たちの政治性を棚に上げて、市民団体の発言のみを捉えて政治的だと糾弾する県の二枚舌を支持する司法には呆れるしかない。 twitter.com/asahi/status/1…
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AEDデマを拡散する人たちは結局、「平時からセクハラや性暴力などの被害の訴えをやめないといざという時に助けてやらないぞ」といいたいだけだと思いますよ。そんな人との論争のためにネットを使うより、いざという時のためにAEDの使い方を事前に検索し、知っておくことに使った方が有意義です。
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女性にAEDを使ったらセクハラで訴えられるから助けてやんないぞ、などとニヤついているヘンテコな男たちと、(女人禁制だから)女性は土俵から降りろというアナウンスを受けながらも土俵上で市長を救命し、当たり前のことをしただけだからと感謝状の受け取りを固辞した女性看護師とを対比してみよう。
310
パーフェクトな回答、といってもいいのではないでしょうか。他人のルーツを「暴かれるべきこと」として、あるいは「負の烙印」として言い募るような差別者たちと同じ土俵に上がること自体が差別への加担になるというのは、少し考えれば誰にでも理解できる単純な論理です。
narinari.com/Nd/20220672518…
311
私も中学生の頃なら、そんなことをいって先生に反抗したかも知れません。でも今なら、過去に教員が戦争に加担してきた歴史を踏まえ、教員が「教え子を戦場に送らない」ことをモットーにするのは職業倫理として理解できるし、先生が反論しなかったのは彼が大人だったからだということを理解できます。 twitter.com/ponnshuu/statu…
312
(折檻ではなく、席巻〔せっけん〕ですね。酷い誤字りです。)
313
「正しさ」を問うことはバカのやることで、いかに社会が不公正だろうが、世の中に不公平が満ちていようが、その中で自分が損をすることなく立ち回るのが賢い人間のやることだ、みたいな空気が社会全体に満ちている。上手く立ち回れば得をできるのにそうしないのは自己責任だ、といいたいわけだ。
314
「ふるさと納税」にしてもマイナンバーカードにしてもそうだが、上手く使えば得をする制度だから使わなければ損だ、みたいな煽り方で、制度そのものの正しさ(公正性や公平性、平等性など)を問題にする声を抑圧するようなやり方が、いつの頃からか随分とこの社会を折檻するようになってきた気がする。
315
森友や加計問題は「公正さの問題」に尽きるわけだが、まだモリカケをやってるのか、的な冷笑がウケる様子を見ていると、今の日本は「公正であること」に価値を置かない社会なんだなと思う。そして、不公正な社会の仕組みを変えることではなく、不公正な社会における処世術的なものに関心が集まる。
316
そういう写真を掲載していたこと自体を問題とするのではなく、「削除していなかったこと」を謝罪する。謝罪に見せかけて、批判の論点をすり替えている。さすが、都合の悪い公文書は廃棄してしまえばなかったことにできると考えている安倍晋三の側近らしい思考回路である。
jisin.jp/domestic/21037…
317
選択的夫婦別姓反対論に「家族の一体感が失われる」というものがあるが、彼らの主張する「一体感」とはなんなのだろうか。「一体」というあり方が個人が個として存在し、個として考え、判断することを阻害し、個を集団に溶け込ませるようなものであるならば、私は家族に一体感など必要ないと思う。
318
高齢者が優遇されていると吹聴し高齢者福祉の縮小を主張する論者のいうとおりにしたら、どうなるか。豊かな親は自力で生きられるが貧しい親は自力では生きられず、結局は子が親の医療や介護の費用を負担することになる。親の所得というどうしようもない事情により、貧困に陥る現役世代が増えるだけだ。
319
貧困や格差の問題を、高齢者は優遇されているという世代間対立にすりかえようとする論者がいるが、世代に関係なく、単に高額所得者や資産家が占有する富を貧しい層に分配するようにすればいいだけである。高齢者が優遇されているのではない。世代を超え、富裕層が優遇され過ぎていることが問題なのだ。
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「一億総株主」という詐欺的標語には心底、うんざりする。「一億総」というといかにも「みんな横並び」のイメージだが、実際は皆がプレイヤーとして平等ではない。富裕層のプレイヤーとして優先されるに決まっているし、危機になれば上澄みの上客を守るために残りの「一億」が切り捨てられるだろう。
321
我々の年金基金も投資に回されているわけで、その意味ではすでに日本は「一億総株主」であるといってもいい。そしてその年金は、株価の吊り上げのために使われ、株価が下落し株屋が損をしないための「身代わり」として溶かされたではないか。「一億総株主」なんてものも、つまりはそういうことだ。
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みんなで株主になれば株主配当をみんなで分け合ってみんなが得をする、なんてあるわけない。株屋だの投資家だのがどんな人間だったか思い出せ。富の分配すを頑なに拒否し、景気が上がれば自分たちの分前の増額を要求し、景気が下がれば労働者への分配を減らせと要求してきた奴等だったじゃないか。
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「一億総株主」なる文字列にはさすがに殺意が湧いた。コロナ禍の最中でも、株屋は空前絶後の利益を貪り際限なく膨張していた。再分配に回されるべきカネが株屋たちに掠め取られている現状すら許せないのに、何が「一億総株主」だ。なぜ、株屋のバブルを我々が下支えする必要があるのか。ふざけるな。
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「ねつ造」「研究費を流用している」という発言が、一般的な論評の範囲と言えるだろうか。研究者としての信用を著しく損なう発言と思うが。裁判官でいうならば、「カネをもらって判決を捻じ曲げた」くらいの発言と思うが、それも一般的な論評の範囲と言えるのか。さすがにこれは不当な判決だと思う。 twitter.com/kyoto_np/statu…
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吉村洋文が、国が全額をもっても十分リターンはあるし、投資とみても最も効果が高いから、といって出産費用の無償化を主張しているが、そこに散りばめられた「リターン」だの「投資」だのという単語に秘められた、福祉施策を経済的視点から語れるオレたちクールじゃん、的な感じがいかにも臭い。