「僕の好きなタイプ……ですか」部活帰り、この頃気になる後輩は夕暮れの空を見上げながら唸った。「うーん、心を許せる人が好きですね。二人だけの内緒話ができるような」真面目な彼の性格がよく出ている答えだ。それから私の目をじっと見て言った。「この話、他の人には秘密にしてくださいね。先輩」
「昇進したんだって?」モニターの向こうから同期達がひょいと顔を出した。まあね、と頷けば皆悪戯っぽく笑う。「今夜は奢りな!」大して昇給しないというのに、ハイエナのような連中だ。夜、食べたいとせがまれたのは豪奢なフレンチ。支払いをしようとすると、スタッフは言った。「もうお済みですが」
彼女が亡くなってから五年が経った。泣き崩れ、空っぽな頭でトーク履歴ばかり見ていた僕も、もうすぐ大人になる。この冬、新しい恋人ができた。優しい君のことだ、きっと空から祝福してくれているだろう。君が遺した手紙を読み返した夜、僕は消された文字の跡があることに気づいた。「私を忘れないで」
「付き合ってもいいけど一年だけね」告白に対する返事は予想外のものだった。死ぬほどモテる先輩の恋人になれたのは嬉しいけれど、まさか期限つきとは。一年はあっという間だった。このまま付き合っていても幸せそうなのに、やはり先輩は今日までと言った。早く結婚したいというのは本心だったらしい。
二人なら無敵だと思っていた。同じ丈に揃えた制服のスカート。教室の隅で、将来の夢も好きな人も一番に教えあった相手だった。大人になった今も、お揃いで買ったストラップが鞄の端で揺れている。彼女は今年上京した。こちらへ頬を寄せ「地元の友達」と紹介するこの子を、私はまだ親友と呼びたかった。
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私は幸せ者だ。飲み会から帰った夜。ベッドに倒れこんだ私の代わりに、彼はクレンジングシートでそっと顔を拭いてくれた。「気が利くね」「でしょ?」自慢げに笑う彼は、ヒールでむくんだ足のマッサージまでやってくれた。彼は優しくていい人だ。だから、誰から教わったの、なんて聞かないのだ、絶対。
彼が私の容姿をばかにした。聞き間違いだと思いたかった。頭の中で硝子の割れる音が響いた。鞄の中から合鍵を引っ張り出して、別れよう、と机の上に置いた。「待ってよ。三年も付き合って、それくらいで……」彼はまだ笑っていた。恋愛ほど繊細なものはないのに。私達、恋心でしか繋がっていないのよ。
人生やり直しボタンが欲しいと思っていた。生きていても毎日つらいことばかり。だから本当にそのボタンが目の前の画面に表示された時、僕はすぐに手を伸ばした。指を置いた瞬間なぜか涙が出た。本当に欲しかったのはボタンではない。「そんなの押さないで。寂しいよ」と僕の手を止める誰かだったのだ。
彼女の誕生日に素直な気持ちを伝えた。「誕生日おめでとう。朝ご飯を作ってくれるところ、気遣ってくれるところ、よく連絡をくれるところが大好きです」喜んでほしかったのに彼女はなぜか浮かない顔。ついには一粒の涙が落ちた。「私が好きなんじゃなくて、私がしてあげることが好きなんじゃないかな」
数年前の自分が残した言葉が今まさに響いている。
沈黙が続く深夜のファミレス。悩んでいた様子の彼女がついに口を開いた。「もう終わりにしよう……」僕はため息をついた。「誘ったのはそっちだろ」「ごめん。でも、もう冷めちゃったから」僕は何を見落としていたんだろう。諦めきれずに黙ったままでいた。まったく、この店の間違い探しは難しすぎる。
「彼、髪を乾かすのが上手いんだ」初夏、大学の友人はポニーテールを爽やかに揺らした。「私の髪も、彼がやった方がはやく乾くの」学生で混んだカフェテリアの中、恋する彼女の笑顔はパッと輝く。「すごいね。器用なんだろうね」一口飲んだコーヒーは苦かった。すごいね。私といた頃は下手だったのに。
朝、瞼を開けた彼はまだ眠そうだった。「よく寝た」呑気な顔で欠伸なんかして。私は親指と人差し指の腹でその頬を摘みながらほんとだよ、と笑った。「ごめん、もしかして出かける約束してたっけ?」「うん、そうだったね。今思い出したよ」そこから先は声にならなかった。彼が目覚めたのは二年ぶりだ。
彼氏の鈍感なところが嫌いだった。髪型を変えても気づかない。手の込んだ料理を作っても「普通に美味しいよ」以外の感想がない。悪気がないのは分かっているが張り合いがない。ところが今は変わった。私にしわが増えても気にせず、レトルトカレーだけの夕食でも礼を言う夫に、幾度となく救われている。
ずっと好きだった人に恋人ができた。まったく騙されたような気分だ。恋愛には興味ないかな、といつも言っていたのに。昔から遅刻癖があるから心配だけれど「相手の子は気が長いから大丈夫」なんて君はいい気なものだ。今日も「5分遅れる」と通知が来る。まあ確かに、5年に比べれば5分なんて一瞬だ。
「好きな人いる?って、ほぼ告白だよね」お喋りが止まらない私とは対照的に、幼馴染はゲームに没頭中。ボスを倒すので忙しいそうだ。「聞いてる!?」「うん」絶対嘘だ。私は諦めて本棚から漫画を取り出した。5分後、ゲームを終えた彼は隣に腰掛け、不機嫌そうに言った。「まさか好きなヤツいんの?」
「ねえ、チョコ好き?」やっと聞けた。同じ弓道部の彼は、横にいる私をちらりと見ながら答えた。「大好き」珍しい笑顔にこちらがどきりとしてしまう。「良かった。甘いもの食べないって聞いてたから」彼は不思議そうな顔をした後、急にその場でうずくまった。「好き?の部分しか聞こえてなかった……」
結婚する前に聞きたいことがある。私は彼と向かい合った。「子供のことだけど……」彼は目を伏せた。やはり、子供は望まないのだろうか。「怖いんだ、どうしても」「父親になるのが?」彼は首を横に振った。「俺の誕生日が、母さんの命日なんだ」私は人生で一番泣いた。彼の苦しみを何も知らなかった。
君にふられただけで駄目になってしまう自分にがっかりした。昨日までなら綺麗に巻いていた髪は起き抜けでうねったまま。メイクもストレッチもやる気が出ない。薄暗い部屋でだらだら動画を見ただけで一日が終わった。君に恋をして変わったんじゃなくて、君の恋人になるために積み重ねていただけだった。
彼女は泣かなかった。五年も付き合った僕が、晴天の霹靂のように別れを告げても。正直、こちらの方が驚かされた。清楚なワンピースを着た彼女は最後に手を振る時まで優しかった。「今までありがとう」駅に向かっていく僕に、怒るどころか礼を言った。「幸せになってね、私と別れたことを後悔しながら」
言葉だけの恋人が嫌で別れた。私がいなくても平気な気がして。でも優しい人だった。喧嘩している時ですらどこか穏やかで、私はそれを、本気の恋じゃないからだと考えていた。最後のLINEを受け取るまでは。「ごめんね、俺ばっかり幸せだった」何気ない日常を愛する彼の隣で、私はいつも求めすぎていた。
彼の財布から名刺がはみ出ていた。名刺入れは別に持っているはずなのに。「それ誰の名刺?」机の上に置かれた財布を指差すと、彼は分かりやすく狼狽えた。「こ、これはお守りというか」まさか何か隠しているのか。問い詰めると、渋々こちらに渡した。数年前の、ただの取引先だった頃の私の名刺だった。
「今日で付き合って一年だね」私の言葉に彼は驚いた顔をした。「え、そうなの?ごめん。晩ごはん豪華だなとは思ってたけど」ベッドでスマホを触る彼は、私よりずっと恋愛経験が豊富だ。「いいよ。私も来年は忘れてるかもしれないし」笑って目を閉じた。本当は、初めて手を繋いだ日まで覚えているのに。
憎い相手よりも必ず幸せになれる魔法をかけてもらった。ここまで辿り着くのには苦労したが、効果は地味だ。「幸せになりなさい」魔法使いは僕の目を見て言った。僕は「優しいですね」とだけ答えた。その後の人生はまさに堕落の極みだった。幸福に繋がりそうな道は自ら閉ざした。それほどの恨みだった。