好きだけど話すのが怖い。そんなことを考えるくらいには、恋という病が進行していた。『今週末どこか行かない?』勇気を振り絞って送ったLINEは、二分後に返事がきた。『先週も出かけたし、今週はいいかな』淡白な君らしい文章に気が遠くなる。君は週に一度でも多すぎで、私は毎日だって会いたかった。
モテる友人に好きなタイプを聞いた。「お洒落な人かな」さらりと答えるその姿に憧れる。確かに彼女の元カレはみんなお洒落だった。けれど、まさかこだわりが服装だったとは。「へえ。かっこいい、とか優しい、とかじゃないんだね」驚く私に、友人は再びあっさりと返した。「え、それは大前提でしょ?」
彼女は面倒な人だった。僕と付き合う気はないくせに寂しがりやで、時々向こうから手を繋いできたりした。けれど彼女に恋人ができた夏、そんな関係も終わった。未だにLINEだけは来るが。そんな面倒なやつ忘れな、と友人は肩を叩く。そう簡単じゃない。あんなに面倒なのに、それでも好きだったんだから。
二十歳の誕生日、タイムカプセルを開けた。中には十歳の私が書いた手紙が。『未来のわたしへ。夢は叶いましたか?幸せですか?もしそうなら、手紙は捨てていいです。過去はふりかえるな!』思わず笑ってしまった。かっこいいことを書きたい年頃だったようだ。深夜、私は色褪せた手紙を大切にしまった。
「今日で付き合って一年だね」私の言葉に彼は驚いた顔をした。「え、そうなの?ごめん。晩ごはん豪華だなとは思ってたけど」ベッドでスマホを触る彼は、私よりずっと恋愛経験が豊富だ。「いいよ。私も来年は忘れてるかもしれないし」笑って目を閉じた。本当は、初めて手を繋いだ日まで覚えているのに。
「私にしとけば?」なんて言って、君に近づく勇気はなかった。「最近倦怠期なんだ」その言葉に期待せずにはいられなくて、いつもより暑い夏だった。君が別れたら、君が別れたら。想像しながら歩いたら君の背中を見つけた。小柄なあの子の手を引いていた。木陰で一人立ち止まる。仲良しじゃん、嘘つき。
「手、握ってもいい?こわい……」肝試しでペアになった君は、不安そうな顔で言った。その様子に僕はちょっと驚いた。「意外。前にホラー映画が大好きだって言ってなかった?」うるうるしていた君の目が泳ぎだす。「そ、その話したっけ」懐中電灯だけで照らす夜の道は静か。僕は黙って君の手を握った。
私達は最後まで恋人にならなかった。大学の友人で、一晩中話しても話題が尽きなかった人。映画やライブにも行った。一度だけ手を繋いだこともあった。けれどお互い不器用で、言いたいことは言えないまま社会人になった。ドライブに誘われた夜、すっかり大人びた友人は言った。「俺達さ、結婚しない?」
「ずっと親友でいようね」誕生日プレゼントに添えられていたメッセージを読んで心が温かくなった。あの日から十年、今でもよく連絡をとる間柄だ。嬉しいことがあった時は一番に報告し、つらい夜は二人で飲み明かした。だから心に決めている。この子とずっと親友でいよう、好きだよとは言わないままで。
昔の恋人に会った。ずっと会いたいと願っていた。学生時代、気が合う君とただ話すだけで楽しかった。『久々に飲む?』君からのLINEが素直に嬉しくてOKと返した。けれど、泣きたくなるほど会話のリズムが合わない。一次会で解散した。思い出が色を変える。きっと私は、あの恋に蓋をしておくべきだった。
時々、人の目の中に数字が見える。それが付き合ってから別れるまでの年数だと気づいたのは、二十歳の時だった。それ以来恋愛から遠ざかっていた。付き合っても虚しくて。そんな自分がまた恋に落ちた。数字は見えていたけれど、それでも好きで付き合った。共に生きようと思う。君と素晴らしい五十年を。
匿名のアカウントを彼にフォローされた。私だとは気づいていないようだ。正体を明かさないまま交流していると『一回会ってみない?』とDMで誘われた。正直モヤッとした。『彼女いないの?』とはっきり尋ねる。『いるよ』という返事にホッとすると、またメッセージが来た。『それでもいいなら会おうよ』
サッカー部のスタメンに初めて選ばれた。三年間の集大成となる試合に自分が出られるなんて。「やったじゃん!」仲のいい部活の友達に背中を叩かれた。だけど今は嬉しさを表現できない。「おいおい、もっと喜べって……」できないよ。俺の代わりに落とされたお前が、こんなに、こんなに泣いているのに。
朝からそわそわしていた。窓の外は曇り空。新品の可愛いルームウェアを隠すようにリュックに詰めた。「あのさ」洗い物をするお母さんに声をかける。「今日、友達の家に泊まってくるから」楽しんできてね、というその顔をまっすぐ見れない。私は変わってしまった。大好きなお母さんに嘘をつける人間に。
『結婚おめでとう』花嫁である私へのサプライズとして、父が書いた手紙が読み上げられた。会場はしんと静まり返る。幸せになってね、ではなく『お母さんのこと頼んだよ』の一言で締め括られているのが父らしい。いつもは気丈な母が泣き崩れた。二年前に亡くなった父が闘病中に用意していた手紙だった。
徒花みたいな恋だった。疑って傷つけて傷ついて、別れてからボロボロになった自分に気づいた。「新しい彼女、超可愛いよ」写真を見せつける元彼は、今も何を考えているのか分からない。「私に会うのやめなよ」「彼女の前じゃ悪いところ見せられないし」ああ私、別れる前から彼女じゃなくなってたんだ。
夜、誰も触っていないはずの本棚からバサッと本が落ちた。幼い娘は「ママ」と言って泣いた。ここ最近、こういった不可解な現象がよく起こる。本を拾い上げ、大粒の涙を流す娘を抱きしめた。床に落ちてきたのは娘の大好きな絵本だった。生前、妻は幽霊になって戻ってくるからと僕達に言い聞かせていた。
誰かを笑顔にしたくて歌手になった。それでも顔がスタイルがと言葉のナイフは飛び続けた。傷だらけでそれでも有名税だって片付けられて。だから人前で歌うことなんてもうやめた。名前を変えて音源だけあげたら山ほどコメントがついた。『綺麗な声。きっと美人なんだろうな』私は画面を見ながら笑った。
「結婚相手との出会いってどこが多いか知ってる?」改札までの道のりで先輩は私に尋ねた。「アプリですか?」「残念。職場が多いらしいよ。身元がはっきりしてるのがいいよね」なるほどと頷いた。「こういう話するの珍しいですね」「告白の成功率を上げたいから」先輩は改まった顔で私の名前を呼んだ。
自分が嫌いだった。何をやっても中途半端で、他人の良いところにばかり憧れていた。大きな夢なんか持てなかった。季節が幾度も過ぎていく。私の勧めでイラストの仕事を始めた友人は、感謝の花束と共に言った。「人をスターにする才能があるよね」その一言は年老いた今も消えない大切な贈り物になった。
合コンで元彼と鉢合わせになった。狭い居酒屋の席でお互い他人のふりをした。「前の恋人はどんな人だった?」友人から急に聞かれ、私は正直に答えた。「優柔不断で、頼りない人だったな」その後、元彼も同じ質問を受けた。「気が強いけど……すごく優しい子だった」私はそっと顔を背け、目頭を拭った。
地球を侵略するためにやってきた。人は私を怪物と呼んだ。地球には怪物並みの強さを持つ少年がいて、侵略は難航した。だが、そのうち少年以外の人間は皆いなくなった。「まだ戦うか?」少年は私に聞いた。「人間が残っているからな」少年は攻撃を受ける間際、初めて人間と呼ばれたと嬉しそうに笑った。
人生で一番好きになった人にふられた。涼しい夏の夜だった。「ごめんね」と言われた瞬間、埋まらない距離ができてしまった。空っぽの心で失恋を癒すと評判の本を手にとる。『苦しい恋があなたを成長させてくれたはず』その一文で涙が溢れた。ちっとも成長できなくていいから、あの人の隣にいたかった。
再婚相手の息子から嫌われている。「ちゃんと宿題やったのか?」リビングでゲームをする息子に声をかけると、顔を真っ赤にしてキレ始めた。「うるせぇ。クソオヤジ」ソファから立ち上がり、扉をバンと閉めて出て行ってしまった。その姿を見て思わず涙が出そうになった。昨日までは苗字で呼ばれていた。
年をとっても手を繋いで歩こう。そう約束して結婚した。けれど目尻のシワも増えた今、恥ずかしくて手なんて繋げない。久々に手を差し出されたのは事故で足を怪我した後だった。まだ不安定な私の体を支えてくれた。事故から半年、今日も夕方の散歩道で手を繋ぐ。お互い怪我は治ったと知っているけれど。