他の子にはドライなのに、私にだけは優しい。おまけに、しょっちゅうLINEが飛んでくる。そんな毎日で意識しない訳がなかった。「ねえ、なんで私だけご飯とか誘ってくれるの?」君は考える間も無く答えた。「特別だからだよ」粉雪の舞う帰り道で君が振り向く。「恋愛対象として意識しなくていいし」
片思い中の彼はお酒が弱い。「全然飲んでなくね?」既に出来上がっている先輩にグラスを持たされ、彼は困った顔をしている。「本当にだめで……」彼を助けるべく、飲み会のたびに「それ美味しそう〜」とグラスを奪い取ってきた。半年後、その努力が認められ、サークル内で酒泥棒というあだ名がついた。
困ったことに、彼女と元カノの名前が一緒だ。今日は初めての家デート。僕は恐る恐るその事実を告げた。「実は元カノも同じ名前で。呼び方は別がいいよね?」そのキリリとした目元がより厳しくなった。「嫌。同じ呼び方がいい」僕は予想外の答えにたじろいだ。「取っておくんじゃなくて、上書きしてよ」
妻は考えなしだ。僕が将来のため仕事に励んでいるのに、やれデートだ何だと騒いでばかり。「結婚してから一回も旅行してないよ」「そんなの老後でいいだろ」これは彼女のためでもあるのに。ある夜、妻は家に帰ってこなかった。不運な事故だった。無数の夢を抱えたまま、妻は狭い狭い棺の中で焼かれた。
愛とは時間と言葉を尽くすこと、と友人は言った。月のない夜。私は狭い部屋で絵を描き続けている彼を見た。甘い台詞なんて言わない人だ。時間があれば机に向かっているし、出かけることも稀。「もう眠い?」顔を上げた彼が笑う。その目が、神様みたいに優しかった。愛がどうした。私はただ君が好きだ。
「私のことどれくらい好き?」遠距離恋愛中の彼は電話の向こう側で答えた。「映画を観てる時に思い出すくらい」大きさを教えてよと不満げな私を、彼はいつものように軽くあしらう。そうやって毎度逃げるのだ。眠る直前、私はふと思い出した。そういえば、彼は家でずっと映画を流していると言っていた。
彼氏の裏アカを見つけてしまった。真っ黒なアイコンに、プロフィール文には「泣いていいかな?」とある。彼にこんな繊細なところがあったとは。どれ私への愚痴でも書いていないかと探すと、さっそく今朝の投稿を見つけた。「全然会えない。寂しい」これは彼と話さなければ。私は寝室の扉をノックした。
「いつかプロポーズするから」彼が約束してもう三年。静かな部屋で、私はついに本音を零した。「もう私とは結婚したくない?」彼はハッとした顔で答えた。「ううん、君が一生忘れないような、綺麗な言葉が思いつかなくて……」彼が言い終わる前に抱きしめた。ばかな人、これほど嬉しい言葉はないのに。
「昨日彼女と喧嘩してさ」「え、また?」冬、僕と友人は部活の帰りによくコンビニに寄った。買ったお菓子の一つを渡すと大げさに喜ぶ。彼女とは大違いだ。「あのさ」友人の声は少し震えていた。「私じゃ……だめ?」それから僕らは友達をやめた。恋人のいる相手にアプローチするタイプは許せないのだ。
彼氏は友達から不評だ。将来やりたいこともなく、結婚する気もないらしい。「こんなやつ彼氏で大丈夫?」「自分で言うなし」不真面目な態度が原因で何度も喧嘩をした。春、そんな彼は突然病室で亡くなった。残された手紙には「本当はずっと一緒にいようって言いたかった」と震える文字で書かれていた。
「今年から義理チョコを配るのはやめます。メリットが少ないです」会社に着いて早々、同僚が高らかに宣言した。個人的には残念だが、彼女の合理的なところが好きでもある。夜、彼女は帰り際、僕の机に「チョコです」と紙袋を置いた。「配るのやめたんじゃ」彼女はさらりと答える。「はい、やめました」
「あんたは世界一可愛いよ」母は未だにこんな大嘘をつく。私はもう高校生なのに。「環奈ちゃんより?」「もちろん」台所の奥でそこまでか?という父の声が聞こえた。その通りだ。「こんな嘘つくのお母さんだけだよ」「そんなことないから!」春、初めての彼ができたとき、確かに嘘つきは二人に増えた。
死にたいと先生に伝えると、寿命移植のことを教えてくれた。余命わずかの人に対し、使わない寿命を移せるらしい。生きたい人の分も、なんて言葉は古いわけだ。翌日、私は受付センターへ足を運んだ。早朝でも長い列ができている。静かだった。何時間待たされても、途中で列を抜ける人は誰もいなかった。
君は世界一わがままな女の子だ。疲れていても構わなきゃ怒るし、安いご飯じゃ満足しない。そんな彼女だが、年をとってから変わった。夜、自分から僕の横に来ようとするのだ。小さな体を引きずって。少し動くのも辛いはずなのに。僕は毎晩祈る。明日も明後日も、愛猫のわがままを聞かせてください、と。
妻は恋愛小説家だ。けれど、彼女の本は少しも読んだことがなかった。私が死ぬ前には読んでね、と言われていたのに、彼女は先に亡くなってしまった。妻の死後、僕は初めて本を手にとり、そして泣いた。どの本にも僕と似た人物が頻繁に登場する。僕はいつも、愛よりも孤独を与える人として描かれていた。
好きだけど別れることになった。いつものカフェで、いつもの料理を頼んで、お互いにプレゼントを返した。君からは鍵を。僕からは腕時計を。最後に君が渡したのは、ボロボロの紙切れだった。貧乏な頃に作った、何でも願いを叶える券。「友達に戻ろう」君をそんな風に泣かせるための券じゃなかったのに。
卒業式で告白しようと決めていた。三年間の片思いを終わらせたくて。けれど先生は言う。「卒業式は中止です」今日が最後だとすぐに気づいた。「待って」放課後、君の背を震える声で止めた。伝えよう。自信がなくても、友達でいられなくても。準備なんか要らない。私の恋を、無かったことにはできない。
しばらくは会えないと言われた。人が少ない改札の前。君の夢を応援したいから、寂しいとは言えなかった。朝、窓はひりつくほど冷たい。今日も君に会えない、けれど。通知には君の名前が並ぶ。超寒いね。朝ごはん失敗した。いつもなら送らない、他愛無い報告。なんだ、なんだ、私、結構好かれてたんだ。
先輩が社会人になった。昔は夜通し盛り上がった趣味の話題が、最近は全く出てこない。「最近何してます?」「仕事か寝るか……」さすがに大げさだろう。平日の夜も、土日だってあるのに。幾度目かの春。私もまた社会に出た。仕事して休んで、休んだらまた月曜日。毎日、生きているだけで精一杯だった。
幼馴染とは保育園の頃からずっと一緒だ。家も近いし、小中高も、習い事も、バイト先まで被っている。けれどそれも今年まで。僕は県外の大学に受かったのだ。「妙な偶然の連続もこれまでだな」トランクを引く僕の横で、幼馴染は静かに微笑んだ。「頭はいいのにばかだよね。偶然にしては出来過ぎてるよ」
「どこからが浮気だと思う?」台所にいる妻が唐突に聞いてきた。どういう意味だ。妻に限って、まさかとは思うが。「他に好きな人ができた、とか」冷静さを保ってそう答えると、妻は呟くように言った。「じゃあ私、今浮気してるかも」彼女の目には涙が。「やっと妊娠したよ」気がつけば僕も泣いていた。
好きな人と友達が付き合い始めた。けれど私に悲しむ資格はない。友達の背中を押したのは、朝も夜も悩みを聞き続けてきたのは、他でもない私なのだから。「言われた通りにしてたら、本当に恋が実ったよ」当然でしょう。小さい頃からずっとあの人を見てたから。でも、貴方と違って傷つく勇気がなかった。
恋愛感情は数値化できる時代になった。検査施設に髪の毛等を送るだけでいいそうだ。この頃そっけない婚約者の心を探るため、私は彼の髪を検査に出した。結果はすぐに出た。感情における恋の割合はほぼない。けれど愛の割合がほとんどを占めていた。泣きも笑いもできない。私ひとり、まだ恋をしていた。
二人で食べようねと言った高いチーズがまだ残っていた。冷蔵庫に入れたお酒の缶も、使い古した枕も、傘もコップも偶数なのに、君がいない。別れ際、捨てておいて、と君は手を振った。好きでもないカップ麺を食べながら、LINEのお気に入りから君を外した。死ぬまで一緒にいると信じていた人だった。
彼の財布から名刺がはみ出ていた。名刺入れは別に持っているはずなのに。「それ誰の名刺?」机の上に置かれた財布を指差すと、彼は分かりやすく狼狽えた。「こ、これはお守りというか」まさか何か隠しているのか。問い詰めると、渋々こちらに渡した。数年前の、ただの取引先だった頃の私の名刺だった。