「あー疲れた。休まない?」サークルの仲間と旅行に行った。少し歩いた後でカフェを指差した君は、皆から運動不足じゃないのとからかわれている。結局、私達は近くのカフェで休憩をとることにした。コーヒーを飲む君は案外元気そうだ。いつ気づいたんだろう?さりげなく手渡された絆創膏を踵に貼った。
森の奥の廃病院に少年たちがやってきた。「なーんだ、やっぱり幽霊なんていないじゃん!」先頭を歩く少年は笑う。怨霊である私は、まずはこの子からだなと腕を鳴らす。すると後ろにいた少年が「こんなところにいられるか!俺は帰らせてもらうぜ」と踵を返した。困った、どっちから襲うのが正解なんだ。
脳の半分を機械化することにした。人間らしい感情は残したまま、高速な演算と正確な記憶が可能になる。これでもう、誰にも間抜けなどとバカにされることはない。そのうち、私は脳の全てを機械にしたらもっと優秀になれるはずだと考え始めた。脳のどちらの部分がそう判断したのか、今はもう分からない。
「私のこと本当に好き?」なんとなく不安な夜、ソファで眠そうにしている彼に問いかけた。「彼女にしたいと思うくらいには」出た、いつもの答え。まあ素直な彼らしいけど。「たまには別のバージョンも欲しいんですが?」「また今度ね」今度とやらは二年経ってようやく来た。家族にしたくなったらしい。
「嘘つきは泥棒の始まりよ」それが母の口癖だった。素直でいるといつも褒めてくれて。そうやって生きていく、はずだったのに。「御社が第一志望です」「志望動機は……」「今朝はバスが遅れて」ついた嘘の数はもう数え切れず、スーツの下の心臓が重い。この世界で、どうすれば綺麗に生きられただろう。
想い人から飲みに誘われた。普段より酔っているせいか雰囲気も甘い。互いの視線が絡み合い、やがて向こうが目を逸らした。「告白されるかと思った」冗談めかして言ったのに「しないよ」と真面目に返事をされた。「どんな計算だってできそうなくらい頭が冴えている時の君に、イエスって言われたいから」
「愛する方と愛される方、どっちが幸せだと思う?」学校からの帰り道。燃えるような夕焼けを眺める君に問いかけた。「愛する方かな。なんで?」君は不思議そうにこちらを見た。「別に。聞いてみただけ」お幸せに、と心の中で呟く。本当は前から好きだったと伝えるつもりだった。もし君が後者の人なら。
長年、陰湿な嫌がらせを受けている。相手は匿名。しがない画家である僕をなぜそこまで恨むのか。ついに耐えられなくなり、犯人探しを始めた。すると嫌がらせをしていたのはよく絵を買ってくれるファンだと分かった。理由を聞くと相手は微笑んだ。「大好きなんです。貴方が塞ぎ込んでいる時に描く絵が」
「何したら好きになってくれる?」告白を断るのは今日で三回目。ついに条件の提示を求められた。プール掃除をしながら考える。「一年間毎日好きって言われたら絆されるかも」難しいだろうけど。予想通り「好き」のカウントをするのは途中でやめた。今年も夏が来る。ああ、半年も早く絆されてしまった。
会っている時は幸せ。週末、久々に彼の顔を見て実感した。不安も苛立ちも一瞬で消えてなくなる。ぱちんと泡が弾けるように。「三週間ぶり?」「そんなに会ってなかったっけ」そうだよと頷く。満たされたはずなのに、翌日の夜には泣いていた。私、幸せなのかな。会っていない時間の方がずっと長いのに。
絶対に振り向かない人を好きになった。中途半端に優しくされるから苦しくて仕方ない。涙も枯れ、病院に足を運んだ。「あの人のことを忘れたくて」今は治療を受けることで特定の記憶を消せるはず。楽になりたい。けれど医師は「できません」と頭を振った。「この治療は三回までしか受けられないんです」
「ネックレスつけてる?」昼休み、彼女からそう聞かれて冷や汗が出た。制服の下につけようと約束したお揃いのネックレス。毎日つけるのは面倒で、今日は家に置いたままだ。「ごめん……最近つけてなくて」正直に告白すると、彼女は「私も」と笑った。そのシャツの襟からは銀色のチェーンが覗いていた。
推しが好きすぎてつらい。布団カバーまで推しの色に染まった部屋の中で頭を抱えた。天国のようなイベントと、地獄のようなクレカの明細。一刻も早く慣れるか飽きるかしなければ。そう決意して疲れるまで推し活に励んだ。それから半年。月末に澄んだ青空を見上げた。困った。更に愛が深まってしまった。
同窓会で初恋の人と再会した。大人びた横顔が眩しく見える。「中学生の頃、毎年義理チョコもらってたじゃん。実はあれ、すごい嬉しかった」当時は恥ずかしくてお礼も言えなかった僕が、今は素直な気持ちを曝け出せる。けれど君は悲しげに目を伏せた。「義理チョコなんて、一回も渡したことないけどね」
僕には自由がない。生まれた時から人生が決まっている。そういう家系に生まれた。その代わり、十九歳になると一年の休暇をもらえる。僕は旅先から戻らない兄の横顔と、そのせいで立場が悪くなった両親の涙を思った。そして十九歳の誕生日。両親から鞄をもらった。旅行にも使えそうなほど、大きかった。
「先輩、すき」その寝言が聞こえた瞬間、思わず息を呑んだ。夕日が差し込む部室に二人きり。疲れたのだろう、大好きな人は僕の隣で通学鞄を枕にすやすや眠っている。肩を揺らして起こすと、その目に落胆の色が見えた。「なんだ夢かぁ」僕は頷き、そして口を開いた。「変な寝言を言ってましたよ、先輩」
「去年の願い事ってなんだったか覚えてる?」彼女は短冊を飾りながら聞いてきた。僕はペンを片手に「どうだったかな」と返事をした。それから短冊に『世界平和』と大きく書いた。悪いね、本当はちゃんと覚えているさ。『来年も一緒にいられますように』と書いたのだ。隣にいたのは君じゃなかったけど。
「食べてください!」押しが強い後輩はぐいぐいとクッキーを押しつけてきた。見た目はまあ悪くない。「変なもの入れてないだろうな?」「まさか!先輩が私に夢中になるおまじないはかけましたが」もう六回も告白を断っているのにまだめげないらしい。一口齧りながら、よく効くおまじないだなと思った。
『明日告白する』好きな人のストーリーを見て悲鳴を上げた。聞いてない。というか、こんなことを書いたら大騒ぎになるのでは。その予想を裏切り、翌日の教室内は至って平和だった。放課後、たまらず好きな人に声をかけた。「昨日のアレ、限定公開だったの?」「うん。相手にだけ予告しとこうと思って」
先輩、好きな人がいるんだって。一目惚れなんだってさ。そんな噂を聞いてから部活中ずっとそわそわしてしまう。「きっと美人なんでしょうね!その好きな人とやらは」二人きりの廊下で思わずそう言ってしまった。不機嫌なのを隠す余裕もなく。先輩はフッと笑う。「そんなに気になるなら鏡見てくれば?」
静かな夜だった。『お疲れさま。寝る前にちょっと話さない?』勇気を出して彼にメッセージを送る。三十分経っても返事は来ない。忘れた頃に通知音が鳴った。『ごめん。今日は疲れてるから無理』寂しさを飲み込んでスタンプを返す。彼は悪くない。疲れている時こそ話したいと思う私とは違うってだけで。
「えっ、ネックレス!?」彼から渡された箱を開けて驚いた。なにせ無駄を嫌う人で、友達だった五年間、誕生日にくれたものは実用品ばかり。「また役立つ便利グッズかと」「使うといいことあるかもよ?」まさか。けれどある時気づいた。このネックレスをつけた日は、いつもより彼の機嫌がいい気がする。
「あー、彼女?」幼馴染は照れ臭そうにこめかみを掻いた。八月。近頃は夕方になっても暑さが引かず気が滅入る。「なんだろうな。いい子なんだけど、不器用っていうか。そういうところはお前と似てるかもね」ふぅん、オメデト、と返事をした。ばか。なんだそれ。私でいいじゃん。私で、よかったじゃん。
高校生になったら彼氏ができると思っていた。朝、制服のリボンを整えながらため息をつく。学校帰りにデートをしたり。好きな漫画の貸し借りをしたり。そんな未来を夢見たまま、今日、卒業式を迎える。それなりに楽しい高校生活だった。けれど漫画とは何もかも違う。三年間、好きな人すらできなかった。