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口うるさい母のことが嫌いだった。私達は喧嘩してばかり。だから結婚して子を授かった時、私は優しい親になろうと決めた。けれど小さな手を握っていると願いが溢れてくる。生きてほしい。陽だまりの中で、病気をせずに、傷つけられずに。「もっと丁寧に手を洗いなさい」口から出たのは母の口癖だった。
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十年間の片思いが終わった。一番の友人だった君に『ずっと前から好きでした』と送ってしまった夜に。家族にもできないような話をする仲で、近くて眩しくて、もう気持ちを隠すことはできなかった。返事を見て美容院の予約をとりたくなった。君とは何度も出かけたけれど、初めてデートしようと誘われた。
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人生やり直しボタンが欲しいと思っていた。生きていても毎日つらいことばかり。だから本当にそのボタンが目の前の画面に表示された時、僕はすぐに手を伸ばした。指を置いた瞬間なぜか涙が出た。本当に欲しかったのはボタンではない。「そんなの押さないで。寂しいよ」と僕の手を止める誰かだったのだ。
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付き合いたての彼に何かしてあげたくてたまらない。「お腹空いた?」読書中の彼は「いや」と即答した。「じゃあコーヒーでも」「いらない」一人で泣きそうになっている面倒な私に気づいたのか、彼は「隣にいるだけでいいよ」と言った。単純な私はその言葉を鵜呑みにして、年をとった今も彼の隣にいる。
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「付き合う前の方が楽しかった」申し訳なさそうに、けれどゆっくり、はっきり、恋人は言った。それが別れの言葉になった。現実から逃げたくて夜のカフェで漫画を読んだ。思春期にハマっていた、ページをめくるたびにハラハラする少女漫画の数々。そのどれもが、主人公の恋が実ってすぐに完結していた。
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昔の恋人に会った。ずっと会いたいと願っていた。学生時代、気が合う君とただ話すだけで楽しかった。『久々に飲む?』君からのLINEが素直に嬉しくてOKと返した。けれど、泣きたくなるほど会話のリズムが合わない。一次会で解散した。思い出が色を変える。きっと私は、あの恋に蓋をしておくべきだった。
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結婚して五年。記念日の夜、子供達が眠った後に二人だけで乾杯した。「もう恋愛感情とかドキドキとかはないけど、お互いほのかな愛情を感じるようになったよね」妻は結婚指輪をそっと撫でて言った。嘘はつきたくなくて曖昧に笑った。そうだね、としみじみ頷けたらよかった。僕だけがまだ恋をしていた。
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「付き合って一年経つけど」彼女は深夜の喫茶店で言った。「最近なんか冷めてきたなあ、って」すぐには反応できず沈黙が続いた。あまりに急な話で。「どうしたの急に。冗談だよね?」だって昨日までは笑い合っていた。彼女はフッと表情を緩め「うん、嘘」と頷いた。「本当はずっと前から冷めてたんだ」
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なんとなく、そんな気はしていた。「今日も楽しかったね!」改札前、大袈裟にはしゃぐのは君の顔が暗いから。私を全然見ていない。踏切の音が心を騒つかせた。「俺達さあ、恋人には向いてないかも」謝るみたいに君は切り出した。「俺よりいい人がいるよ」そっか、私のためにいい人にはなれないんだね。
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彼女と別れても生活はほとんど変わっていない。元々遠距離だったから当然ではある。家と学校を往復する毎日。コンビニで買ったパンが案外美味しくなかったとか、朝から風邪気味だとか、そういう些細なことを話す相手がいなくなっただけだ。だから驚いた。たったそれだけで泣きたくなってしまう自分に。
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メイクを変えてから「綺麗になったね」と言われるようになった。朝、鏡に映る自分を見つめる。妙な気分だ。洗顔直後の顔は昔と変わっていない。「この頃綺麗って褒められるけど、変だよね」同棲中の恋人は私の言葉に頷いた。「ほんと。何言ってんだろうね」恋人は続けて言った。「前から綺麗なのにね」
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元彼のSNSは見るべからず。分かっているのに検索した。最近の写真には、知らない女の子の姿が。新しい彼女は載せるんだね。可愛いから?残酷すぎる。私は三年間で一度も載っていない。それから数年。彼は同窓会で写真のことを謝った。「俺と別れたこと、後悔してほしかったんだ。俺が後悔したように」
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口うるさい彼女と別れた。荷物も片付いて、今日からこの部屋は僕の城だ。西日が差すワンルーム。久々に袋麺を開けた。ぐつぐつ煮える鍋を本の上に乗せ、そのまま食べる。自由だ。僕は箸をとめた。別れてからもムカつく彼女だ。「お皿使いなって」と呆れる顔を、あと何度思い出せば泣かずに済むんだよ。
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「付き合う前の方が好きだった」別れ際、彼が呟いた一言が忘れられない。雨の夜道をふらふら歩く。付き合う前の私ってどんな人間だったっけ。街灯の下で立ち止まり、スマホを取り出して昔の写真を見た。短い髪と濃いメイクが懐かしい。初めての恋が不安な私は、ネットや周りの声ばかり取り入れていた。
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合コンで元彼と鉢合わせになった。狭い居酒屋の席でお互い他人のふりをした。「前の恋人はどんな人だった?」友人から急に聞かれ、私は正直に答えた。「優柔不断で、頼りない人だったな」その後、元彼も同じ質問を受けた。「気が強いけど……すごく優しい子だった」私はそっと顔を背け、目頭を拭った。
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好きな人は、かなりモテる。「また告白されたって?」バイト帰り、泣かないために笑って歩いた。「よくご存知で」その横顔は夜道でも分かるほど完璧で、思わず目を逸らす。「今まで告白されたことしかないって羨ましい」君は私の手を引く。「正確には今日まで、になるけど」初めて見る、緊張した顔で。
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再婚相手の息子から嫌われている。「ちゃんと宿題やったのか?」リビングでゲームをする息子に声をかけると、顔を真っ赤にしてキレ始めた。「うるせぇ。クソオヤジ」ソファから立ち上がり、扉をバンと閉めて出て行ってしまった。その姿を見て思わず涙が出そうになった。昨日までは苗字で呼ばれていた。
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部活のメンバー全員から無視されている。だけど根っからの悪人ではないらしい。部活終わり、私のロッカーに折り畳まれた紙が入っているのを見つけた。『みんなに同調してごめん。でも私だけは味方だよ』同級生の一人からの手紙だった。ふうとため息をつく。これで全員からの謝罪文が出揃ってしまった。
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二ヶ月ぶりに彼の家を訪れた。ルーズで片付けが苦手な人だから、こっそり掃除道具を持ってきていた。けれど開けてびっくり。部屋の隅々まで綺麗に整えられている。「二人の時間を大事にしたくてさ」私のために苦手な掃除を頑張ったらしい。けれど排水口周りは駄目だった。見知らぬ長い髪が残っていた。
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昔付き合っていた人の投稿が流れてきた。たった今弾き語りの配信を始めたらしい。興味本位で配信を覗いてみる。閲覧者は一人だけのようだ。誰が見ているかはバレないはずなのに緊張した。「お、一人来た」君は嬉しそうに歌い始めた。懐かしい曲だった。サビだけ一緒に歌った。誰にも知られないままで。
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大好きな君が泣いている。学校を早退して、カーテンを閉めた部屋の隅で。私は優しく抱きしめてあげることができなかった。だって今日は君の元恋人の命日だ。目を真っ赤にする君に、本当は泣かないでと言いたかった。今はそばで静かに願う。お願い、前みたいに笑って。写真の中の私ばかり見ていないで。
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朝、瞼を開けた彼はまだ眠そうだった。「よく寝た」呑気な顔で欠伸なんかして。私は親指と人差し指の腹でその頬を摘みながらほんとだよ、と笑った。「ごめん、もしかして出かける約束してたっけ?」「うん、そうだったね。今思い出したよ」そこから先は声にならなかった。彼が目覚めたのは二年ぶりだ。
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「絶対に恋人ができる呪文知ってる?」どうしたら恋人ができるだろうと聞いた僕に、美人でモテると評判の友人は自信ありげにそう言った。「知らない。どんな呪文?」「相手に好きって言うの」僕はため息をついた。それで上手くいくのは君だけだ。「僕には無理」「嘘じゃないよ。試しに私に言ってみて」