冬樹蛉 Ray FUYUKI(@ray_fyk)さんの人気ツイート(いいね順)

デーブ・スペクターがウケ狙いでもなんでもない正論を述べているほど、事態は深刻だ。 twitter.com/dave_spector/s…
日本の義務教育の理科教育で最も失敗しているのは、元素という概念を教え損ねている点だと思う。おれがいままで生きてきて思うに、「水の分子を構成している水素原子と、アンモニアの分子を構成している水素原子は、まったく同じ水素原子だ」ということを理解していない人は、日本人の過半数だと思う。
立憲民主党の愚かなところは、自民党へのカウンターのつもりで、デマ屋やトンデモや素人をわざわざ連れてきては科学(のようなもの)を語らせるところだ。べつに、自民党に対抗するために、自民党と異なるニセ科学を持ってくる必要などない。立脚する科学に党派など要らない。科学はひとつでいい。
おれは努力して日本人に生まれてきたわけではない。気がついたら日本人に生まれており、日本語が話せるようになっていた。遊んでいるうちに読み書きができるようになった。おれが日本人であることは、おれの手柄でもなんでもない。ただの運だ。ただの運を誇らしく思えるおめでたい人種が理解できない。
自分の頭でものを考える人間が減るとき、ヒトラーの宣伝手法は息を吹き返す。嘘でもデタラメでも、何度も何度もあたりまえのように言うことで既成事実になってしまう。この宣伝手法を使おうとする者に対して、民は怒らなくてはならない。「おまえらの多数派は、どうせアホなのだ」と思われているのだ。
「ご職業は?」 「弁護士です」 「まあ、弁護士! それはかわいそうに。原告側に付いたら原告側を弁護し、被告側に付いたら被告側を弁護する不道徳で賤しい職業ですよね。やりたくてやっているはずはないですよね」 「いえ、私はーー」 「ですよね、すぐおやめなさい。福祉に繋がることができますよ」
「緊急事態宣言を発令」と書いてる無神経なメディアがあるが、あれは「令」ではないので、安倍首相もちゃんと「発出」と言っていたではないか。こういうとこ、存外に大事だよね。「発出」という耳慣れない言葉を使うことで、この宣言が法治国家としてギリギリの措置であることが想起されるのがよい。
こうしたヒトラー的宣伝手法をのさばらせるのは、マスコミの怠慢だ。いちばん頭を使わずにすむ報道は、公正を期すると称して、糞意見も味噌意見も並記することだ。「2+2は7だというのが幹事長の見解ですが、4だという批判もあります」とだけ述べて報道でございと言うのなら、報道なんかやめてしまえ。
いい歳をして、“学校で教えない、誰も知らない真実”をYouTube で手っ取り早く知ってしまった人は、“学校で教える、たいていの人が知っている真実”を十代のころに知り損ねてしまった人が多い。とても多い。
弓月光氏を「食えてない」マンガ家呼ばわりする阿呆を目の当たりにして震えている。ネットは広大だわ。じつにまったく、自分の知らない世界についてエラそうなことを言うものではないな。以て他山の石としたい。
これは、江川紹子氏の記事だからこそ、いっそうの説得力を持つ、よい記事だよねえ。彼女はこの風景をずっと見てきたんだから。若い人たちに語り継がなくてはいけないことだ。 news.yahoo.co.jp/byline/egawash…
ディストピア小説をいかに読むかについて、じつに保守的でまっとうな見解を述べているだけの大学の英文学の先生に、「いまの日本にディストピア要素なんかあるものか」とわけのわからない連中が絡んでいるさまそのものが、紛れもないディストピアの描写になっているのは面白いよね。
ひええ、遺伝学用語の「優性・劣性」のあまりにも典型的な誤解は、論客を自称するインテリのあいだですら、まだ滅びていないのだなあ。日本遺伝学会は、前から言われているように「顕性・潜性」への切り替えを提案しているよね。とっとと変えちゃえばいいと思うんだけど、そう簡単にはいかんのかなあ。 twitter.com/T_akagi/status…
二階幹事長のあのような発言に対して、「それはおかしい」とツッコまないマスコミは、マスコミ自身が「多数派のアホ」の側にいると二階幹事長にナメられているのだ。二階発言をただただ垂れ流すことで、アホ向けの宣伝に荷担していると言ってもいい。
二階幹事長が『わが闘争』を読んでいるかどうかは知らないが、「ダーウィンも喜んでいるだろう」などというもの言いには、「どうせアホが多数派なのだから、インテリが“正しいこと”を主張しようが、アホをけしかけてねじ伏せられる」というヒトラーの宣伝手法のエッセンスが染み着いている。
「ら致」だの「だ捕」だの「漏えい」だのといった醜い表記にいったいなんの意味があるのかといつもぼやいてきたが、「ひっ迫」だけは、たしかに現場のあちこちから「ひっ」と声が上がっているさまがよく表現されているようでもあり、「逼迫」よりも「ひっ迫感」があるような気もする。
与党内にも霞が関にも、英語ができる人なんて掃いて捨てるほどいるはずだ。なのに、こんなものが政府から出てくるということは、人材の能力が発揮されるプロセスを阻害しているなにかがあるということだ。できる人が山ほどいる英語ですらこうなのだ。ほかの専門家の知見はどうなっていることやら。
これがわが国の首都とはねえ。東京オリンピック2020とはなんだったのかを、じつにわかりやすく示すできごとだ。東京を、日本を豊かにしようという長期的なインフラ拡充をめざしたものではなく、政治利用のための一過性のイベントにすぎなかった。もはや日本は先進国ではない。 news.infoseek.co.jp/article/202206…
1960年代生まれくらいの人には共感してもらえると思うのだが、庶民の口に入る外国料理のヴァリエーションが爆発的に増えたのは、1980年代後半くらいからだったと思う。おれは高校を出るまで、それこそ嘉門タツオじゃないが、スパゲッティと言えば、ナポリタンとミートソースしか食ったことがなかった。
日本の「IT化の遅れ」は、ほんとうに「IT化の遅れ」なのかなといつも思う。「IT化の遅れ」もなにも、日本がやってきたことは、そもそも「IT化」ではなかったのではないか。日本で進んだのは、ただの「電算化」だ。タッチパネルに算盤の画像を映して、その玉を指で弾いて計算をするような「電算化」だ。 twitter.com/aono/status/12…
緊急事態宣言の延長をするにしても、いったい全体、どういう発想で「期間」を最初に決めようとするのだ? そんなことが予め決められるくらいなら、すでにパンデミックを制御下に置いているに等しい。「期間」ではなく、「解除条件」を決めるのが筋と言うものだ。そうしないから、ますます信用を失う。
この声明文は、インボイス制度の問題点を簡潔かつ明解かつ網羅的に解説したすばらしいものになっている。ウェブ上で読めるインボイス制度批判の中でも出色のものだろう。著述業以外の職業の方々にも、ご一読を強くお薦めする。おれはSFWJ会員じゃないので、身贔屓じゃないよ。 sfwj.jp/news/202207060…
「東京オリンピック中止」は、いまのところ、関係者のあいだでは「言い出した者が負け」といった空気が流れているが、あるところでカチャッと空気が変わり、「言い出した者は、大英断をした政治的賢者」として語り継がれることになる。この一瞬の潮目の変化を読む能力は、小池都知事にしかないだろう。
豊田有恒氏は、小説を書くのにいちばん役に立っていることはなにかと問われて、「受験勉強」とお答えになったそうだが、歳を食えば食うほど、この言葉の真意と重みが実感されるな。人間、自分の好き嫌いとは関係なく、知識を広く浅く強制的にインプットする時期が必要だと思う。あとで効いてくる。
それに、財力やら家柄やら教養やら才能やらとちがい、「科学的な考えかた」というのは、誰でも身につけることができる。コスパ最高の考えかただ。貧乏人の味方、凡人の味方だ。本来、科学的な考えかたは義務教育で万人に与えられているべきものだが、どうも現状はそうなっていないのが嘆かわしい。