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私という第三者が割って入ってきて、どう対応したものか困惑しているところに、あなたの行為はむしろこの場にいるお客さんみんなの迷惑になる、というリクツを述べることで、「自分は駅員になら怒って構わない」という思い込みを破壊した。
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農家(農業従事者)の数はいまや、152万人。今世紀当初は300万人いたのが、半減。まだ高齢の農家が多いから、さらに減っていくだろう。少ない農家でたくさんの農地を耕す農業経営にシフトしていくことになる。効率をドンドン高めていくことは、とてもよいことのように思える。
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査読された論文ではないらしいけど、まあ、そうだと思う。
培養肉が話題になり始めた頃、これを推奨していた研究者に「エネルギー収支は?」と聞くと答えられなかった。「培養液を作るには相当のエネルギーを消耗しているはず。計算してください」と伝えた。 karapaia.com/archives/52322…
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単純作業を楽しむ方法、それは工夫だと思う。単純作業は工夫の余地がない、と勘違いされがち。だって単純作業なのだから、と。ところがどっこい、単純作業ほど工夫の余地があり、それにより手際が全然違ってくるものもない。創意工夫が単純作業には必要。実はかなりイノベーティブな仕事。
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東京は地方からたくさんの若者を吸収する割に出生率が低く、人口減少のブラックホールになっていると言われるけど。これは現代に限らず、江戸時代も都会というのはそうであったらしい。地方が人口供給、都会は人口消耗。
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90年代の頃から農協は絶大な権力を誇りながら旧態依然としている組織だとして、批判されていた。そうか、農協はいろいろ問題のある組織なんだな、と思いながら2001年に中国に行ったとき、目から鱗の発言が飛び出た。中国の農業研究者は「農協がある日本か羨ましい」と言った。
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公務員は、公平性に神経質になりすぎることが多い。市民から「なんであいつは味噌ラーメンなのに俺は塩ラーメンなんだ!」とかみつかれるのを極端に恐れ、味噌ラーメンも塩ラーメンも、全員に等しく配分できないくらいなら配らない、という判断をしてしまいがち。
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まとめました。
人を見下す人が嫌いなのはなぜなのか|shinshinohara #note note.com/shinshinohara/…
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「魂召喚」の訓練が始まった。解説付きドリルに取り組むのは変わらない。ただしマンツーマン。でも教えない。ただ、様子を見てる。魂が体を抜け、目がうつろになり、どこかへお出かけしようとすると、テーブルをバーン!と叩き、「ほら!いま、魂が出て行ってたぞ!」と大声で言い、魂召喚。
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映画「おくりびと」の原作ともいえる「納棺夫日記」の筆者は、遺体を棺に納める納棺夫を仕事にする、と言った時、親戚から勘当すると言い渡されたという。筆者は、どうせなら亡くなった方たちのご遺体を、心を込めてお世話しよう、と心に決めた。
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こういう場合、「現場が感じてることを端的に表現する数字がまだ明らかにされてないから」と仮説を立てるのが妥当。既存の数字だけで論を立て、現場からの声を否定するのは、既存の科学で新理論の登場を否定するのに似る。現場の声が強いときは、安易に否定してはいけない。
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この女子大生が大手トイレメーカーに就職した、というニュースが新聞で出たあたりから、トイレが快適なものに生まれ変わり始めた。それまでのトイレは「どうせ」汚れていて臭い空間だから、と、金もかけられず、工夫もされていなかった。そして、やはり汚れていて臭かった。しかし。
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一切否定せず、あなたの考え方は面白いなあ、と、新たな発見に驚き、面白がると、どんどん話してくれる。そして、どれだけ話しても否定せず、面白がる私に興味を持ってくれ、今度は私の話を聞きたがってくれる。聞かれたことには簡単に答え、基本、「訊く」に徹する。
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インフルで起きる肺炎は免疫が落ちることによる細菌性。ということは、抗生物質がそれなりに有効。
新型コロナはウイルスが直接肺炎を起こす。だから有効な治療法がない。この点も厄介な違い。
buzzfeed.com/jp/naokoiwanag…
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「しょせん他人事ですから」って漫画で、子どもがしでかしたことに親子で謝りに行くシーンがある。けれど子どもは芯からは反省しておらず、親にも真実を告げておらず、のらりくらりな態度。被害者は許せないと激昂。事態の深刻さにようやく気がついた父親が土下座し、「申し訳ありませんでした!」
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教職免許取ろうとしたことがある人は知ってるだろうけど、高校が一番簡単で私も取った。中学は必修単位多くて取れなかった。小学校は夢のまた夢。小学校がいちばん教えるの難しい。判決下した裁判所の人、子育てしとらんやろ。五分で授業準備済むはずないやろが!
dot.asahi.com/aera/202111240…
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「どうせ」死んだ人、さげすまれている職業、と投げやりになるのではなく、「どうせなら」亡くなった方を心を込めてお世話し、全身全霊で取り組もう、と心構えを持った時、多くの人から敬愛され、講演まで依頼されるようになり、やがて「納棺夫日記」を執筆するに至った。
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3,4年前、悪天候のため、京都駅で電車が出なくなってしまった。駅員は無線でしきりに連絡を取り合いながら、必死に現場を収めようとしている中、奥さん連れたオッサンが一人、駅員にくってかかった。「電車出んのか!予定があるのにどうしてくれるんや!」おかげでその駅員、他の駅員に指示できず。
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家族がいてもそれだけ不安定化するのに、もし独り身だったとしたら。誰でも不安定になって不思議ではない。まだ働いているうちは会社の中で自分の座標を確認できる。しかし定年退職し、社会とのつながりを失うと、自分の座標を確認することは非常に困難になるだろう。
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年金生活者の方は善意なのだと思う。しかし格安で農作物を販売することで、農業だけで生活している農家はたまったものではない。農作物の価格は下に引っ張られ、利益が出なくなってしまう。それだと、農家は生活できなくなってしまう。
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私たちは、病気になっても病院にさえ行けば治ると安心するからこそ経済活動を維持できる。もし大切な身内が十分な治療を受けられないとなれば、家族で看護する必要が出てくる。もうそれで経済活動はできなくなる。治る者も治らなければ、その人は経済活動ができなくなる。
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まるでお医者さんのように白衣に身を包み、ご遺体を丁寧に洗い、優しく棺に納める。その様子をみたおばあさんが「私がなくなったら、あなたにやってもらえないだろうか」と頼まれるようになった。やがて、お坊さんでもないのに両手を合わせて拝まれることも。
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「いま、私は仕事もやめて、社会とのつながりが全部切れている。実家も遠く、長年つきあってきた友達も一人もいないこの土地に一人、来た。近所の人は『篠原さんの奥さん』と私を呼ぶ。あなたを通じてしか社会とつながりがない。その人から否定されたとき、私は全世界から否定された気になるの」
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こりゃ、ほっとくと現場がますます混乱する。私はオッサンと駅員の間に割って入り、駅員に「この場は私に任せて。現場で指揮をとるのに集中してください」と言って、その場を立ち去らせた。オッサンは「何やお前!」と私に食ってかかってきた。
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一人だけ、1時間程で一箱仕上げてくる人がいた。そのことを他の内職の人に言うと、皆、信じられない、友達に手伝ってもらっているに違いない、という。
ところがとうとうその人は1時間を切って持ってくるように。本人に聞くと、一人でやってるという。一度、目の前でやってみてほしいと頼んだ。