雨 滴 堂(@Utekido)さんの人気ツイート(リツイート順)

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その重さを、その苦しみを語ろうとすれば封じ込まれるのが社会の常で、年上の女たちは往々にして「自己管理しろ」と嘯き「忍耐が女の美徳」みたいなくだらない価値観を押し付けてきた。いやな時代だなと思ったが、歴史を繙けば女が人間扱いされないのは別に今に始まったことではないらしかった。
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子どもを連れた状態で男の人と出掛けたのは後にも先にもその一回で、わたしには検証のしようがない。ただ、その日は、都内の混雑電車に乗っているというのに、ぶつかられることがなかった。蹴られもしなかった。耳元に息を吹きかけられもしなかった。人間で在れた。「普通のことでしょ」と彼は笑った。
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(ほかにいくらでもやりようがあったろうに、その瞬間のわたしは本当にそのようにしかできなかった。そして余談だが、自傷したのは後にも先にもその一度だけで、それゆえ「人が自傷や自爆する時はキャパを超えた困り方をしている」という想像を働かせられるようになったのが思わぬ副産物だった)
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どうされましたと訊かれたので、床を殴ってしまったことを伝えた。子どもに手を上げてはいないものの、その日が近いようにも思えて怖いと言った。どうにか誰かに助けてほしくて、と訴えを続けようとしたら、その人は遮って「まだ手を上げてはいないんですよね」と言った。「だったら大丈夫です」とも
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転機が訪れたのは2歳の誕生日だ。子どもになにをあげようかと抱っこで寝かせた子の背後でスマホを見つめていた夜に、防音イヤーマフを見つけたのだ。もう装着できる頭囲に達していたし、一条の光明を見た思いで購入した
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もともと非力なのでボールペンにもそんなに威力はなく、血とかそういうものも大して出なかったが、先生は「これだから日本人は!俺は悪くない!」と叫んだ。その瞬間わたしの近くにいた親日派の男子が立ち上がって「先生が悪い!先生が悪い!」とコールをし始め、その日初めて先生が悪いことになった。
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考えて導き出した答えが正しければ「日本人だからできて当たり前」と評され、間違っていればここぞとばかりに先生が悪ふざけをする。そして「英語が下手だから」という理由で、100点を取ったところで成績はいつもBマイナス。数学の時間、わたしは授業に参加するのをやめた。
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風呂上がりの身支度をさせて寝床で絵本を読む頃には、「またしばらくがんばれそう」の『またしばらく』がもう過ぎてしまったことに気がついた。もう一歩も動けない、と思った。寝室から居間に移動し、涙があふれるのを拭くのも面倒で、児童相談所に電話をかけた。夜間の窓口の人はすぐに出てくれた
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わたしはスマホを持って立ち尽くしていた。電話口の人は、心の具合が悪いなら精神科に行くことを提案してくれた。それが難しいなら周りの人に相談するのもよいでしょう。お母さんとか旦那さんとかご兄弟とか、助けになってくれますよ。わたしが「どれもいません」と言うと、「じゃあ精神科」と言われた
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でも最近、《生理の貧困》という言葉を耳にすることが増えた。言い出した人たちは無数の毀誉褒貶に曝されたことと思うから、その勇気と努力を称えたい。だれかの問題提起によって語り部が増えるのはいいことだ、具体的な情報が広まれば、無駄に尊厳を踏み躙られる少女が減る。
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とにかくすぐにでも回復して、ノンストップの育児マラソンをうまくこなさなくてはならない。あんな、音で威嚇するような嫌な真似、二度とやるわけにはいかない。ネットで精神科の予約を取り、ベビーシッターの検索と依頼と調整をし、3時間の喜ばしい孤独をわたしの日給と同じ6000円で購入した
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唯一食べる白飯をひとさじずつ掬って口が開くのを待ち、咀嚼するのを待ち、飲み込むのを待ち、吐き出したら受け止め、それを繰り返し、繰り返し、いったいぜんたいこの子どもはどうしてここにいるのだろうと低い意識レベルで考え、嫌がるのをなだめすかしてお風呂に入れ、顔に水がついて泣くのを慰め、
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わたしは「そうだ、人と話していないからだ」と思った。スーパーのレジの人と金銭授受で話すほかは、子どもとしか話していなかった。たまに訪ねてくれる友人はいたけれど、子どもの前で育児の愚痴をこぼすわけにはいかないから、わたしはきっと子どもの愚痴が蓄積するあまり心を病んだのだと考えた
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届いたそれは思いの外ゴツかったが、子どもはひと目で気に入ったようで、「カッコイイ」と述べ素直に着けさせてくれた。初めて、雨戸を開けることができた。初めて、苦しげに泣いていない子どもと外を歩くことができた。謝り続けることなく電車に乗れた。轟音の地下鉄にさえ乗れた。世界が一変した
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疲れがピークなので一時保育を頼もうとした; わたし「もしもし、今週末の一時保育を予約したいのですが」 やくば「緊急事態宣言中なので緊急のご事情に限りご予約いただけます」 わたし「疲れて具合が悪く…」 やくば「ご体調の悪い方がご家庭にいる場合ご利用を見合わせていただいております」[終]
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自分の要介護状態を把握せず、子どもに及ぶ迷惑を認識できない愚かな大人も。介護を子どもに委ねて憚らない図々しい大人も。「子どもがいるから死ねない」と感情に走り誤認する大人も。まだまだいるので、#ヤングケアラー を見かけたらほんと介入してくれ、誰でもいいからその家から分離してあげてくれ twitter.com/nhk_seikatsu/s…
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寝たきりになってしまった姉と、姉の治療方法を探る父、姉の進学や勉強についてあちこち調べて回る母、姉の介護に忙しいわたし。わが家は家の体をなしながらも家として機能していなかった。 ある夜インターホンが鳴った。出てみるとトレーナーにズボンというシンプルないでたちの女性が微笑んでいた。
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精神科に行きさえすれば助かるような気がしていた。多分わたしは安易だった。診察室では物腰の柔らかい医師が2歳児にまつわるあらゆる愚痴を聞いてくれた。彼はずっと黙って相槌を打ってくれていたが、最後に口を開いた。 「お子さんの脳の検査をしてほしいという理解でよろしいでしょうか」
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乳児検診で幾度も相談した。周りの子どもたちの声にパニックを起こして泣く子を見た保健師には、「大丈夫よ、お母さんが気にしすぎなのよ」と諭された。音楽も聴けない日々が続いた。家電のサイトを見ては「音の出ない炊飯器」を探した。一日の大半は音に起因するギャン泣きをあやすことで消えていった
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有り金かき集めて子どもに目一杯美味しいもの食べさせて、日がな一日楽しく過ごさせて車に乗って膝枕して、練炭炊く親の気持ちがちょっとでも“わかってしまった”気がしたので、多分疲れている。4時間ばかりの自由を買おう。一時保育受付にもしもしだ
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【補記】お読みいただきありがとうございました。ここまでの連ツイはnoteにまとめて載っけたのでよろしければご覧くださいませませ 自由のアイスクリーム、塩分を添えて|雨滴堂=Utekido= @Utekido #note note.com/utekido2019/n/…
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そう考えたわたしは年相応に幼かった。どんなに正しく暮らしても、人生に闖入する敵がゼロになることはなく、差別は消えず、啀み合いはなくならず、"この数学の教師"がいなくなることはない。それに差別に抗っても、別に光栄な式典に招かれるようなことにはならない。差別は社会に織り込み済みだから。
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”どのくらいの屈辱を我慢したら、誰かに、立派な日本人だって褒めてもらえるんだろう。何度この悔しい時間を繰り返したら、こんな馬鹿な人たちからジャップと侮辱されなくなるんだろう。わたしがあと何を耐えれば、教室という名のこの世界は、平和で理解に満ちたものになるんだろう”
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先生は初めの頃は「気味悪い字を書いてないで問題を解け」と言ってきたが、わたしが無視していたらそのうち構ってこなくなった。 学期末のテストの日、わたしが今日ばかりは仕方ないから回答しようと着席すると、先生はドタドタと歩いてくるなり青い瞳でわたしを見据えて、「服を全部脱げ」と言った。
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生きることや生かすこと、命を頂くこと――と書いたらありきたりなのだけれど、そういう一連の営みをろうそくの火やランプの灯りに照らされたあたたかい小屋で経験して、夜には満天の星を見上げて、わたしは「生きなきゃいけないんだ」と感じた。どこであれ今いるところで、命がある限り生きなきゃなんだ