興味深いのは、欧米の有権者を対象とした分析では「反エリート主義・人民重視・同質性」が互いに強く相関しているのに対し、今回の東京都民を対象とした分析では、同質性はその他2つとの相関が弱かったのだ。日本のポピュリズムイデオロギーは欧米とちょっと違うかもしれないのだ。 (5/7)
何にしろ、小池や都ファの躍進をもって「ポピュリズムの台頭」とかメディアでは言われていたけど、実情は異なるということが示唆されたのが面白いのだ。多分彼女達が勝てたのは、「反既成政党」だったからだと思うのだ。それを捨てたら人気が落ちるのも当たり前なのだ。 (6/7)
1517年に始まった宗教改革はその後の歴史に重大な影響を及ぼしたと言えるけど、ドイツにおけるプロテスタンティズムの拡散は産業革命以前(19世紀初頭)の経済成長を促進したという研究があるのだ。 (1/14)
今でもカリスマ扱いされるナチス・ドイツのヒトラーだけど、彼を特徴づけるものの1つが「巧みな演説」なのだ。じゃあヒトラーはその演説だけで権力の座に上り詰めたのかというと…どうやらそうでもないらしいという研究が最近出版されたのだ。 (1/12)
ナチスは選挙を通じて権力を掌握した訳だけど、もしヒトラーの演説に大衆が揺り動かされていたなら、彼が演説をした地域ではナチスへの得票が増えていたはずなのだ。そこで実証の出番なのだ!この研究チームは、1927年から1933年までのヒトラーによる演説の日時・場所のデータを収集したのだ。 (2/12)
あらゆるソースから情報を収集した結果、当該期間にヒトラーは公開演説を455回も行っていたのだ。あとは選挙結果への影響を見るだけ…とは行かないのだ。実は街頭演説のような選挙活動が投票行動に与える影響を推定するのはめちゃくちゃ難しいのだ…。 (3/12)
演説をどこで・いつするべきかをヒトラーの気持ちになって考えたとき、簡単に大衆を動員できそうな場所や他の政党との競争が激しい場所を優先するはずだけど、どちらも「選挙に効果がありそうな所」と言えるのだ。でも効果があるかどうかは、選挙情勢によるのだ。 (4/12)
「投票前の選挙情勢」が「演説するか否か」だけでなく、「選挙結果」にもプラスの影響を与えるとすると、選挙情勢を考慮しない場合、選挙の効果を過大に推定する(バイアスがかかる)可能性があるのだ。この研究はその問題にかな〜り真剣に取り組んでいるのだ。 (5/12)
彼らはまず、「ヒトラーがどこで演説するか?」を説明できるような統計分析をしたのだ。そこでは前回選挙の情勢なんかが使われたのだ。そのモデルから「ヒトラーがその地域で演説する確率」を予測したのだ。この予測に「当たり」と「外れ」があるのがキモなのだ。 (6/12)
同じぐらいの確率で演説の可能性があったのに、片方は実際にあって、片方は実際にはなかった「ペア」に注目すると、そのペアの間では演説があるか否かはもはやくじ引きと同じで、それ以外の部分はとても似ている「双子」みたいなものなのだ。 (7/12)
そういう「演説のアリ/ナシは偶然の差と考えてもいい」ペアをたくさん用意して、そのペア間の差(ここでは選挙結果)に統計的に意味があるかを検証するのだ。これを専門的には傾向スコアマッチングというのだ(理解や説明に誤りがあればどなたか補足/訂正をお願いしますなのだ)。 (8/12)
この分析の結果、ヒトラーの演説の効果はほぼ無かったことがわかったのだ!しかも1932年、ナチスが大躍進した選挙ではマイナスの効果があったのだ。唯一プラスに効いたのは同年の大統領選だけだったのだ。でも結局ヒトラーは負けたから、やっぱりあんまり意味は無かったのだ! (9/12)
ヒトラーは確かに演説は上手かったかも知れないのだ。でもそれは選挙に大きな影響を与えるほどではなかったのだ。ヒトラーのパフォーマンスで有権者の心は動かされたかも知れないけど、体は動かされなかった…ということをこの研究は示唆しているのだ。 (10/12)
もちろんヒトラーの演説が選挙以外(党員の勧誘とか)に影響を与えた可能性はあるのだ。それに、ヒトラーやナチスによるプロパガンダの全てが影響が無かった訳ではないのだ。ナチスのプロパガンダの話はまた次回するのだ〜。 (11/12)
今回の話はこの論文からなのだ。 cambridge.org/core/journals/… 正確にはこの論文は傾向スコア+Difference in Differenceという手法の合わせ技なんだけど、それ以外にも色々行き届きすぎてるバリバリの因果推論の論文で、さすがはAPSR(トップ中のトップジャーナル)掲載論文という感じなのだ〜。 (12/12)
ナチスの宣伝相ゲッベルスはプロパガンダにおけるラジオの重要性を理解し、積極的に活用したと言われているのだ。ただ、ラジオがどういう役割を果たしかは、ナチスが政権に着く前後で全く異なっていたことを明らかにした研究があるのだ。 (1/19)
流れをまとめると、 1期(-1929):非政治的ニュースばかり 2期(1929-32):親政府的・親民主主義的報道の増加(ナチスはラジオから排除) 3期(1933.1-):ナチスのプロパガンダのみ という感じでラジオの放送内容は変わっていったのだ。当時の政治状況と合わせるとこんな時系列になるのだ。 (4/19)
歴史的に元々反ユダヤ的だったり、経済的な不平等が大きい地域ではラジオの効果はやっぱり大きかったのだ。 でもそうではない地域では、ラジオの利用率が「高い」ほど、なんとユダヤ人への迫害は「少なかった」のだ!関係が逆転していたのだ! (12/19)
ラジオから流れる反ユダヤ的言説は嘘八百だったのだ。元々反ユダヤ的感情を抱いていない人にはそんなのバレバレだったから、ラジオを聞けば聞くほどナチスへの不信が増すし、協力(ユダヤ人迫害)なんかしなくなる、というのがこの論文の著者達の理解なのだ。 (13/19)
話を一旦まとめると、ナチス・ドイツの文脈では、 1:ラジオ(プロパガンダ)の影響力は確かにあった 2:どのように影響するかは「誰がラジオをコントロールするか」により異なった 3:プロパガンダの影響力は「聞いている人がどんな人か」により異なった と言えるのだ。 (14/19)
特に最後の点は興味深いのだ。プロパガンダは人々の元々の信念を真逆の方向へ変えるのではなく、ただ同じ方向へ強化する(信じる人はより信じ、信じない人はより不信になる)ことが示唆されているのだ。独裁者にとってプロパガンダは「諸刃の剣」かも知れないのだ。 (15/19)
演説に効果が無くてラジオに効果があるのは、単純に接触量の問題だと思うのだ。たった一回の演説よりも、毎日聞くラジオの方がプロパガンダとしての役割は大きいと思うのだ。そういう意味で、マスメディアはめちゃくちゃ重要なのだ。 (17/19)
マスメディアは民主主義を守る時もあれば壊す時もあって、それを決めるのは「誰がメディアをコントロールしているか」だ、というのがこの論文の結論であり、ナチスの経験から得られる教訓なのだ。 (18/19)
ナチスが実施した最も有名な政策の1つが、世界初となった高速道路(アウトバーン)の建設なのだ。果たしてアウトバーンの建設はナチスの支持を強固なものとしたのか?それを実証的に明らかにする研究が行われているのだ。 (1/12)
これらの分析からわかることは、アウトバーンは1934年時点で確かにナチスの支持を増やしたけど、それは (1) 失業問題を解決したからでは無く (2)自動車所有者の人気を得たからでも無く (3)プロパガンダを通じて (4)ナチスの「有能さ」「強靭さ」を象徴的にアピールできたから と言えるのだ。 (11/12)