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「復讐は冷やして食べるのがいちばん」
フランスの諺で、熱に浮かされて瞬発的に復讐するのではなく、時間をかけてゆっくり復讐した方が満足度が高いという意味らしい。時間というものにいかに心を癒す力が宿っているかを伝える、叡智あふれる至言だ。
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本というメディアの本質は、心の個室で安全に孤独になれるところにあるのではないか。読むのに時間がかかるから、きちんとひとりになれる時間を確保する必要があって、それがネットやテレビや新聞や雑誌とは違う。逆にいうと、本を読む余裕がないとすると、孤独になる権利が奪われているということ。
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この一年、心理士、経営者、学部生など多様なメンバーで勉強会をしているのだけど、その中にひとり哲学者がいるだけで議論が異常に盛り上がる。それぞれの現場感覚の話を、古今東西の賢人が既に考えてきたことに繋げてくれるので視野が強烈に拡大する。どんな会議にも哲学者を一人常備すべきではないか
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原稿の書き方。6割まで来たら人に見せて、コメントをもらう。すると、自動的に7割まで進んでくれる。そこから9割まで頑張って、諦めて提出するのが吉。9割5部を目指すと地獄の日々を過ごさざるをえないし、10割を目指すと永遠に出せない。ふしぎなもので、時間が9割の原稿を10割に熟成してくれる。
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ちなみにやりたいことが何もないという学生には簿記を勧めている。どの仕事も結局は「帳簿内存在」なので、やりたいことが見つかるまで世界一周するより、簿記を勉強するのがいいという理由。このアドバイスは、現役学生にはキョトンとされるが、就職後に傷ついて転職相談にきた卒業生にはよく通じる。
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SNSで愚痴を書くことについて、学生が行った調査では、書いた愚痴について多くの人が「そっとしておいて、何もしないでほしい」と回答していました。リアルで愚痴を言うと、アドバイスされたり慰められたりしてしまうけど、SNSだとスルーしやすいのがよい、とのこと。触れないことの価値。
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人は変わらない、というのが現代のなんとなくの共通理解になっていると思うが、それは多分「変わる」というのが、180度とか90度の変化のことばかりが理解されているから。臨床現場にいる人は5度とか1度の変化に敏感に感動する。というのも、1度の変化が時間の積み重ねのなかで人生を大きく変えるから。
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河合隼雄が村上春樹との対談で、頭でばかり「正しさ」を考えていると「小さな箱」に閉じ込められてしまうが、そこから抜け出すのを人間関係が助けてくれると語っている。人間関係は根本的に矛盾を含んでいるから、箱の中のピュアで小さな「正しさ」がもっと大きな景色から見えて、曖昧になっていく。
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ある人類学者が現地人に宗教についてインタビューをしていて、最後に「逆に何か聞きたいことあるか?」と聞くと、「その腕にはめている神みたいなものは何か?」と問われたエピソードが大変いい。人類学者が重要な決定を下す時に、必ず腕時計を見ていたから、という理由。今ならば、スマホが神だ。
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思い切って「オックスフォード英単語由来大辞典」を買ったのだけど、素晴らしい。例えば“cry”はもともと「熱心に要求する」「声高に求める」という意味だったらしい。赤ちゃんが泣くとき、彼らは何かを求めてるし、よく考えたら大人が泣くときも、実はそこには何かを求めてる気持ちがあるなと思う。
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映画「かがみの孤城」が素晴らしかった。不登校の傷つきと回復が切実に描かれていて、心理学書は物語にかなわないなと思わされる。大学生の頃、心理学の本じゃなくて小説を読めと色んな先生が言っていて、よくわからなかったが、心というものは概念よりも物語によって伝達されるということ。
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中井久夫曰く、最強のセルフケアは雑談だということで、しょうもないことを話せる友人がいるかが心の病気の予後に大きく影響するとのこと。確かに、具合が悪くなると、雑談が苦痛になり、何を話していいかわからなくなる。深刻なことは当然話しづらいので、それがまだしょうもないうちに雑談すること。
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「書く」というのは、ぼんやり考えていることをしっかり考えること。その最高強度が論文という形式で、論文を書くと、考えていたことが概念になって、自由に使いこなせるものになる。逆に「喋る」は、ぼんやりした考えを増殖させる方法。思いもしなかったことを考え始めるのには「喋る」のがいい。
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コロナ時代に辛くなったことと楽になったことについて授業でアンケートをとったら、多かったのが、辛いのは人と会えないことで、楽なのは人の目を気にしないで済むようになったことだった。他者も社会も、不快でもあり、気持ちいいものでもあるというのがよくわかる。
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オンライン授業。教員のやる気が出過ぎたのか、直接会えないのが不安なのか、あらゆる授業でいつも以上に課題が出るので、学生が参ってるという話を聞く。課題自体も、校舎があって、友人と話し合いながらなら簡単にできたものが、家で一人で取り組むと細々したことが難しく、時間が食われるとのこと。
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成功体験によって自己肯定感が上がるというのはよく言われていて、それもそれでそうだと思う。ただ、実は失敗体験について、自分ではなく、環境や社会に問題があったと気がつくことの方が自己肯定感にとっては大事なのではないか。自己賞賛を高めるよりも、残酷な自己批判を和らげる方に本質がある。
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メンタルヘルスの問題の多くで「休養」というのは必須なのだが、メンタルヘルスの悪化によって一番損なわれるのは「休む」力でもあるから難しい。罪悪感や焦りで休みが休みにならなくなる。よって、必要なのは周囲による「休む必要のある人」扱いで、それはインフルエンザのときの特別扱い感に通じる。
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知人の話を聞くにつれ、やるせなくなるのは、家庭と社会が子育てをし、教育を授け、一人前にした若者を、社会がブラック企業をもって遇すること。それは希望を持った未来ある若者のキャリアに傷がつくというだけでなく、彼らに深い絶望を植えつけている。貴重な希望を殺す社会の自滅と言わざるをえない
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藤子不二雄Aさん。締め切りを破ったことで出版界から干されたという氏のエピソードに絡めて、僕は締め切りが怖いから2週間前には原稿を出すのだ、と連載に書いたら、お手紙を下さった。2週間は早すぎ、締め切り二日前くらいがちょうどいい、という激励の手紙でした。ご冥福をお祈り申し上げます。
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心理士の世界では「承認欲求」という言葉はほとんど使われなくて、同じ現象が例えば「自己愛の傷つき」などの言葉で語られているように思う。「欲求」だと「抑えましょう」というニュアンスが漂ってしまうのに対して、「傷つき」だと「ケアが必要」というニュアンスになるからかな、どうだろう。
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人類学者のルース・ベネディクトが「歴史を学ばずに自分の目で物事を見ているための思い違い」という表現をしているが、確かに「自分の頭で考える」には盲点があって、「他人の頭を借りて考える」のが必要なときはあるな。感情が絡むときは特に。