自己肯定感の低いメンヘラ、往々にして幸せになりたいと思ってるけど、同時に「自分は不幸になる」と強固に認知してるので、幸せになりつつあると認知と現実がズレて不安になってしまうんだよな。結果、試し行為等を幸福が壊れるまで続けてしまい、壊れたのに何処か救われた気になってしまうというな。
忘年会はコミュ障ほど参加した方がよくて、何故なら良い悪いは別にして「会社では他人の事情に構わず必要最低限の事しか機械的にやらない」人間は、会社も事情に構わず必要最低限の判断で機械的に処理しにかかるからな。有能なら無問題だけど、無能にとって面倒な柵はセーフティネットでもあるというな
安楽死はそれ自体の是非より、「安楽死」という選択肢がある事によって☓☓な人間の排除手段として「何故貴方は☓なないの?」という同調圧力が生じる気がして賛成出来ないんだよな。イジメやパワハラが典型だけど、劣位に置かれた人間から人権を剥奪する理由なんて、いくらでも作る事が可能なわけでな
自己肯定感の低いコミュ障が「自分はコミュ障だ」と気付くと、自分の言動に自信がなくなり「人間関係は全て正解し続けないと詰む」的な強迫観念ができるんだよな。それ故に少しでも失敗すると全て台無し/間違ってたような絶望に陥って人間関係投げ出し、更に「ミス=詰み」が強まる悪循環があるというな
不細工/運動音痴/勉強嫌いが自己改善出来ない理由には、往々にして「努力したら叩かれ笑われる」という怯えがあるんだよな。苦手を克服しようとする姿を周囲に「お前☓☓なのに期待しちゃってんのw」と嘲笑れた経験により、苦手に対して無関心を装うセルフネグレクトで身を守ってしまっているというな
ADHDの「今1番興味を引かれてる事に注意を専有されて、それ以外何も考えられなくなりスケジュールが崩壊する」性質は、嫌なタスクが2つある状況だと「嫌なタスクに注意(感情)が専有され、別の嫌なタスクに対する抵抗感が薄くなる」とバグッて、本来は嫌なはずのタスクが捗る奇跡が起きがちというな。
コミュ障は往々にして「自己否定感」が根底にある事が多いんだよな。それ故に他人と関わると「不快感を与えたら/与えてたら…」的な罪悪感に駆られるし、「素の自分は嫌われる」確信から本心は見せず取繕う事しか出来ないので、他者と能動的に関われず自分を出せず、人間関係が出来ては消えるというな
@akihiro_koyama オタクの描くファッションが遅れてるのは「思春期に“いいな”と思ってた女性の幻影を成人になっても描き続ける」面もあるかと思いますので、その意味ではオタク若者人口が増えても、オタクの描く女性は1昔前の姿になるような気がしないでもないです。(恐らく竿役も。。。)
発達障害人間、往々にして叱責され過ぎているが故に報連相が出来なくなっているんだよな。良いも悪いも「ミスは駄目」という思いが強過ぎて、業務上必要な報連相でさえ「もし自分の勘違いだったら…」と不安と罪悪感に病んで、結局は自己判断で進めて叱責され、更に報連相が苦手になってしまうというな
社会不適合人間の人生、正直逆転どころか人並みになることすら厳しいし、普通人間の努力が「投資」とすれば社会不適合人間のそれは「借金返済」なわけでモチベが湧くわけもない。しかし何もしないと状況は更に悪化するわけで、常に付き纏う絶望と如何に上手く付き合うか?がQOL改善の鍵になるというな
自己肯定感が低く、辛くても助けを求めないような人間には「大丈夫?」と言っても「大丈夫です」と返ってくるので、「ちょっと困ってる事があるんだけど…」と逆に相談するのがオススメな。相手に苦痛を打ち明けるには相応の信頼感が必要なので、まずはこちらから信頼して心を開いてみせるというな。
完璧主義と怠惰が合わさると、「着手が遅いのに妙なところに拘ってしまい終わりが見えなくなってしまう」地獄が生まれるけど、更に症状が悪化すると「時間が無いなかで完璧に出来なくて散々苦しんだ末に結局は失敗する」自分の姿が思い浮かぶようになり、先延ばしが止められなくなってしまうというな。
ちょっとした事で限界を迎える人間は往々にして、「逆境耐性が低い」というより「常にキャパ限界で余裕ない」側面があるんだよな。普段が既に逆境かつギリギリ状態なので、器の大小は別に些細な事でも致命傷になりやすく、無理してるのがデフォなのもあって傍からは「突然壊れた」ように見えるというな
ADHD人間、往々にして腰が重くてタスクを先延ばしがちなので、出掛ける前に「さぁそろそろ腰を上げて出掛けるぞ!」とヤル気スイッチが入ると、「あとn分ある。ちょっとだけタスクに手をつけてみるか」とヤル気を持て余してしまい、ヤル気暴走して「ちょっとだけ」が止まらず予定が崩壊しがちというな
ADHDの「衝動性」と「小さな報酬や遅延報酬を嫌う」性質が悪魔合体すると、「何か大きな/即報酬を得られそうな事を思いついてしまうと、今進めてるタスクよりもそちらに注意/集中力が吸い取られ、タスクが手につかなくなる」ので、今はそれどころじゃないと分かってるのに予定が崩壊する地獄が生まれる
「ふとした拍子に過去の嫌な/恥ずかしい記憶が蘇ってきて思わず叫びたくなる」的な現象は、要するに「フラッシュバックからくるストレスを掻き消そうとしてる」という事なので、我慢して平常心を保つよりも、深呼吸したり身体を軽く動かしたりして衝動を発散させてやる方が色々抑えられるというな。
コミュ障の人間、往々にして失敗経験は多いから「気まずい空気」は読める…というより非常に敏感なんだけど、「気まずい空気になる前の空気」は読めない事が多いので、結果として傍目には「人の顔色に敏感なのに空気を悪くするし、その空気に誰よりもダメージを受ける」という謎の生物が映るというな。
「男性と女性、どっちの方が厳しく容姿ジャッジされるか?」について色々な意見が交わされてるけど、定量的な比較としてRemescarが英国で行った調査によれば、男性は31%が見た目に基づいて女性を忌避し、女性は70%が見た目に基づいて男性を忌避している事が判明したという… highstreetgent.com/2017/06/09/the…
自己肯定感の低いコミュ障、自分が不当な攻撃を受けて怒るべき場面でも「相手に攻撃させてしまった自分が悪いのでは?」と反射的に罪悪感を抱いてしまうんだよな。結果、曖昧に笑って誤魔化したりヘラヘラしたりで相手に遜ってしまい、自分の惨めさで更に自己肯定感が下がる悪循環に陥りがちというな。
イジメっ子は大体は「人間の気持ちが分からず正義感に乏しい」人間ではなく、むしろ人間の気持ちが分かるからこそ「周囲はコイツを嫌がってる=叩いてもOK」と察して、正義感が強いからこそ「懲らしめてやろう」となるんだよな。良い悪いは別にして、虐めっ子は往々にして仲間思いの人気者だというな。
自己肯定感の低いメンヘラ、往々にして愛や優しさを求めてるんだけど、既に自分の中に「自分は疎まれる」という確固たる認知が出来上がってるので、愛や優しさを与えられても認知不協和で嬉しさよりも不安や罪悪感が先行してプレッシャー/ストレスが蓄積され、最終的に人間関係リセットしがちというな
インターネットで「逃げてもいいんだよ」という人間は逃げた結果の責任は取らないし、「逃げたら駄目だ」という人間も責任は取らないし、極論あの手の言論は「自分の生き方/選択を肯定したくて1般論として語ってる」側面が強いので、言論自体より言ってる人間に注目すれば有益な知見を得られるというな
「何もしてないのにパソコンが壊れた!」という人間は必ず何かやってるけど、GW最終日等に「何もしてないのに連休が終わった!」という人間はガチのマジで本当に何もやっていないというな。
「容姿で人間を選好するのは良くない」という価値観が浸透した結果、不細工は「不細工自体はいいけど不細工に伴う卑屈さが無理」「不細工はいいが身の丈に合わない高望みが嫌だ」「キモいのは加害」と容姿だけでなく内面も「不細工はNG」という結論から逆算して殴られるようになった地獄があるな。
「貧乏で辛い」に対して「貧乏でも這い上がって金持ちになった人間はいる。貴方が苦しいのは貧しいからではなく貴方自身の欠落が原因!」みたいな返しは、誰でも詭弁(早まった1般化)だと分かるけど、これが学歴や非モテといった話になると、それを正論だと感じてしまうバグがあるというな。