コロナ禍でTwitter民が「我慢が終わったらまた我慢。我慢はいつまで続くの?」と嘆いてる光景、どこか既視感があると思ったら「受験に受かるまで我慢→必須単位とるまで我慢→就職するまで我慢→新人の間は我慢→仕事慣れるようになるまで我慢→出世するまでは…」という人生の縮小そのものだったな。
「本当にモテる男性は女性蔑視をしない」的な話、もう多数の研究で「モテる男性ほどミソジニーである」と結論されているんだよな。例えばスペインの若者の性体験の多寡と異性観を分析したところ、恋愛の成功とミソジニー度には非常に強い相関関係がある事が確認されたというな psycnet.apa.org/record/2019-10…
1般人の「行けたら行く」は遠回しな断りの文句だけど、ADHD人間の「行けたら行く」は「是非行きたいし今のところは大丈夫そうだけど、もしかしたらタスク先延ばしで締切がヤバくなったり忘れている予定があったり体調不良になったりして行けなくかも」的な意味なので、わりと普通に来てくれるというな
Twitterやってると感覚が狂いがちだけど、日本における大学進学率は50%程度で、年収中央値は360万円程度で、発達障害人間は48万人程度なんだよな。良い悪いは別にして、Twitterは基本的に「Twitterに時間を費やしてツィートしまくるようなある種極端な人間の声が支配的になる」構造にあるというな。
ADHDの先延ばし癖の対処法は「ドーパミンが出てる時を逃さないこと」がオススメで、やる気が出ない時は「少しだけ」と思って手をつける。手をつけられない時は手足をバタバタさせたり声をだす。それも出来ない場合は飲み物を取った後等の動ける/動いてる時に、そのままタスクに着手するのが吉というな
女性の生理/月経の重さと発達障害の関係について、ASDを有する女性グループと非ASD女性グループを比較研究したところ、後期黄体期不快気分障害(PMS)の有病率は対照群の11%と比較して自閉症群で92%だったという…。言うまでもなく統計的に滅茶苦茶有意な差があるっぽい pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18380936/
先延ばし対策すら先延ばすADHDの先延ばし対策だけど、結論から言えば動けない時は何やっても駄目なので「動ける時にやるタスクに別のタスクも組み込む」のがお勧めな。例えばウォーターサーバー行く時は1緒にゴミを捨てるようにする。「ついで」を上手く使って、タスクを少しづつ消化していくというな
☓メンヘラには美人が多い ○良い悪いは別にして美人は「自分が泣けば周囲は助けてくれる」と学習してる為、実際に助けが与えらる事もあって色々な意味で露出が激しくなる。1方で不細工なメンヘラは自分が泣きごとを言っても叩かれるだけと学習しているので何があっても沈黙し、結果不可視化される
陰キャの人間、往々にして小中高は仲の良い友達がそれなりにいるケースも珍しくないんだよな。しかし陰キャ故に受動的な人間関係維持は出来ても「定期的に/自分から連絡する」的な積極的人間関係構築&維持がメチャクチャ苦手なので、環境や生活圏が変わる度に人間関係が出来ては消えていくというな。
毒親に育てられた人間の特徴は「相手の機嫌が悪くなると過剰な罪悪感を抱く」ことなんだよな。自分の言い分や気持ちを全て怒鳴りや泣き喚きで封じられてきたが故に、トラウマに学習性無力感がノッてしまい、ほぼ無条件かつ反射的に自分が全て間違っているのでは?という不安に呑まれてしまうというな。
TwitterはADHD人間にとって常にTLという形で新刺激に曝され、無限に発生する思い付きを衝動のままにアウトプット出来て、更には「バズ」という短期報酬が吊り下げられてるパチンコSNSであり、1般人のN倍はコミットしてしまう為、本来少数派のはずのADHDが異様に目立つ異様な空間が出来上がるというな。
高学歴オタク、幼少期は大人に従いよく勉強するから「良い子」と言われるけど、その代わり挑戦や逸脱をしないのでソーシャルスキルが全然発達せず、高校〜大学辺りで自覚する頃には手遅れになり、唯1完璧に身に付いた「嫌な事でも我慢」というソーシャルスキルのみで人生をやる羽目に陥りがちな印象な
自己肯定感の低いコミュ障、キツイ環境に置かれると人間の悪意に曝され過ぎて色々敏感になった精神が終始過剰反応を起こしマッハで☓ぬけど、温かい環境でもそれはそれで「今はいい感じだけど本当の自分を知られたら…」「自分はいつかやらかすに決まってる」とソワソワが止まらずマッハで☓むというな
陰キャの集まりであったTwitterが最近は「挨拶や礼儀は大事」「飲み会等の社交は参加すべき」等、陽キャのやってる営為の大事さに気付いて馬鹿にするのを止めつつある光景、それ自体はとても良い事なんだけど、この現象と「発達障害の精神年齢=実年齢×0.6」との関連をどうしても考えてしまうというな…
自分を常に被害者と感じる人間は往々にして「自他の区別がつかない」のが原因なんだよな。他人は自分と違う人間と認識出来ず「相手に理解されない事が理解出来ない」ので「他者が自分の意のままにならない」理由を全て悪意と解釈する他なく、心の底から「自分は攻撃されてる」と思ってしまうというな。
幼少期に「真面目な良い子」と言われた人間、往々にして「大人の敷いたレールからはみ出さずに生きる」を指針としてきたので、受験/進学/就活等で突然に「ここから先はレールないよ。自分で決めて切り開かないと!」的な空気に切り替えられても、水槽から放り出された魚の如く窒息するしかないというな
陰キャの人間の中には「人間から嫌われるのが怖過ぎて8方美人仕草を身に着けた」タイプがいて、この手の人間は1見明るく社交的だけど、会話の度に物凄いエネルギー消費してるし、回復には1人の時間が必要なのに付き合いは断れないしで、実は下手なコミュ障の陰キャより病みやすかったりするというな。
余裕のない生活を送る最大のデメリットは「思考リソースが奪われる」事で、「このギリギリの生活がいつ破綻するか/終わりはあるのか?」という不安で脳内メモリが専有され、落ち着いて考えたり前向きな発想や長期的展望が出来なくなってしまうんだよな。常に目先のソワソワで頭がいっぱいだというな。
社会不適合人間が「誰にも迷惑をかけたくない」を志向すると、当然に誰にも関われなくなってしまうので、只でさえ経験不足で遅れてる色々が更に遅れて更に迷惑をかけやすい人間になる悪循環があるんだよな。結果、「神経質で他人に対して気を遣いまくるが異様に鈍感」という謎の生物が誕生するというな
「弱肉強食だと群れは逆に弱い個体だらけになって自滅する」の例が1昔前に流行った「成果主義」で、成果主義を導入した企業は「社内競争で個も企業も強くなる」どころか、社員間での協力や情報共有やノウハウ伝授が消滅して個も企業も弱くなり、最終的には成果を盗む/盛る人間ばかりになったというな。
ADHDの「計画を建てたり計画通りに行動するのが苦手」とASDの「臨機応変な対応や切替が苦手」が悪魔合体すると、「時間ギリギリで本人も自覚していてメッチャ焦ってるのに、どうしても“いつもの”ルーチンを始めてしまい焦燥感や罪悪感に焼かれながらも寛いでしまう」という地獄が生まれるというな
自己肯定感低いコミュ障の飲み会の何が辛いって、自分が放置される事ではなく「相手が自分を気遣ってくれてるのをメタ認知してしまう」事なんだよな。その申し訳なさから「嬉しい/楽しい事を伝えないと!」と力み過ぎて滑ってしまい、それをメタ認知して。。。と申し訳なさが際限なく募ってくというな
「やれば出来る子」というのは、小さい頃は周囲が強制的にやらせるので人生にあまり支障をきたさないけど、大人になるにつれてやらなければ黙って置いていかれるようになるのに、「追い詰められてもやれば出来た」という成功体験が足枷となってやれなくなり、ズルズルと人生が駄目になってくというな。
小さい頃は「いい子」と呼ばれがちだった発達障害人間、往々にして礼儀正しく敬語を使えるから目上/年上の人間から初め好評価される事が多いけど、砕けた話が出来なかったり堅実志向なのにミスが多かったりで徐々にぎこちなさが目立つようになり、最初の好評価も相まって視線が厳しくなりがちというな
空気"は"読めるコミュ障、相手からは「地雷の少ない人」と思われるけど、実は「コミュ障を隠す為に自分を押し殺して空気に合わせてる」だけなので、地雷判定は常人並にあるんだよな。結果、人間関係が無理になっても「消える」以外の解決手段がなく、相手からは「突然全てを投げ出した」と見られがち。