コミュ障は会話において文頭に「まぁ」「ん〜」等、常に断言や言い切りを避けて留保を残す傾向があるので、テキスト上のやり取りでは文末に「…」「〜」「ー」等をつける頻度がメッチャ高く、チャット等でそれらを封じられると途端に陸に打ち上げられた魚の如く、何も言えなくなってしまうというな…。
コミュ障には「初対面の人間とは話せないが段々と打ち解けられる」タイプと「初対面の人間とは話せるが日を追う毎に気まずくなる」タイプがいて、後者はコミュ障に見えないし相手に好印象も与えられるけど、会う度にギクシャクしていくので、人間関係が芽生えては芽で消えていく事になりがちというな。
コミュ障には「嫌いじゃなく好きだけど調子が良くないと接しられない人間」がいて、好きだからこそ調子悪い時は「今の自分の状態で接しても相手に何のプラスも与えられないし逆に迷惑かけるかも」と罪悪感が湧きいでて、本当は誘いに乗りたい/返信したいのにメッチャよそよそしくなってしまうというな
先延ばし癖のある人間、往々にして「風呂は好きだけど入る気になれない」「遊ぶのは好きなのに遊びに行くのは面倒臭い」「好きな人間と話すのは好きだがline等を確認したり自分から連絡するのは気が重い」という特徴があるので、普通人間を「結局貴方はどうしたいの?」と戸惑わせてしまいがちというな
先延ばし癖のある人間にとって「料理」自体はそこまで苦ではないんだけど、その後に待つ「片付け」「洗浄」「水拭き」「収納」が「やれば大したことないし直ぐ終わる」と分かっていても滅茶苦茶しんどく感じるし、食後の多幸感と腹の重さもあって完全に動く事が出来なくなるというな。
発達障害人間の人間の名前や顔を覚えるライフハック ・会話で相手の名前をなるべく言う ・名刺等に会った日付と会話内容を書いておく ・名前の由来や渾名を教えて貰ってエピソードとして記憶する ・似ている有名人と関連付ける 如何に相手を自分の中で「特徴ある印象的な人間」に変えられるかが鍵
人間の顔や名前を覚えるのが苦手な人間、往々にして(あまり親しくない)人間関係やる時は「普通人間だったらこう言われたらこう返すはず」と社交用の人格を作り出しているので、舞台から降りれば相手の顔や名前は「他人事」としてあまり印象に残らないし、話した内容すら曖昧な事も珍しくないというな
元虐められっ子は、その経験から自己防衛の為にバカ丁寧になったり遠慮がちになったりする傾向があるんだけど、そうやって警戒心を顕にする事が「私はイジメられっ子です」というシグナル発信になってしまい、悪意に敏感なのに/だからこそ、人間の悪意に晒されやすくなるという悪循環があるというな。
自己肯定感の低い人間がハマりやすい罠として「強くでられると嫌/理不尽な要求でも譲ってしまう」というのがあるんだよな。普通人間が断ったり逃げるような場面でも、自分の判断や感情に自信が持てず「自分の方がおかしい?」と思ってしまう。結果、後で何度も悔しさを噛み締める羽目になるというな。
小さい頃は勉強が出来た社会不適合人間は、往々にして「大人に怒られるのが嫌だから」という理由で勉強してきたので、中高と親の目が届きにくい環境に進むにつれ自堕落になってくし、社会適合人間達が自主的に勉強を始めると即追いつかれるしで、青年期には神童から××に落ち零れる傾向がある気がするな
コミュ障には「沈黙が耐えられない」タイプもいて、1見すると陽気でフレンドリーで多弁な生物だけど、無理してテンション上げてるので何処かギクシャクしてるし、勢いで余計な事まで喋ってしまうしで結局は微妙な感じになりやすく、本人も自覚があるから家に帰ればメッチャ恥ずかしくなってるというな
ADHDにとって「やる気さえ出せば10分で終わる予定」は、「やらなきゃ!」と思いながらゴロゴロしたりダラダラしたりとn時間かけてヤル気を錬成しなきゃならないので、1般人にとっては「すぐ終わる軽い予定」が1つあるだけで半日が潰れる事も珍しくはないというな。
オタク、自分含めて「コロナでも家でオタクコンテンツ楽しめばいいし」と思っていたら、アニメ制作が出来ないのは勿論、イベントが開催出来なくなった事でオタク市場自体が縮小し、実店舗や施設等の不採算部門が容赦なく切り捨てられて家以外の「居場所」が失われつつあるの、本当に厳しいものがあるな
障害者に「自分の出来ない事を書け」というのは「自分は劣っていますと書け」という事に他ならず、それだけでもしんどいのに、更に他の住民にも書面を見せるとなれば…。 mainichi.jp/articles/20200…
社会不適合人間がやりがちな営為が「手遅れになっていたら怖いから確認しない」ことで、早目に確認した方が良い事が分かっていても出来ず、また開き直る事も出来ず、無為に時間だけが過ぎていく。結果、手遅れが確定したら絶望すると同時に不安や焦燥から解放され、何処かホッと胸を撫で下ろすというな
「凡庸な人間は狂い方も凡庸」というのは間違いで、凡庸ではない狂気は存在しない。狂人は狂気故に自身の思想や発見を成熟させる事が出来ないので短絡的思考しか持ち得ず、1見突拍子ないものに思えても必ず幾つかの精神疾患の類型に収束する。つまり狂ってるからこそオリジナリティが失われるというな
「本当の自分を受け入れて欲しい」と求める人間は、往々にして「自分自身が本当の自分を受け入れられない状態」なので、どんなに外部から承認を得ても「本当の自分を知ったら…」と不安と認知不協和が増していくし、嫌われたくないが嫌われると「やっぱり…」と何処か胸を撫で下ろすようになるというな
普通でいいのに!、読んでみたら主人公は「普通の人間をナチュラルに見下しつつも普通以下で、本人も自覚はあるので自虐もするが、それでも自己評価は高く、曖昧に本当の自分は今より上の存在だと思っている」というキャラなので、Twitter民に刺さらないわけがないんだよな。 comic-days.com/episode/139336…
後悔しないようにと「本当は別の選択をしたい気持ちもあるが、周囲は反対するだろうし、この選択の方が無難だから」と、とりあえずは後悔する事のないような選択ばかりしていると、結果として「大きな失敗は少ないがやりたい事が全くやれなかった」と人生そのものに後悔するようになるというな。
矛盾してるようだけど、社会不適合人間は「自覚がない方が幸せ」な面があるんだよな。1旦自覚してしまうと自信が消失して素直な自己主張が出来なくなり、「羽目を外すと傷付くぞ」という思いから何事も1歩引いた姿勢になり、終いには楽しんだり愛したりする事に後ろめたさを抱くようになるというな。
先延ばし癖のある人間の生活、「やらなきゃいけないタスク」自体は少ない/軽微でも、慢性的に「あれをやらないと…焦りながらも謎の重力に襲われて動けない」状態にあるので、客観的には「楽そうにしてる/暇」に見えても、主観的には「息苦しいし余裕もない」という厳しい状況下にあるというな。
ADHDの先延ばしや謎の重力を軽減する方法として「運動すればヤル気だけでなく認知能力も上がり、ネガティブな感情が減る」というのは種々の研究で確かめられつつあるんだよな。尚、1過性の運動であれ実行機能は向上するので、その場で思い切り身体を動かすだけで有効っぽいな ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/P…
「やる気を出す方法は、とりあえず着手する事です」的な言説に対して「その"とりあえず着手する"やる気もないよ!」となってしまう人間がいるけど、肝心なのは「タスクに着手する事」ではなく「心身を動かす事」なので、実はその場で手足をバタバタしたり「っし」と声を出すだけでも効果はあるというな
ADHDの「衝動的で思い付いた事に夢中になる」と「先延ばし癖や慢性疲労」が合わさった結果、傍目には「遊びの誘いとか企画とかにめっちゃ乗り気で断らないし、やってる最中もノリはいいのに、何故か直前は凄く面倒そうにしているし遅刻しがち」と映る不思議な生物が誕生するというな
連休、いつも「連休だからあれやこれが出来るな!」「今度こそあれをやろう!」と思いつつ「まだ休みはあるしゴロゴロしよう」「あと1日あるし今日はゴロゴロでいいや」「もう出掛けたりしなくていいや」と結局は何もしないで終わるんだけど、これまんま自分の人生の縮図っぽい気がするな。。。