寝たきりの私にとって 『死ぬ気になればなんでもできる』という言葉はいつも背中を押してくれる。 『あの時死んでいたと思えばなんでもできる』って意味として自分の中で大切に温めています。 今を踏ん張りたい時、 今を投げ出したい時、 勇敢に立ち向かおうとする心も、 正反対に自暴自棄な心も。
激頭痛の時は「頭痛さえマシになればいい」と思い 少し和らげば「食べ物が通ればいい」と思い もう少し和らげば「音楽が聞ければいい」と思い さらに和らげば「ピアノが弾ければいい」と思い その上和らげば「曲が世界中に羽ばたけばいい」と思う。 その時その時の「一歩先」の希望が私を支える。
元気だったら、もっと違うことを求めたのかもしれないし、 その心は本人にしか分からないことだけど、 『わかったこと』は『当たり前の日常』は 一番身近にありながら、 一番気付かれずにひっそりと、 一番憧れる位置に最期まであり続けるということ。
知らない=幸せなことってあるよね。 病気で寝たきりになった当初、治ると思ってたから生きてこれた。 その時点で何年経ってもずっと寝たきりの今を知ってたら絶望して死んでたと思う。 知らないことが希望になることもあるんだね、人生は。 知ってることが今を支えて、知らないことが未来を創る。
寝たきりになってから、 『生きること』が生きる目的だった時代はしんどかった。 『遺すこと』が生きる目的になった今、 ほんのちょっとだけ生きやすくなった。 生きることよりずっと大事なものを見つけたから。
病気で寝たきりの私は思う。 生きる理由を探しているように見せかけて 『死ねない理由』を探すということ。 その『理由』を見つけたとき 人はちょっとだけ生きていける。 またその理由を見失ったとき 人は生きる希望を失い、 理由を新たに見つけたとき 人は息を吹き返す。 その繰り返しが人生。
今日から4月🌸 4月もよろしくお願いします٩( 'ω' )و✨
私、難病 #脳脊髄液減少症 で寝たきりなのですが、病状が芳しくなく、天国に行きたいと思ったのです。 そんな時、空から舞い降りてきた曲です🌈 この曲にたくさん慰められて、心救われました。 今、辛い思いや苦しい思いをされている方の心にこの曲が届きますように☺️
生きる意味を“自分”のために託すのはしんどいけど、 生きる意味を“誰か”のために託すと、 不思議と生きる力が湧いてくることってあるよね。 誰かの喜びに心を寄せたい。 誰かの悲しみに心を寄せたい。 そして誰かのありがとうに心を救われ、 また生きようと立ち上がる時に、決まって優しい風が吹く。
『失敗したらどうしよう』の『どうしよう』の部分を決めてしまうこと。 『失敗したらこうしよう』まで決めて臨むのが本当の挑戦。
人をうらやましいと思うことで、人を妬む場合がある。 人をうらやましいと思うことで、自分を高めていける場合がある。 どんな環境下であっても、心の持って行き方は自分次第。 どちらの人間になるかは他者ではなく 自分で「決めることができる」
難病寝たきりの私が、病気から学んだこと 出来るだけ『死にたいと思う時間を少なくすること』 …それが生きるということ。 出来るだけ『生きたいと思える時間を多くすること』 …それも生きるということ。
些細な不幸が重なって 事故で寝たきりになった。 今でも信じられないし 信じたくない事実がここにある。 今、私が望むことは 些細な幸せを積み重ねて 自分と周りの人、両方を幸せにする事です。 今度は1人じゃない。 支えてくれる仲間がいる。 信じられる確かな夢がここにある。
難病寝たきりの私が看護師をしていたとき、先の長くない患者さんは口を揃えてこういった。 「好物を食べておけばよかった。もう受け付けない。」「〇〇と行きたかった場所に行っておけばよかった」「会っておけばよかった」この時、皆求めていたのは夢のような世界でなく、『当たり前の日常』だった。
病気で寝たきりの私にとって、 命があるから『やりたいこと』ができるんじゃなくて、 『やりたいこと』があるから生きていけるなんだよね。 今の重い病状では生きてていいことなど無いから、 少しでも『生きていたいと思える何か』を創って そうやって今日も生きている。生き抜いてゆく。
病気で寝たきりの私にとって、 命があるから『やりたいこと』ができるんじゃなくて、 『やりたいこと』があるから生きていけるなんだよね。 今の重い病状では生きてていいことなど無いから、 少しでも『生きていたいと思える何か』を創って そうやって今日も生きている。生き抜いてゆく。
本当は病気が治ってから色々なことがしたかったし、治療で治せるものなら心の底から治って欲しかった。寝たきりピアニストで活動を始めようと決めた当初「この複雑な心境を抱えながら前に進めるのか?」…そんな思いもあったけど、続けてこれたのは聴いてくださる皆さんがいたからです。ありがとう☺️
もしも、健康だった頃の自分と今の自分が対面したら...。 悩みの基準や価値観が合わず、大喧嘩していると思う。 それぐらい病気は人生を変える。 良い意味でも悪い意味でも。 体は健康だった頃の自分が好きだ。 なんでも出来るから。 心は今の自分が好きだ。 同じく『なんでも出来るから。』
病気で寝たきりの私、元気だった頃バイオリンを弾いてみたい夢があった。 あの時元気だったのにやらなかったことに後悔して、 寝たきりになってから独学で始めた。 『やりたいと思った時』が『やりたいと思った中で一番早い』ことを忘れないでいたい。
激頭痛の時は「頭痛さえマシになればいい」と思い 少し和らげば「食べ物が通ればいい」と思い もう少し和らげば「音楽が聞ければいい」と思い さらに和らげば「ピアノが弾ければいい」と思い その上和らげば「曲が世界中に羽ばたけばいい」と思う。 その時その時の「一歩先」の希望が私を支える。
人生終わったと思った『その瞬間』が新たな人生の始まりです。 終わりがあるから、新たな始まりがある。
『もっと大変な人もいるんだから』 …これを『自分を』奮い立たせるために使うのは素晴らしいことでも、 『もっと大変な人もいるんだから』 …これを『他人を』元気付けるために使うと傷付けることがある。 同じ言葉で違った形をしている言葉ってたくさんあるよね。
難病寝たきりの私は『死』に救われた。 病気の苦しみから逃れるために『死』を決意し、 『死ぬ前にやりたかったことをやってから死ぬ』ことにした。 やりたかったことをやっていくうちになんと夢ができてしまった。 『死』が『死』を遠ざけた。 …そんな私は今、ピアニストをしている。生きている。
難病寝たきり書道家・星野希望です。 作品をベッド上から届けています。 今日の書 『自分らしく輝こう。』
病気で寝たきりになって気づいたこと。 死んでもいいと思えるほどの苦しみや哀しみはいくらでも転がっているのに、 生きる意味は誰も教えてくれない。 それを捜し求める旅に出かけること。 …それが人生だと思う。 生きるって難しいけれど、 そこから見つけ出した光はどんな時も美しく輝いている。