自分に非があると自覚していたとしても、自分の非を批判されると感情的に反発してしたり、無理矢理にでも正当化してしまうのが人間です。人間はそれだけ弱いのです。だからこそ、悪いと思った時に非を認めて改善しようとする人は、それだけで信頼されるし、格好いいのです。
憎悪は心の中の毒です。許しと愛情は解毒剤になります。心と身体を蝕む憎悪という毒は、許すことや人を愛することで消え去り、心の平安を取り戻せます。
何を失っても人生はマイナスになるわけではない。またやり直せばいいだけですし、これまでの人生経験の積み上げもあるのですから、まっさらになっている訳ではないのです。
不安になりやすい人は、不安のタネがすぐに見つかると言う。不安のタネを見つける心癖が心配性の正体です。
自分を裏切るがどうかを決めるのは、相手が決める他人の課題です。一方で、自分の心を信じることは自分の課題です。他人を信じようとするより、自分の心を信じるようにしよう。それなら、自分の課題として割り切れる。
何もかも考え尽くして、最適な道を選ぶことは現実的に不可能。最終的には今の自分にある可能性の中から、勢いで道を決めるしかない。
ダメな自分を変えたいと願う気持ちは誰しもが持っています。しかし、ここに大きな落とし穴があります。それは自分をダメ人間だと決め付けてしまっているということ。自分をダメだと思っていたら、ダメな自分は変わることができないという考え方になってしまいます。(続く)
裏切られたということは、自分にも裏切られるような非があったということです。裏切ってきた人を憎み続けて時間を無駄にするより、自分にも非があったと考えて次に進みましょう。
人によって態度が違う人は、信頼するに値しない人です。自分さえ良ければいいと思っているからです。
落ち込むことは誰にでもある。いいこともあれば悪いこともあるのが世の中です。明けない夜はないように、終わらない苦しみはありません。必ず抜け出せると信じて、苦境に立ち向かってください。その勇気こそが、あなたを幸せにします。
言いたい人には言わせておけばいい。勘違いしてる人は、勘違いしたいだけの人なのだから、いちいち正してやる必要はない。勘違いさせておこう。
自分がつらい思いをした分だけ、他人も同じくらいつらい思いをしても仕方ないと考える人は人間性に異常がある。つらい思いをした分だけ人に優しくなるからこそ、つらい経験はあなたの糧になる。
「我慢できる」ことが大人なのではない。我慢せずに話し合ったり、解決に向けて冷静に対応できることが大人なのです。
悪口を言う人は暇な人。自分のことで忙しく充実した生活を送っているあなたには、悪口を言ってくるような人にかまう必要はない。
人に言われた嫌な言葉がずっと忘れられなくてつらい時には、どんな言葉もその人の勝手な主観に過ぎないと考えることです。他人の言葉をそのまま受け取らす、自分の中で受け取り方を変えればいい。どう捉えようとそれはあなたの自由だからです。note.com/adlersalon/n/n…
前向きな考え方をいくら知ったとしても、それを自分の思考習慣になるまで繰り返し自分に言い聞かせて低地させないと忘れてしまいます。
上手くいかないと悩んでいる人は、すぐに諦めてしまっているだけ。膨大に思えるようなことでも、一つひとつ片付けていけば必ずゴールは見えてきます。
幸せそうな人と自分を比較して、嫉妬したり自分を惨めだと思う理由はあなたがあなたを愛していないから。幸せな人はあなたから幸せを奪っているのでなく、幸せは誰にでも得られるものです。
人間関係が苦手な人は、人の気持ちを考え過ぎて疲れてしまっているだけです。他人の気持ちは究極的には理解できないものだと割り切ってしまいましょう。
「暇」であることほど、人を悩ませるものはない。人が悩むのは暇で仕方がないからである。
他人を傷つけるようなことをしておいて、「気にする方が悪い」と思う人は人間性が歪んでいます。どんな理由があるにせよ、傷つけた方が悪い。少なくとも、傷つけた当事者がそんなことを口にしても思ってもいけません。
すぐには解決しないという不快感を受け入れると、解決策が見えてくる。未解決の状態に耐えられず、どうにもならない不快感をすぐに何とかしようとすると、八つ当たりをしたり、サボったり、逃げたりしてしまい、本質的な解決策から遠ざかる。
楽しいことがないのではない、楽しみたくないのだ。楽しいことはあるものではなく、自分で楽しいと思うか思わないかで決まる。今を楽しもうと思えば、いくらでも楽しめるのです。
露骨に不機嫌な態度を取る人は、精神的に未熟な人です。決して、あなたが悪いことをしたのかなんて疑ってはいけない。
無理に前向きになる必要はない。落ち込むことがあるのが当たり前だから。無理に前向きになろうとするより、落ち込みすぎないようにした方がいい。