毒親は加害者である自覚がない。それどころか、ちゃんと育ってくれない子供のせいでつらい思いをしたり、周囲が自分を助けてくれないと嘆いて自分のことを被害者だと思い込んでいます。自分の子供が自己肯定感を高く持ち、自分らしく幸せに生きることを妨害して支配しようとする親には愛情はない(続く)
他人から認められるかどうかを基準に生きていると、他人からの評価で幸福度が左右される人生を生きることになります。他人からどう思われるのかによって幸福度が変わる人生は、まるで自分の人生ではなく他人の人生です。自分だけの人生、自分にしか責任は取れないのですから自分基準で生きましょう。
悪質な宗教はただの不安商売。すべての宗教が悪質な訳ではありませんが、人の不幸や不安につけ込んで食い物にすることは許しがたい。
わざわざ不機嫌な態度を取る人は、人間的に幼稚すぎる。不機嫌で他人を動かそうとする人は、自分のために他人が変わってくれることを待つ子供のような存在です。大人になりきれない大人を、まともに相手にしてはいけない。
生きることに理由はいらないし、誰かに認められる必要もない。もう少し肩の力を抜いて、気楽に生きることを自分に許してあげよう。
裏切られることは自由の始まりです。ずっと騙され続けるくらいなら、裏切られて自由になれた方がいい。裏切られるからこそ、人は自由になれて自分の人生が生きられるようになるのです。
自分の話ばかりする人と、自分の聞きたいことばかり聞いてくる人は似ている。自分のことにしか関心がないからです。
頑張って尽くしていたのに、それでも嫌われてしまうこともある。でも、嫌われても追う必要はない。そういう人とは近いうちに離れる運命にあったのです。縁がある人とは何度でもまたあるものです。
「苦しんでいるのはあなただけじゃない」は、苦しんでいる人には禁句です。正論ですが、苦しんでいて身動きが取れない人には正論よりも「共感」の方が必要なのです。
心地よい関係は「相性がいい」か「相手の我慢」のどちらかで成り立っているものです。我慢で成り立っている関係なら、遅かれ早かれ終わります。親しい間柄だからこそ、思い遣りと礼儀が必要なのです。
どれだけ頑張っても、人は自分にできることしかできないものです。それなら、理想に到達できない自分を責めるのではなく、少しでも前に進めたことを喜びましょう。
努力している人は、夢中になっている人には勝てない。「過程」が苦痛で「結果」のみが快感なことは、結局は過程が甘くなって大した結果にはならない。過程が快感で、結果がさらに快感なら遅かれ早かれ大きな結果に繋がる。成功する人は嬉々として成功している。失敗する人は嫌々として失敗している。
何の為に生きてるのか分からなくなっている人は、自分が生きたい自分の人生ではなく、他人からの期待に応えて他人の人生を生きている。自分がやりたいことではなく、世間で良しとされていることをやったり、自分以外の誰かになろうとする人生では、生きづらくなるのが当たり前。自分らしくいこう。
どのような過去を持っていようと、どんなハンディがあろうと、人は必ず成功した幸せな人生を送ることができる。
心を悩ませている人は、自分が普段からネガティヴな言葉を使い、ネガティブな態度を取っていることに自覚がない。そうして、同じように心を悩ませる人を集めては悩みを深めてしまいます。前向きな言葉の態度を意識していきましょう。
自分を幸せにできるかどうかは、自分次第です。幸運は待つものではなく、自分からつかむもの。不幸である理由を自分以外に見つけようとすれば、本当にどうしようもなくなります。他人はあなたが思うほど、あなたのことを優しく思うことはないと悟ることが、自立して幸せになる為の第一歩です。
上手くいかせたいのなら、甘えている自分を自分で乗り越えることです。誰かに何とかしてもらおうという気持ちが少しでもあれば、基本的に上手くいかない。
人生は嫌いな人のことに注目していられるほど長くはない。短い人生、好きな人達にだけ注意を向けて、幸せに生きることが正解です。嫌いな人に頭を悩ませていたら、嫌いな人の為に生きることになってしまいます。頭にくる人達のことなんて無視して、楽しいことと好きなことに意識を向けよう。
「みんなが言ってるから」っていうのは、その人の個人的な意見に過ぎない。大衆の正義を振りかざして個人的な願望を実現させようとする自己中がよく使う常套句です。
耳の痛い話にこそ、本当に学ぶべきことが隠されているものです。なぜなら、耳が痛いということは図星だからです。
恵まれなかった家庭環境など、生まれ持ったハンディキャップを言い訳にして、他人に迷惑をかけても仕方ないと諦めている人とは関わるべきではない。人よりも恵まれなかった過去を切り札にして、自分が他人に迷惑をかけることを正当化する人からは離れましょう。搾取されるばかりです。
悪口を言われてもスルーしよう。悪口を言っていられるほどヒマな人は、あなたの敵にすらならない小物に過ぎません。言葉の暴力で他人を傷つけるような人は、そもそもの人間性が疑わしいので悪口を言われても相手にするべきですらありません。
何かを始めるのに絶好のタイミングなんてものはない。やりたいと思った時が始め時です。始めるタイミングは自分から動いて作り出すものであって、やってくることを待つのではない。
あなたが失敗したことはあなたしか知らないし、誰もあなたのことにあなたほどの興味はない。あなたの失敗を笑う人も、あなたを馬鹿にして安心したいが為に笑っているのであってあなたのことを本気で下に見ている訳ではない。
自分の心を縛り付けているのは、他の誰でもない自分自身です。自由とは、自分で自分に与えるもの。