舘野仁美です。アニメーションの現場で教わった不文律を記憶に頼りながらつぶやくことにしました。新しいルールを否定する意図はありません。私の経験を伝えることで現場の仲間の力になりたいと思いました。よろしくお願いします。
口パク(セリフ)は3コマ打ちが基本です。2コマ1コマを混ぜたりしません。閉じ口を効果的に混ぜて、開き口と中間口だけの単調な繰り返しにならないように工夫します。乱れ打ちのタイムシートは3コマに必ず直しました。監督いわく、さんざん試したあげく3コマ打ちが最良という結論になったそう。
3コマ打ちの口パク。閉じ口が1、中口が2、開き口が3でタイムシートを作る例をひとつ。323121321323123131231、のようにセリフに合わせながらメリハリをつけます。セリフに「ん」がないから1を使わないなどと考えないこと。画像に取り込めるなら色々試行錯誤して収まりのよい数字を探します。
アニメーター志望で、普段キャラクターしか練習していない方へ。今日から背景つきのキャラクターを描くようにしませんか。背景を描くためにはパースやライティングの勉強も必要です。いずれレイアウトや企画書に添付するイメージボードを描くために。
原画の方や動画の方へ。もっと仕上げの方と仲良しになりましょう。近くにいないくても感謝の気持ちを持つだけでいいから。黙って作画の見落としを拾ったり、絵をきれいにしてくれているのです。もし打ち上げで会える機会があったらお礼を言いましょう。いつもありがとうって。これ、大切。
100人アニメーターがいたら、答えは100通りあっていい。習いたては模写や真似をし、自らもスケッチやクロッキーを重ねて自分を磨く。アニメーション以外の要素、例えば絵画や文学、音楽も栄養にして自分を育てる。あとはひたむきに仕事をする。いつか自分が輝く宝石や美しい花になるためです。
アニメーターは俳優であり、衣装や舞台美術であり、照明係でもあります。動物や植物、水や風にさえなれるのです、色々なことを知りましょう。見ましょう。一枚絵だけでなく、動きでも表現できるようになるために。身近な場所からでいいのです。見て、記憶で描けるように訓練を始めましょう。
新人アニメーターのかたへ。わたしは小さなスタジオも個人外注も経験しています。もしフリーや歩合で仕事をするなら請求書の書き方をまず覚えてください。カットの発注書は保存して実作業の枚数と違っていたら正しい枚数で請求します。請求しないとギャラはもらえません。請求までがお仕事です。
若葉マークの原画の方へ。動画はあなた方の味方です。どうか失礼な態度をしないでください。大切にしてください。素晴らしい腕を持つ動画の方がいるのです。彼らは誇りを持って仕事をしてきたのです。元の原画を何倍も素敵にして完成させてくれていることがあることを知ってほしいのです。
作品の打ち上げパーティーなど、他の部署の方と会える機会を逃してはいけません。勇気を出していつもお世話になっております、勉強中なので色々教えてくださいとご挨拶しましょう。連絡先をうかがったら名刺をいただけるかもしれません。仲間と固まってご馳走食べてばかりではいけませんよ。
制作の方へ。沢山描きこみがある動画や仕上げにはプレミアをつけてもらえませんか。外で切る食事の領収書を何回か減らしてはどうでしょう。固定給や拘束料をもらえる立場になって、大切なことを忘れてしまっていませんか。制作管理とは何か、改めて考えてほしいのです。
遠大な計画になりますが、もっといい企画をアニメーションに持ち込みたいなら、銀行員を目指してください。出世を重ねてのぼりつめたらよい企画に出資するためです。その場合野望はできるだけ人に知られてはいけません。周到に準備をしてくださいね。
届かないかもしれないけど、上級管理職の皆様へ。現場は畑のようなもの。収穫だけを望んでいても痩せた実りしか生まれません。水や肥料や太陽も必要です。どうか末端にまで栄養を与えてください。でないといつか畑は枯れてしまうでしょうから。
制作費が少ない作品が大化けすることもあるでしょう。それは決して偶然ではありません。骨身を惜しまず献身したスタッフたちのおかげです。つらくても良い作品にしようという気迫や執念が結実しただけなのです。今も昔もアニメーションはお金と手間がかかるものということを忘れないでください。
絵コンテも大切な設計図ですが個人外注動画の時は渡してはもらえませんでした。絵コンテが読めないと自分がどういうシーンを担当しているのか理解できないまま作画することも多いでしょう。ペラ一枚でいいからいつかこういうことも改善してもらえたらと思います。内容を知ることは仕事の質を上げます。
年始なので、いにしえの名作を観ませんか?東映動画の昭和時代の長編作品は特におすすめです。歩き、走り、風、波、炎。贅沢でかつ上品。アニメーションの品格を感じてほしいのです。キャラクターの所作やたたずまいにただならぬ美意識があります。今は決して作れない素晴らしい遺産なのです。
若いうちから品格ある作画を知ってください。もし身につけることができたら、それは武器になります。安っぽい流行りや自意識に惑わされず自分の美意識を磨きあげるのは簡単ではありません。しかし何年も洗い晒されても色褪せることないアニメーションには、品格ある描き手が必要なのです。
頑張りすぎると心を壊すと世間は言うけれど神作画クラスで頑張りすぎていない人はたぶんいません。狂気の沙汰と言われても描き続けられることこそが天分なのかもしれません。そんな危険なことを万人にお勧めはできません。紙一重の境地を歩む覚悟がある者だけが神作画の域に到達できるのです。
アニメーションの仕事の中で絵は描かなくても大切な仕事が制作です。中でも制作進行は仕事の要です。演出やプロデューサー、制作会社の社長になる方は制作進行からステップアップする方が多く、クリエイター達のスケジュール管理、上がりの回収、時には演出助手として撮出しも行う激務です。
映画公開日は金曜日か土曜日。最初の週末の動員数が勝負です。このたった三日間ほどでその映画をあと何週間公開するか決められてしまいます。それが興行の世界の掟です。ですから応援したい作品はなるべく公開第一週の週末に行かねばなりません。海外で有名な賞でも取らない限り挽回はないのです。
速い、安い、上手いがいいんだ。監督が新人アニメーターに対して激励に使った言葉です。「安い」は勘弁して貰いたい所ですが、「 速 い」はとても大切です。時間をかけて丁寧に描く事は一定の人に可能ですが、 速くしかも上手く描く事は至難の技だからです。意識的に速く描く訓練が必要です。
消費者にならない。これから作品を生み出そうとしている方は、誰かまたは何かの大ファンであることを一旦卒業しましょう。消費者にならないというのは、お買い物だけのことではありません。今まで好きだったものたちを礎にしながらも、今度は自分が新たに創り出す段階に来たのです。
趣味のファンアートをやめなさいという話ではありません。本気で自分の作品を世の中に出していく時に達したなら、誰かに熱狂するエネルギーを自作に傾けなさいという意味です。「消費者になるな」は監督が周りにいるクリエイターの卵たちに向けて、しばしばつぶやいていた言葉です。
アニメーション作品はトップクリエイターがいれば成立しているように見えますが違います。ユニットまたはチームなのです。完全な人などいません。プロデューサーであれ監督であれ、お互いに欠けている部分を補い合っているのです。そして輝く人の後ろには必ずそれを支えるスタッフが隠れているのです。
原画志望のアニメーターの方へ。原画は見よう見まねでは描けません。出来るだけ堅実な仕事をされているベテランの原画の方に弟子入りをしてください。学ぶことは原画の大切な決まり事や作法。熱意をもってお願いすれば時間を割いてくれるはず。なぜならその方もかつてそうして教わったはずですから。