つまり、あなたの目の前でいま何事もないように該当の話題に相槌を打っている人は、当事者であることが周囲に悟られないように必死に「ふつう」を振る舞っている人なのかもしれない、ということです。
少しでも不審な振る舞い、情緒の揺れ動きが大きい振る舞いをしてしまえば悟られてしまうし、かといってマジョリティであるあなたの言動に合わせて「ふつう」に反応することは、自身に対して嘘をつくことになる。そういう状況を作らないためにも、不用意にその話題を出さないようにしましょう。
当事者であることを簡単にカミングアウトできると思わないでください。友人だろうと家族だろうと、とにかくどれだけあなたと親しくて距離が近かろうと、マイノリティであることを知らせることは簡単なことではありません。「言ってくれればよかったのに」なんて絶対に言ってはいけません。
当事者であることを隠して生きている場合、このような大きな出来事があった翌日に仕事や学校を体調不良で休むことは難しくなります。「当事者であることを推測されるのではないか」と考えるからです。
ここからは「いま別のことを少しでも考えられる人」に向けての投稿です。これ以降、該当の話題を外で気軽に言及するのはやめましょう。自身が当事者であることを表明せずに生活をしている人は、あなたのまわりにたくさんいます。かれらの心身の疲弊をこれ以上増やさないようにしましょう。
生きてほしい、と願うことがどれだけ自分勝手で時に暴力的なことか、わかっていてもそうせざるを得ないときがある。そんなことは日々、文字通り毎日起きていることだけど、いまは特にそれを強く思うし、表明しておかないといけないと思う。私はまだあなたに会えていない。まだ生きていてほしい。
お店をやっていていつも思うことは、SNSで見かけるあなたやウェブストアで買ってくれているあなたと、いつかどこかで直接言葉を交わしてみたい、そしてその関係性が可能な限り長く続けばいい、ということです。もちろん、ふだんお店に来ている(けど名前すら知らない)あなたのことも。生きてほしい。
あと、差別やヘイトを故意に発したり、嘘や誤魔化しでズルく生きることに快楽を感じてしまうのは、それはそれである種のSOSの発露だと思うので、誠実に生きようとする者を巻き添えにして自滅するのではなく、素直に助けを求めたほうがいいです。
誠実な振る舞いが報われない。差別やヘイトの対象にされ気にせざるを得ない生き方を強いられる。娯楽のみならず生命維持のための衣食住にすらアクセスできない者がいる。嘘や誤魔化しでズルく生きる者のみが得をする。そんな状況を「気にせずに済む」者だけが、今日もなにも知らないまま生きている。
たしかに「気にせずに済む」のは幸せなことだけど、それは「知らないままでいる」ことでもあるし、そうやって「知らないうちに」自分の生活も破綻させられる未来がすぐそこにあるということ、気がつくのなら早いほうがいい。
つらすぎるな、この社会。
対人コミュニケーションの得意不得意に関するものに限らず、このような「みんなと違うことをやってると変な目で見られてしまう」ということを意識させる記事、もしくは教育環境は、端的にまとめると「誰にとっても悪影響」なのでやめましょう。 twitter.com/jijicom/status…
この「場所」はそのまま「社会」へと敷衍可能なものですので、性犯罪をなくすために必要なのは、社会全体に反差別や反ヘイト、つまりセーファースペースの意識を根付かせることです。トランスジェンダーを筆頭とした「ジェンダーレストイレを必要とする」人たちを拒絶することでは、決してありません。
当店のトイレはジェンダーどころか色々とフリーですが、今まで一度も事件が起こったこともその気配もありません。なぜならお店のポリシーとして「セーファースペース」を掲げている場所に加害意識を持った人はやってこないからです。つまり問題なのはジェンダーレスではなく「場所(の空気)」です。 twitter.com/reinanananisor…
私の主張はあなたのその「反論」を批判しているものなので、なぜこのツリーにその「反論」をしてきたのかが理解できません。しかし、あなたもまた「自己責任論で苦しめられている人」のひとりです。みんなで楽になりましょうね。 twitter.com/k_j_551/status…
仮に私たちに「悪いところ/改善すべきところ」があるとするならば、それはひとえに「政治=社会に関心を持たずに自分たちの世界にだけ引きこもっていたこと」と言えるでしょう。ということで、今からでも遅くないのでやれることをやっていきましょう。明日選挙がある地域の人は必ず行くこと。
そして、この「私たち」の中には「読者」も含まれています。本屋の衰退が嘆かれるとき、本屋を愛する者もまた自らを責めている。自分にもっと力(例えばお金)があれば、あの本屋を救えたかもしれないのに。そんな自己責任、自罰はもうやめましょう。やる気のない政治家以外、誰も得しません。
本を買いたくても買えない(=お金がない)、読みたくても読めない(=時間がない)、そういう人がたくさんいることを本屋は身をもって知っています。本屋自身がそうだからです。にもかかわらず本屋衰退の原因を「私たち」のせいにされるのは、納得がいきません。
ゆえに、本屋である前にひとりの主権者である私たちがすべきことは、まずは政治=社会=環境を変えることであり、そのためには私たち本屋の意識を変えなくてはいけません。私たちはすでに頑張っています。これ以上「自己責任論」に蝕まれないでください。
そして、パイの総量を増やすのは主に政治の役割です。個々人の努力でどうにかならないことや、その努力を活かせる環境を作ることが政治の仕事。言うなれば政治家はグラウンド整備の仕事を担う存在であり、穴だらけの地面を作ったり、逆に特定の場所だけ綺麗に整えたりしてはならないのです。
仮に本が勝って映画が負けたとしましょう。映画業界は衰退し、そこで働く人は収入が減ります。当然映画業界人の中にも本を読む人はいるわけですから、その分本を買うことが減り、結果として本屋の収入も減ります。つまり、大事なのは「パイの総量を増やすこと」です。
根本にある原因は政治=社会状況の悪化であり、そこを改善しなければいくら本や本屋の魅力を高めたり伝えたりしても抜本的な解決にはなりません。それではほかの娯楽や必需品との「パイの奪い合い」にしかならず、本が勝てばそのほかのものが負けるだけです。
本屋として正直に申し上げますが、閉店する本屋の名前が違うだけで書いてあることは同じような記事をもう何年もずっと読まされてきていますし、いまだに本屋衰退の原因を「電子書籍やネットの普及」に求めているのもいい加減にしてほしいです。 twitter.com/jun_ito_info/s…
うるっっっっっっっっせええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(インボイス登録しない人だけのコミュニティを作って、ゴリゴリに経済回して生存してやろうぜみなのもの〜) twitter.com/YahooNewsTopic…
差別(の構造/がある環境)を利用した冗談に遭遇したときにとるべき行動は ①差別であることを直球で指摘する それが難しい状況にあるならば、 ②場の空気に同調しない(=笑わない)ことで、その冗談が面白くないことを理解させる 大きくわけるとこの2つになるかと思います。