早坂隆(@dig_nonfiction)さんの人気ツイート(新しい順)

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8月15日を過ぎても悲劇は終わらなかった。ソ連軍は南樺太に侵攻。追い詰められた看護婦たち23名は、手首にメスを入れるなどして集団自決。生き残りの一人である鳴海寿美さんは「自決前に皆で歌を唄いました。皆、本当にいい人たちでした」と言ってうつむいた。彼女の手首には深い傷跡が残っていた。
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文春オンラインに以下のような記事を寄稿。是非ご一読を。 「助けて!」北の海に響いた子供の絶叫、千切れた手足はカマス袋に…「北海道にたどり着けなかった」人々を襲った「不条理な暴力」 | 76年目の「終戦」 「大東亜戦争の事件簿」三船殉難事件 #1 #文春オンライン bunshun.jp/articles/-/477…
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靖國神社を参拝する議員をニュースにするのではなく、参拝しない議員をニュースにせよ。
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8月15日。 日本人が戦争と平和について深く思いを寄せるべき日。 戦時中、多くの方々が「未来の日本人のために」との思いで身命を賭して戦いました。 そんな戦没者の「みたま」に哀悼の誠を捧げることは、言わば当然の行為ではないでしょうか。 「未来の日本人」の一人として。
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ペリリュー島など、海外に放置されたままになっている戦没者のご遺骨の数は、実に112万柱にも及ぶ。遺骨収集は、国と戦没者との大切な約束。戦没者を二度死なせてはならない。
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「対馬丸事件」については、最新刊『大東亜戦争の事件簿』(扶桑社)で詳しく触れました。生存者の方の貴重な証言も取材することができました。是非とも宜しくお願い致します。 大東亜戦争の事件簿―早坂隆 amazon.co.jp/dp/4594088236/@AmazonJPより
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沖縄から本土に向かう学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦の魚雷攻撃によって撃沈された「対馬丸事件」。犠牲者数は子供を中心に1500人近くにも及びます。沈没現場の海は荒れており、子供たちの泣き叫ぶ声は、少しずつ消えていったと伝わります。何年経っても鎮魂の思いを寄せたいものです。
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通州事件以外にも日本人が虐殺された事件は実は多数あります。例えば小山克事件。昭和20年8月13日、満洲国の小山克で、武装勢力が列車を襲撃。標的とされた日本の民間人が多数殺害されました。強姦も起きたため、100人以上もの女性が崖から身を投げて自決しています。忘れられた犠牲者に鎮魂と哀悼を。
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台湾にある「飛虎将軍廟」の祭神は、杉浦茂峰という日本兵。台南上空での航空戦の際、杉浦の乗った零戦は被弾。機体の降下先には集落があったが、彼は零戦を懸命に操作し、村への落下を回避した。結局、杉浦は米軍機の攻撃により絶命。この恩に報いようと集落の人々が建立したのが飛虎将軍廟。
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大東亜戦争は「失敗」と「成功」の両面をバランス良く学んでいくことが重要だと思います。これは現在のコロナ対策等にも言えることですが、全てを「失敗」と断定し、全てに「反対」する過剰な人たちが、人々の冷静な判断を狂わせ、社会を混迷させていきます。奥行きのある是々非々が大事です。
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終戦前の昭和20年7月、沖縄の石垣島から台湾に疎開する島民を乗せた2隻の小型船が、米軍機の攻撃を受けて遭難。漂流者たちは尖閣列島の魚釣島に上陸しましたが、餓死者も出る惨劇となりました。犠牲者のご遺骨は、未だ島内に残されています。一刻も早く魚釣島で遺骨収集を行い、慰霊祭をすべきです。
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「コロナ禍で鬱(うつ)が増えた」というが、その要因の一つはワイドショーでは? 戦時中の新聞メディアと同様、誤報を繰り返し、煽りに煽った責任は? 「コロナ鬱」じゃなく「ワイドショー鬱」だろう。
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「専門家ではない出演者がコメントする」という形式のテレビ番組はもうやめたらどうか。海外には日本のワイドショーのような番組はほとんどない。日本でも夜のBSには比較的まともな番組があるように思うが、昼間の地上波は本当にひどい。
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先の大戦を通じた「失敗学」はもちろん重要。軍への批判も多角的に行えば良い。しかし、だからと言って、軍そのものを「悪」の一語で括ってしまうような史観はあまりに安直。軍人の中にも樋口季一郎や中川州男のような学ぶべき人物は多くいた。こういった先人たちも教科書で丁寧に教えていくべき。
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出撃直前、子犬を抱く特攻兵。彼の名は荒木幸雄、17歳。荒木の属する第72振武隊は、自分たちのことを「ほがらか隊」と呼んだ。昭和20年5月27日、「ほがらか隊」は鹿児島県の万世飛行場から出撃。荒木の搭乗機は、沖縄本島中部に広がる金武湾の東方において、駆逐艦「ブレイン」に突入した。合掌。
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潜水服を着て海中から棒機雷で敵船艇の船底を突き上げる人間特攻「伏龍隊」。元隊員の片山惣次郎さんはこう語る。「今の人たちには笑われてしまうかもしれませんが、あの潜水服を着て実際に海に潜った人たちは皆『利他行』でやっていたんですよ」。利他行の反対語は自利行。利他行を私は笑わない。
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大東亜戦争における最大の失敗は「国際情勢の読み違え」。戦前の日本は米英から離れ、国内の「親独派」に引っ張られてナチスドイツと手を結んだ。現在、新疆ウイグル自治区の人権問題に関し、G7の中で日本の反応が最も鈍い。これ以上、国内の「親中派」に引っ張られたら、再び道を誤る。
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五輪に関するメディアの恥も外聞もない手のひら返しを見ていると、大東亜戦争を泥沼化させた最大の要因が新聞などの各種メディアだったことを思い起こさせる。結局、コロナ禍において社会不安を煽り、人々の生活を最も破壊したのは、ワイドショーなどのメディアだった。歴史は繰り返されたのである。
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先の大戦に関し、未だに日本とドイツを同列に並べて語ったり、「日本は加害者として相手が納得するまで謝罪するべき」と述べる人物がメディアに出ている状況には、国民もさすがにウンザリしているのではないか。いくら史実をもって丁寧に検証しても、彼らの史観は揺るがない。史実より思想なのである。
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台湾南部の農業の発展のため、烏山頭ダムを建設した八田與一。台湾では「最も尊敬すべき日本人」とも称され、その功績は教科書にも記載されている。そんな八田も1942年、乗っていた客船が米軍の攻撃に遭い死亡。その後、八田の妻は、かつて夫がつくったダムに身を投げて後を追った。合掌。
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特攻隊員・渋谷健一には、幼い子供と身重の妻がいた。彼は遺書にこう書き記した。「父恋しと思わば空を視よ。大空に浮ぶ白雲に乗りて父は常に微笑みて迎う」。昭和20年6月11日、渋谷は特攻死。奇しくも同日、妻・光は男児を出産。周囲の者たちは「生まれ変わり」と驚嘆して号泣した。
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特攻隊員となる少年飛行兵の教官役だった藤井一陸軍中尉は「お前たちだけを死なせない。自分も後から必ず行く」が口癖だった。しかし、妻子のある藤井に特攻命令はなかなか出ない。その事実を知った妻・福子は、夫の願いを叶えるために入水自殺。藤井の特攻はこうして叶った。合掌。
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先の大戦も、中国側からの多数のテロ事件が契機となって拡大していきました。最新刊『大東亜戦争の事件簿』(扶桑社)では多くの「排日・侮日事件」についても書きました。是非とも宜しくお願い致します。 大東亜戦争の事件簿―早坂隆 amazon.co.jp/dp/4594088236/@AmazonJPより
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「軍靴の響きが聞こえる」といった使い古された表現。戦争への警鐘を鳴らすのはもちろん重要だが、現在の国際情勢に耳を澄ませれば、最も警戒すべき不協和音の源が中国であることは明らか。そのことに言及しない政治家、メディア、評論家、芸能人は信用できない。
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日本の夏はお盆(盂蘭盆会)に死者を供養する古くからの風習と終戦の日が相まって、世界的にも珍しい独特の雰囲気に包まれます。少しでも御霊の慰めとなるよう、静かに鎮魂の気持ちを送りたいものです。そして御霊が微笑まれるような「安らかな国づくり」を目指さねばと思います。