Watanabe(@nabe1975)さんの人気ツイート(リツイート順)

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残された人生の間に一度台湾へ行き、国立故宮博物院で東坡肉と白菜の化石を見たいと願う。 (肉形石と翠玉白菜)
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義経の首は美酒に浸して黒漆塗りの櫃に収められ、鎌倉に送られた。首実検が和田義盛と梶原景時らによって行われたが「見る者皆涙を流した」という。 #鎌倉殿の13人
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トレンドに「くぅ〜w」が入っていて、往年のコピペ「くぅ~疲れましたw これにて完結です!」を思い出したインターネット老人である。
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Web版のTwitterに"For you"と"Following"というタブが表示されるようになった。前者はアルゴリズム表示、後者が時系列表示らしい。 (イーロン・マスク体制下でも、タイムラインごちゃごちゃ担当エンジニアは健在だったようである)
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「国家の安全を脅かす可能性のある活動」
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時房が後鳥羽上皇の前で蹴鞠の腕前を披露し、上皇は気に入って出仕を許したのは実話である。この時の京での経験が、後年時房が六波羅探題を務める際に役立ったという。 #鎌倉殿の13人
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今日はTLの動きが静かである。 「昭和の日」なので、皆8ビットパソコンを音響カプラに繋いでパソコン通信に勤しんでいるのであろう。
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中世の学生による落書き。教科書に落書きしたくなるのは、古今東西変わらぬ真理なのである。
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出勤する前から退勤する気まんまん
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武士同士が固い約束をする際に行う金打は、元々刀の刃や鍔を打ち合わせたことに由来する。僧侶が行う際は鉦を叩き、女性の場合は鏡を打ち合わせた。金属音に関係する呪術だろう。 #どうする家康
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トレンドの「バッハ高笑い」から、笑っているバッハ画像を探した結果。
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「グラフィックのクオリティが低すぎる」と炎上中のバーチャル・ジャパン・プラットフォームだが、これは20世紀末から21世紀初頭に青春時代を送った中年世代のノスタルジーを刺激するための意図的な演出ではないか。そうであってほしい。
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月代を剃る風習は平安時代末期から見られたが、もともとは戦で兜を被った際に蒸れを防ぐ目的で剃られたもので、戦後は総髪に戻っていたという。「貞丈雑記」によれば「合戦の間は月代をそれども、軍やめば又本のごとく惣髪になるなり」と記されている。
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「異常ツイッタラー」というワードが流れてきたが
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トレンドの「任意保険」を調べてみると、任意保険未加入で追突事故を起こした方が「高額請求と戦う」と吹き上がっていて、これは燃える要素しかない。
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「シチューでご飯を食べるのは日本人だけ」という言説を長い間信じていたが、フランスのブランケット・ド・ヴォー(Blanquette de veau)も米飯に添えられるという。ご飯は偉大だ。
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ある日突然、あなたに13人もの合議制ができたらどうしますか? それも……とびっきりむさ苦しくて とびっきりひねくれで とびっきり強欲で とびっきりの武辺者。 しかも、そのうえ…… 御家人達はみんなみんな、とびっきり! 権力を握るコトが大好きなんです…… #鎌倉殿の13人
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全て民明書房で解説できる。 #証拠を見せろ中国四千年
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セグウェイで聖地を目指すテンプル騎士団員。設立当初は「一頭の馬に二人跨る」ほど清貧で知られた彼らも、金融業で財を成すとセグウェイのような豪奢な乗り物を利用するようになった。
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上総介広常の死後、鎧の中から直筆の文書が見つかったが、そこには謀反の証拠はなく頼朝の武運長久を祈る内容が書かれていた。頼朝は広常を誅殺したことを悔やみ、千葉常胤に預けられていた広常の一族を皆赦免したという。 #鎌倉殿の13人
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北京冬季五輪における日本人ドゥンドゥン(敬称略) 辻岡義堂(ギドゥンドゥン) 織田信成(オドゥンドゥン) 羽生結弦(ゆづドゥンドゥン)
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躑躅ヶ崎館に自分専用の水洗便所を設置していた武田信玄は、水を使った衛生設備に関する知識が豊富であっただろうから、やはり前世はローマの浴場技師ルシウス・モデストゥスであったと考えられる。 #どうする家康
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「ワクチン二回接種は鎧を着込んだようなもの」と目にするが、だからといって矢弾飛び交う戦場にノコノコ繰り出すのも危険だ。 「甲冑を着込んで籠城」が正しいスタイル。
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「大学を職業訓練校に」や「三角関数より金融経済を学べ」という言説に接すると、我が国は抜き差しならないところまで貧しくなってしまったのかと思う。
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海外で見る不思議日本文化、大事にしていきたい。