初版道(@signbonbon)さんの人気ツイート(新しい順)

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「親の蔵書数と子どもの学力は比例する」という説が定期的に話題となりますが、過剰な蔵書はむしろ子どもの学力に悪い影響を与えるかもしれません。廊下・階段といった共用スペースまで本が侵食すると、親(ほとんど父親)と共に本を憎むようになるからです。そして親が死んだらすぐに本は処分されます。
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川端康成は太宰治『女生徒』の批評で、「文学の青春の一つの現れは、無謀なまでに極端な潔癖であつて、それが「既成の小説の作法」や「おとなしい小説」を避けて、純粋に自分のものを求め、健全な常識からは、「変質者の独語」と受け取られる」と。川端が説く「変質者の独語」には説得力があります。
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太宰治の初版本を差し上げた方が、若い頃太宰ファンだった高齢の御祖母様に見せたら、昔、自分も同じ本を持っていたと言われびっくり。本を手に取り『女生徒』を少し読んだ御祖母様は、「やっぱり太宰さんはいいね」とそっとつぶやき涙を流されたそうです。あるいは青春の思い出が蘇ったのでしょうか。
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太宰治の最後の机辺に遺された6冊と同じ本を、三鷹市に寄贈します。高い本はありませんが、同じ版で揃えるのは結構大変です。太宰治展示室の書斎に置き、来場者が自由に触れられること、という厄介な寄贈条件を快諾していただきました。太宰旧蔵書に付いていない帯の扱いについてはお任せしましょう。
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3年半ぶりに再び伺います。以下に挙げるのは、高校国語教科書によく採録される「定番小説四天王」です。一番好きな作品はどれですか?
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久米正雄が撮影した芥川龍之介のあまり目にしない写真です(大正11年8月)。避暑のために久米が借りた鎌倉の家を訪ねた時の姿で、女性は小島政二郎の婚約者。芥川は水着を着ているのかと思いましたが支那服とのこと。もっと面白い写真もあったそうですが、百年以上経てば、これでも十分楽しめます。
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今日は佐藤春夫の命日で、かつ太宰治の長兄津島文治が亡くなった日です。文治は死の直前に、太宰が迷惑をかけた春夫らに今でも頭が上がらぬと語っています。しかし身内ながら、誰よりも迷惑をかけられたのは文治でした。ちなみに彼が一番好きだった小説家は谷崎潤一郎。ここでも春夫と縁がありますね。
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昔も今も神保町で一番怖い古本屋において、昭和の終わりに耳にした、若い客の最も勇気ある質問。「6時過ぎたら値引きってありますか?」店主の返事は「6時過ぎたら5割増し」でした。常套句の「お前に売る本はない!」に比べれば、穏やかな応対だったと思います。
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今日は樋口一葉の誕生日です。泉鏡花は「紅葉先生の書かれるものでも、露伴先生の書かれるものでも、どうかすると、私にも、書けないことはないと私は思つた。しかし一葉の『たけくらべ』は私には絶対に書けないと思つた」と。神の如き師紅葉や大文豪露伴を引き合いに出すほど高く評価していたのです。
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今日は中原中也の誕生日です。昭和2年4月29日の中也の日記には「幼時より、私は色んなことを考へた。けれどもそれは私自身をだけ養ったことで、それが他人にとっては何にもならないことを今知ってる。あゝ歌がある、歌がある!進め。」と。或いは二十歳になった中也の決意表明だったのかもしれません。
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「お前の指を、手を、腕を、胸を、頬を、瞼を、舌を、歯を、脚を愛着した。」谷崎潤一郎ではありません。川端康成『少年』の一文です。歯から脚への移動が秀逸だと思います。
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「読まないと人生において損な近代文学は何でしょうか?」という質問を受けました。読んで良かったと思う作品は数え切れませんが、得をしたと感じたものはなかったです。文学作品はノウハウ本や攻略本ではないので、損得勘定を抜きに読んだ方が楽しめるし、結果として得られるものも多い気がします。
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知人の高校国語教師は近代の詩歌が大好きで、3人の子どもの名前は賢治・晶子・光太郎。「よく奥さんはOKしましたね」と言ったら、「いや、次男は中也にしたかったんだけど激しく拒否され、朔太郎もダメ。ようやく光太郎で了解してもらった」と。それを知ったお子さんは、母親に感謝していたそうです。
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今日が川端康成の命日であることを思い出し、何か初版本をアップしようかと。お問い合わせが多い『少年』(昭和26年、目黒書店)にします。BL文学の傑作として有名になりました。
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泉鏡花が夏目漱石の没後、親愛の情を込めて「夏目さん、金之助さん、失礼だが、金さん」と語ったのは有名ですが、弟への手紙に「猫夏目の処へわざわざ出かけたがネ、留守」と書いているのはあまり知られていません。「猫夏目」とはさすが鏡花。上手すぎます。
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誰も信じてくれないけれど本当の話。初版本コレクターを極めると、芥川龍之介と太宰治の初版本の匂いを嗅ぎ分けることができます。
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文系の「なぜ数学を勉強するの?」への模範回答。「代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまへば、もう何の役にも立たないものだと思つている人もあるやうだが、大間違ひだ。(中略)日常の生活に直接役に立たないやうな勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ」太宰治『正義と微笑』の一節です。
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大学生の時、読書家だった友人が急に本から離れたので理由を尋ねたら、「1日1冊読破という目標を達成しようとするあまり、本を読むのが楽しくないを通り越して、苦痛にさえなってしまった」と。何事も目標がノルマに変わってはいけないということでしょう。
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高村光太郎が戦後、花巻郊外に住んでいた時の本棚の一部です。宮沢賢治の本があるのは驚きませんが、ここに移った後で刊行された『中原中也詩集』(創元社)も、一緒に並んでいることに感動します。中也は『春と修羅』を早くから高く評価していたし、もちろん光太郎は『山羊の歌』の装丁者ですから。
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太宰治は「新しいということは文学のいのちです。そして真に新しい作品は、どんなに年月がたっても、少しも古くはならないものです」と語ったそうです。発表から70年以上経っても、全く古くならない『人間失格』を書いた作者の言葉だけに、盤石の重みがあると思います。
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公務員のフォロワーさんが異例の人事異動で文学館の配属に。狭き門すぎるので、異動の希望は出していなかったそうです。ではなぜ?思い当たることは唯一つ。前に提出書類の趣味欄に「太宰治や坂口安吾の初版本を集めている」と。何と素晴らしい人事課でしょう。もちろん今後はこの文学館を応援します。
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夏目漱石は弟子の岡田(林原)耕三が奨学金を貰えるように(しかも時期を早めて)奔走しましたが、本人にはそれを伝えなかったようです。半世紀以上経って、知人に懇願する師の手紙を『漱石全集』で読み、その事実を知った岡田は目頭が熱くなったと。自分だったら間違いなく号泣していたと思います。
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北原白秋は「啄木くらゐ嘘をつく人もなかつた。然し、その嘘も彼の天才児らしい誇大的な精気から多くは生まれて来た」と。与謝野晶子も「石川さんの嘘をきいてゐるとまるで春風に吹かれてるやう」と。嘘をこれだけ評価された人が他にいるでしょうか。しかも相手は、あの白秋と晶子。さすがは啄木です。
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今日は新美南吉の命日です。南吉と中島敦は①女学校の教師②生前の著書が2冊③戦時中に死去④代表作が国語教科書の定番教材(『ごん狐』『山月記』)などの共通点があります。そしてもちろん、もっと書いてほしかった作家であることも。画像は珠玉の第一童話集と第一小説集の初版本(共に昭和17年)です。
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高校入試で面接試験があり、「最近読んだ本は?」という質問に「菊池ヒロシの『恩讐の彼方に』です」と答えたら、面接委員が「ヒロシではなくカンだよ」と鬼の首を取ったかのように。そこで「いえ、本名はヒロシです」と言ったらむっとされました。幸い合格しましたが、決してマネをしないでください。