戦争中の格差を見せつける、軽井沢の別荘販売パンフレット。日中戦争が始まってちょうど1年の1938(昭和13)年夏のもの。この頃、軍需景気の金持ちがこういうのに目を付けまして。しかも普通の家は建築資材節約のため規制されて住宅不足なのに、別荘は規制外でいくらでも建てられるという矛盾。
やっと入手できたM69焼夷弾の殻。愛知県豊橋市に落とされたものと見られます。文章で何度も目にして展示を見た事もありますが、イメージより大きい。そして重い。これだけでも1.3キロ。こんなのが雨のように降ってくる…。それに耐えて消火活動せよと。凄まじい命令だ。
東京弁護士会が警視庁に送った「異例」の警告書 天皇制を批判した男性に公然と行われた尾行・監視|あなたの静岡新聞 at-s.com/sp/news/articl…ここまで戦前が来ている。是非読んでください。自分も驚きの一言です。
逆に、国民の手でさまざまな疑惑を解明させる機会を失わされたことに大いなる怒りを持っている。
戦時下、国民は等しく苦労していた、なんてことはなく、官僚が国の設備を使って気ままにしていた記録がこちらです。武井武雄さんが残してくれて感謝。 twitter.com/himakane1/stat…
この発言、先日ツイートした竹槍事件の懲罰召集と同じ発想。現実に効果があるかどうかではなく、こころよく思っていない勢力を叩くため戦争を利用している。 twitter.com/hashimoto_lo/s…
これは本当に何度でも強調してほしい。しかも「こんな紙くず」に実は価値があるんです。公文書館や地域の歴史資料施設に相談するとともに、行政はぜひ保管庫を大きく設計してもらいたいです。そしてさまざまな分野の学芸員を雇ってください。必ず百年後の人が助かります。庶民の普通の記録も… twitter.com/gunmasiryonet/…
発禁処分となった、1944(昭和19)年2月23日の毎日新聞。太平洋戦争の帰趨は海洋航空機の充実にありとする記事を載せて東条総理を激怒させったためという、竹槍事件の紙面。真っ当な政策批判さえ許さねば、誤りを正す道は閉ざされます。そういう事を周りが言ってくれて初めて軌道修正できるのに。(続)
歴史は終わったことの記録。出来ることは、歴史から学んで先にどう進むかということ。過去を気の沿うように書き換えようとしたところで、未来に一歩も進まない。過去に囚われるとはそういうことだ。
小林多喜二の拷問については千田是也が書き残していて「内出血で紫褐色に膨れ上がった両方の股(もも)、これも靴で蹴り上げられた痣のある睾丸、焼火箸を突き刺したらしい二の腕とこめかみの赤茶けた凹み」「警察は心臓麻痺だといいはり、あらゆる手を使って死体解剖を妨害した」。(続)
歴史戦とかいうけど、それが通ったとして得るものは何か。近隣国との緊張悪化(当然、拉致問題解決が遠のく)、アジア各国との関係冷却を始めとした国際的孤立。その結果、経済停滞、人手不足で必要な社会的な支えがなくなり(外国からも来て貰えない)福祉制度崩壊。疑心暗鬼の軍備強化で塗炭の苦しみ。
関東大震災の資料を逐次入手しているが、胃の痛くなりそうな金額💦 虐殺された朝鮮人の描写は辛い。数十人の足を縛って川にとか、64箇所に傷とか、妊婦も凄惨な状態。ゲンの描写で日本人の発想じゃないとかどっかで出てたけど、国家第一を刷り込まれた人間が人の命をいかに軽く見ているか分かります。
特攻隊員を女性蔑視の道具に使うとは、しかもその失礼に無自覚なこと。救いようがない。
日本軍がどんな戦闘をし、戦地でどんな行為をしたかは、妄想の中ではなく体験者の声や書類などでいくつも裏付けられています。こちら長野県松本市で編成され南京に向かっていた歩兵第150連隊の戦闘報告。兵士5人を捕虜としますが、「直に射殺す」とあります。(続)
こちらミッドウェー海戦を伝える1943(昭和17)年6月11日の読売新聞。戦争報道は大本営発表内容でと規制されており、戦争協力もしていた新聞ですが、国民に大敗北が伝えられなかった証拠品で、立派な歴史資料と言えます。歴史は決定的資料などなく、地味な重層的資料の積み重ねで把握するものなのです。
日中戦争は戦争目的が不明確だったと説明したら不勉強のクソザコと嘲られたようなのですが、勉強した結果なので申し訳ない。 中国を懲らしめるために戦闘を始めたっていうのが、どういう終戦を想定してるか不明だし、陸軍の仕事だから外交関係ないって状況で首相の交渉使節が憲兵に捕まってるし。
私の叔父2人は戦死していますが、私は靖国神社へは絶対に行きません。生前の父は、自力で地元に墓を建て供養してきました。靖国神社は戦争ができるようにするための国家のシステムであったのですから、それを認めて足を運ぶのは、叔父たちに申し訳ないのです。
東京五輪の最大のレガシーは、日本社会に巣食う差別意識が炙り出され、世界に知らしめられたことではないかと思えます。この成果を生かせるかどうかが問われるでしょう。
私は靖国神社へ行かないという発言に、戦死した叔父の本当の気持ちが分からないのだろうとのリプ。こうした空気をつくるためにも、靖国というシステムは必要だったのかなと想像する。
ヒットラーの子ども好きという言葉が降ってきたので、引っ張り出してみた。1941年8月1日発行。 それにしても酸化臭が( ー̀ωー́ ) 何とかせねば。
兵役法に基づく赤紙は有名ですが、国家総動員法に基づく国民徴用令で出された徴用告知書「白紙」は、ほとんど知られていないでしょう。政府が個人に必要と認めた場所で働く事を命じるもので、省庁が自由に知事を通じて人を集めました。炭鉱や軍需工場、最前線の医療や土木など。こちら貴重な実物です。
憲法は改正した方がいいですかーという世論調査をしてきた弊害が最悪の状態を生んだ。憲法を変えねばならない所が、変えちゃいけない所がありますかっていうのが、もうここ20年ぐらい必要なやり方だったろう。誰が人権削除に賛成するものか。
オーウェルの「1984」の面白さは、戦争状態にあるという設定はあっても、庶民はその実態を知らされず、ただ偉大な指導者に従う生活を黙々と送っているところ。実は戦争状態というのは、権力者が庶民を統制するためには一番適当で魅力的なんだよね。仮想敵を作り恐怖を煽るのが常套手段。
これは昨日流すべきだったやつですが、78年前の1944(昭和19)年2月23日発行の毎日新聞。「竹槍では間に合わぬ」として海軍の飛行機整備を強調し、東条総理が激怒して発禁にした「竹槍事件」の紙面です。社説も「必勝の信念だけで戦争には勝たれない」と。 政府の戦争指導に疑問を示しただけで発禁(続)
最近の政治で最もまずいと感じたのは、公文書の破棄、改ざん、それに「公文書を作らないで意思決定」という流れの定着です。今の世代だけではなく、後世にも禍根を残すからです。ささやかな役場の文書綴りから資料の年代特定に至った経緯からも、公文書の大切さが伝わるかと。sensousouko.naganoblog.jp/e2240134.html