「食べない」で大事なことは回数、量、順番です。コントロールしやすいのは回数と順番なのでおすすめは ・全部の量を減らすより普通に食べてお昼か朝を抜いて二食にする。できる時は一食。 ・豆腐か野菜を最初に食べる ・最初は蒸留酒にする 回数は慣れの問題です。慣れればお昼はいらなくなります
日本人は社会に出たら勉強しないと言われますが、それは一気に変わると思います。なぜなら実力がなければ本当に振るい落とされる世界がくると予想しているからです。そうなれば未来は明るいです。本気になればきっとキャッチアップできると思うからです。
運動神経がいいとはつまり無意識の世界の操作がうまいということである。
身につけて欲しい力は、生きることを面白がる力だと思っている。それさえあればどの道をいこうが、どのような着地をしようが、失敗しようが成功しようが、人生は面白い。そのためには、答えすぎないこと、教えすぎないこと、誘導しすぎないこと、が大事だと考えている。
孤独は健康に良くないと言われていましたが、思考も蝕むのではないでしょうか。孤独でいることで情報の多様性が失われ、思考を修正する機会が減り、考えに固執しやすくなるように思います。観察するに、それはあらゆる層で起き、つまり社会を動かす力を持ったリーダーですら孤独に影響されると思います
つまり日本が暴走するのは一部の権力者が強引に引っ張るのではなく「国民が空気に染まった時」だということになります。そうであったならどうすればあのような政府の暴走を起こさないかという反省だけではなく、自分達全員が抱えている空気に流される性質をもっと直視すべきではないかと思います。
私は新型コロナウイルスの報道とスポーツ報道には一貫したものを感じています。つまり、データより感情、安全より安心です。
すごくわかりやすいです 400mリレー「痛恨バトンミス」はなぜ? 朝原宣治が短距離界の変革を提言 - 東京オリンピック・パラリンピックガイド - Yahoo! JAPAN 2020.yahoo.co.jp/column/detail/…
“子どもの頃に競争を避け、順位をつけない教育を受けた場合、大人になってから相手を助ける行動を取らない傾向があるそうです。” 競争と助け合い 2015年03月14日|Dai Tamesue 為末大 (株)Deportare Partners代表 @daijapan #note note.com/daitamesue/n/n…
この症候群から抜け出るには、未来は予測できず物事はコントロールできないという前提を腑に落ちるまで受け入れることです。そして国民全員が「やってみよう、やってみよう、やってみなけりゃわからない」を合言葉にすることだと思います。「わからない」を恐いから面白いに書き換える必要があります。
五輪にいろんな思いをみなさんお持ちだと思いますが、アマチュア選手にとっては五輪しかないんです。その為に人生のほとんどを費やしてきているわけですから。最後の一年で大変なことになったからと言って、急に嫌いになってどうでもいいと思うことなんてできないんです。
私たちは十分心配性ですし、十分抑制的です。あとはちょっと浅はかになって「やってみようやってみようやってみなけりゃわからない」精神で「いまここ」を生きていけば、社会は良くなっていくと思います。そして実際に人生はなるようにしかなりません。
衆議院の予算委員会での大竹先生の意見に賛同します。私なりにまとめると ・新型コロナ対策はバランスを取る必要がある ・コロナ危機による自殺は4900人 ・既婚女性の就業率の低下 ・恵まれない家庭の子供の影響が大きい ・婚姻数が11万件減った為、将来埋め合わせがなければ21万の出産減 @fohtake
日本人のスピーチはあまりうまくないとよく自虐的に言いますが、実は海外で喋ると思いのほかうまくいって自信をつける方が多くいます。それはオーディエンスが一つ一つに反応するからです。日本で講演をする方の中でも有名なのは、明らかに外資系企業の時はしゃべりやすいということです。
中止と言われるまではアスリートは全く疑いなくその日が来るという前提で練習するしかないのです。もし少しでも疑えば疑った分だけ、試合で出てしまうからです。私は本当に選手は厳しい状況に立たされていると思っていて、日々の練習をしているだけでも苦しさが伝わってきます。
私達の時代は、指導者の権限が強く、選手の恋愛や私生活にも指導をすることが多かった。私はそれが嫌で、コーチをつけないという道を選んでしまったが、もしコーチ業ということに専念してくれる人がいたらつけていたかもしれない。乱暴に言ってしまえば日本には、コーチが少なく、先生が多い。
しかし、当時の新聞や文化人の論調を見ていると、弱腰の政府に不満を覚える国民と、それに煽られるまたは煽るメディアによって不満の空気が醸成されていき、一定歓迎する空気の中で戦争に突っ走っていたという側面があったのではないかと考えるようになりました。すると反省の仕方がまるで変わります。
精神的に疲れやすい人は、この取り繕わないといけない状況か、取り繕ってしまう性格が多いように思う。人生の前半でいい子を演じる必要に迫られそれに適応してしまい、その弊害が後半に出ている。普段は取り繕っているので、疲れてその抑制が効かなくなると別人のようになる。
いい加減、こういうのはやめにしませんか。 【ラグビー】全国高校選抜大会、決勝戦中止。東福岡の出場辞退により、報徳学園が優勝に。(ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)) #Yahooニュース news.yahoo.co.jp/articles/efff4…
AIの台頭は「とてつもなく頭がいい人以外の知性は無効化してしまうのではないか」という恐れを抱かせます。こうなったら筋肉しかないですね。時代はスクワットです。
私はこれからの時代で大事になる概念が「鍛える」ということだと思っています。もうそんな気合と根性みたいな話は流行らないと思われるかもしれませんが、それでもこの鍛えることの重要性は時代を超えて普遍的だと思っています。なぜならこれが唯一の才能以外で自分を高められる方法だからです。
佐々木郎希投手が素晴らしい偉業を成し遂げました。佐々木選手は高校時代、甲子園がかかった試合で監督さんが疲労のため投球を回避させたことで有名です。さてそのような長期的視点に立った指導を見て浮かぶのは「人生のピークはどこに置くべきか」という問いです。人生には必ずピークがあります。
今起きている出来事は他ならぬ自分達の選択の結果であるということを認めなかったり、自分達はメディアや政府に翻弄される弱い存在だということにしている限り、空気に包まれて暴走することは止められないのだと思います。
一人一人の心配が社会を停滞させています。一人一人の恐怖心が誰かの可能性を奪っています。過去は戻ってこない。未来はどうなるかわからない。考えても答えなんて出てこない。やってみるしかないわけですし、やってみたら違う風景が見えてきます。
まず判断軸で私たちが何で判断しているかというと ①ブランド ②金額 ③テーマ ④広がり ⑤思い ⑥貸し借り です。人によって優先順位が違いますが、私は③①⑤④⑥②です。だからテーマもない、ブランドもない、ただ誰でもいいからアサインしようとしているところからは受けません。