懐かしい昭和時代(@natsukashi__)さんの人気ツイート(古い順)

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ポカリのCM。ポカリって青春キラキライメージになって久しいけど、出たての頃はそもそも酒を飲んだ後に飲むものだったな。酔って具合悪い時とか。二日酔いの朝とか。(1986年 糸井重里、斉藤慶子)
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教育に悪いとかいってドリフを見せなかった親がいるけど、ドリフを見て育った子供と見ずに育った子供に違いはあったんだろうか?当時学校で話題についていけず、中年になった今も、懐かし話にいまだに入れないと言う弊害しか浮かばない。
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昔のトレンディドラマ、今の学生に観せたら全然共感しなかったってさ。「なんで、こんなに恋愛に夢中になれるんですか?」って不思議がるんだとか。まあ、当時は恋愛の価値が異常に高かったからね。
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小林明子の「恋におちて」の♪ダイヤル回して手を止めた~が「不倫相手に貢ぐために金庫のダイヤルを回したけど、そこまでするのもやり過ぎか…ということだと思っていた」という若者がいたんだってさ。まあ確かに「回すダイヤル」は金庫くらいしかないわ…
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今の若い人は昭和のあのいろんな匂いに耐えられないと思う。 煙草の匂い、ポマード、 油くさいバスの床、石油ストーブの灯油くささ、季節の変わり目の電車内のナフタリン臭。匂いは暖房がついてるとすごいのよ。ファブリーズなんかない時代…
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「8時だヨ全員集合」のエンディングで「歯ァ磨けよ!風呂入れよ」と言っていたのは、スポンサーがライオンだったから。私は「カトチャン、親切だなあ」と加藤茶の単なる親心だと思っていましたw
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1980年に吉野家が倒産。今の明るい雰囲気からは想像も出来ないけど、この頃の吉野家はまずくて、店員も殺伐として陰気なムードだった。中島みゆきの『狼になりたい』の「夜明け間際の吉野家では」って歌詞は、陰気な店のそんな時間にいる人間は相当に訳ありってことでリアリティがあった。
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昔のトレンディドラマ、今の学生に観せたら全然共感しなかったってさ。「なんで、こんなに恋愛に夢中になれるんですか?」って不思議がるんだとか。まあ、当時は恋愛の価値が異常に高かったからね。
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波平のデスク。PCも書類もない謎の仕事内容。私が昭和61年頃バイトしてた市役所のオジサンのデスク、こんな感じだった。新聞を読み、回覧を読み、ときどき書類にハンコを押す。他の部署に行きオジサンとおしゃべり。でも、窓口業務は手伝わないw あの人たち窓際族でもないし…何だったんだろう?
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最近アメリカに移住した高校生が、日本の教科書通りに挨拶したら爆笑されたんだって。学校で 「I'm glad to see you」 「How are you?」が流行語になったと。日本語だと「おぬし、ご機嫌いかがでござる?」 「お初にお目にかかりまする」みたいなもんらしい。
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ズボンにシャツインしてる令和の女子。次女(20歳)もそうなので「シャツを出したら?」と言うと「ダサ。シャツ出すとか、昭和?」とバカにしてきた。いやいやシャツ出しは平成4年くらいからだから。ダサいもの=昭和の概念をやめろw しかしシャツインが平気とは…一巡して昭和に戻ったのかしら。
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昭和の頃の夕陽って何であんなに赤かったんだろうね。単なる記憶の美化かな~って思ってたら、赤いのは空気中のチリが多いから。つまり空気が汚れていたからなんだって。高度成長期の真っ最中だったからなのね。
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新聞の社会面の尋ね人広告。「本人は気づくかなあ…?」と不思議だった。「心配するなすぐ帰れ 父」のような「もう解決したから安心しろ」と独特な呼びかけ。本人呼びかけ系とこんな人いませんか系の二通りだったね。金の受け渡し場所などを意味する、犯罪の暗号とも言われていた。
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河合奈保子が選ばれた「西城秀樹の妹コンテスト」で実は男性の応募も可能の「秀樹の妹・弟コンテスト」だった。最終選考に残った中に松尾伴内がいた。 松尾伴内(松尾憲造)クンは長髪で加納竜のようなノリ。 そしてなんとちびまる子の姉も漫画の中で応募してたという、由緒正しいコンテストw
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昔のアーティストや歌手が、昔の歌を今歌うとき、ためて歌う現象。「何あれ、カッコつけてんの?」って思うでしょ。私最近分かったわ。若いころのようにスッと音程が取れなくなるの、音程を取るのに若干時間がかかってくるのよ悲しいことにw
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昭和52年頃、初めて学校給食でお米が出た。カレーライスで、クラス中「これでコメが食える…」って歓喜したわ。それまでは、どんな献立のときでもすべてパンだったので。それでもお米は古古米(おととしのお米)って言われてたわ。もちろんお箸はなく先割れスプーンにアルミの食器。
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サクマドロップ、子供の嫌いなハッカ味が入ってるのは「人生、マズいものも食わなきゃいけないときがある。だから残さず平均的に食えるようにしておけ」っていう意味だと思ってたから驚いたw
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VOWが大好きでしたが、本を全部捨ててしまい後悔。今なら面白いものはツイッターで見られるけど、昔はこういうくだらない系・シュール系はVOWくらいでしか一気に見られなかった。やっぱり、あのシーライーストンが最強(シーラEと勘違いして記事にした系)。当時ツイッターがあればバズったでせう。
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近所のタバコ屋のケースには、そこの婆ちゃんが作ったタバコの傘が飾ってあった。お母さんが専業主婦だとよく手作りのものが家にあったね。毛糸の犬とか。黒電話にかけるカバーもお手製だったりして。
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平成だけど、ザウス。千葉にあった銀河鉄道の駅みたいな、狭苦しいインチキスキー場。細かいかき氷みたいな変な雪質だったんだよね。みんな殺到したので、恨ミシュランに「そんなにスキーしたきゃ北極に住め」と書かれてあった気がする。2時間で5900円って高いなあ…その前は巨大迷路だった。
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中1のとき。熱心にトイレ掃除してた男子が「あー疲れた」と腰をのばした。それをたまたま見た教師が「おめーなにサボってんだよ」とその男子をぶん殴ったの。あぜんとしたわ。でも社会の理不尽さってあんな感じかも…って今になって思う。
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80年代、パステルカラーのカラフルなステレオや家電が流行。1983年頃インテリアとしてのオーディオブームが女性に起こり、そこにメーカーも飛びついた。大人の男のモノだったオーディオはカラフルになり、女性や若い世代に活路を見いだすように。軽薄短小と言う時代性の相乗効果もあった。
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飲酒運転は日常茶飯事。駐車場のある居酒屋は当たり前。よく「あの飲み屋、駐車場がないから行かない」って言ってたなあ。 飲んだ店の人に「また来てね」と見送られて車で帰ったりした。
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昭和のマンガでは、唐草模様の風呂敷の押し売りがやってきて、ゴムひもを売りつける。「ムショ出てきたばかりなんだよ」と玄関先で包丁を見せたり。サザエさんでした見たことないけど、実在したのかしら。と思ったら夫の実家には来たそうで、タワシか何かを買ったらしい。
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不良やツッパリが大好きなので、画像を拾って収集しているんだけど、昭和のは全然ないなあ…1枚目の激マブお姉さんと2枚目が一番私の世代に近い気がします。推定1984~85年くらいかしら。3枚目は1987年~89年あたりかな。4枚目は1990年みたいね。