エッセイ新連載が婦人公論WEBで始まります。イラストは北澤平祐さん。 誰かを好きになって応援する時(私の場合は宝塚)好きって気持ちを綺麗事として全てがハッピー!と書くよりももっと鮮やかに本当の「好き」が書けたらいいなと思って始める連載です。画像は序文💎 初回↓ fujinkoron.jp/articles/-/617…
誰かを推したり応援したりすることは楽しいけど何もかもがハッピーというよりは好きだからこそしんどいこともあって、でもそれは「好き」が足りないからだとはとても思えないのです。好きだからこそある感情はどれもが「好き」そのものと同じく鮮やかでその全てが「好き」って言葉の内側にあると思う。
愛賛美にマジギレする連載始まりました♡「愛は全部キモい」岩波のWEBで連載です。1回目はロミオとジュリエットについて書きました〜♡イラストは三好愛さんです! 全文は↓ tanemaki.iwanami.co.jp/posts/5946
愛のために人が死ぬの耐えられない。愛の方が死ねよと思う。
オシャレ云々のこと昔書いたな〜と思って読み返そうと思ったらURLごと消えていた。いや本には収録されているんだが……なぜ著者までサイトで読もうとするのか、それはわからない。エッセイ集『コンプレックス・プリズム』収録です↓ 「わたしのセンスを試さないでください。」
『東京都立呪術高等専門学校』(呪術廻戦0巻)(芥見下々さん著)についてエッセイ書きました。純愛だよ、が大好き!イラストはカワイハルナさんです。 全文は↓ be-at-tokyo.com/projects/inthe…
愛讃美にマジギレする連載「愛は全部キモい」2回目更新されました♡ 今回はかぐや姫がテーマです。イラストは三好愛さん🌙 tanemaki.iwanami.co.jp/posts/6048
本物の愛なら、美しい愛なら、尊いのだから、愛された側はそれを受け入れなければならないなんて恐ろしい発想だなと思います。
二億冊売れるような本は多分出せないが、誰かの本棚に50年残る本が出せたらいいな。長く開かなくてもいいよ、本棚にいることも本の仕事だから。
舞台は「今」でなければならないことが何より自分の命を肯定してくれるから好きで、逆に、本は「今」からかなりはぐれていく媒体で、「今読まなくてもいい」をずっと示してくれるのが良さだと思う、本はそこが好き。積読とかも、それは本の良さそのものだと思う。待ってくれる。どちらも好きだなぁ。
ファンレターって書くの本当難しいね……という話を書きました。オタクとしてののたうち回りエッセイ、連載3回目です。イラストは北澤平祐さん! 全文↓ fujinkoron.jp/articles/-/655…
宝塚note更新しました。 宙組『HiGH&LOW -THE PREQUEL-』桜木みなとさんのスモーキーについて。(ドラマ版と映画3本の窪田正孝さんのスモーキーも踏まえて書いてるのでそちらのネタバレもあるかもです……!) note.com/saihatetahi/n/…
ジョンマスターオーガニックの2022年クリスマスコフレにて詩を書きました🎄6篇の書き下ろし詩がデザインされた6色のギフトボックスです🎄箱は本棚にもさせそうなかんじで、大切なものを入れて本棚にさしたいなー……と思ったりしてます🎄11/1発売です🎄
加藤シゲアキさんの作家生活10周年を記念した『1と0と加藤シゲアキ』に詩「渋谷と恋」を寄せています(画像はその冒頭)。以前から何度か詩集や作詞した曲の話を加藤さんがしてくださっていて、そのたびに本当に嬉しかったのです。こうして記念すべき一冊に作品を書かせていただけてとても光栄です💐
言葉を書く時に大事にしてるのは自分が誰よりもその言葉に確信を持つことです。メリークリスマスと書くなら本気で今はクリスマスだと思って書く。冬だろうが「夏だ、」と書き出した時は視線の先に夏の光が見えてなきゃいけない。
世田谷文学館で開催の萩原朔太郎展の図録にてエッセイ書いています。好きな詩についても書きました。
推すこと、そのために舞台を見ることが、イコール人間関係を消費することなのかは私にはわからないな。 asahi.com/articles/ASQBN…
というか本当に「人間関係」なのかな、推しとファンって。その二人の間には次元を違えるほどの境界線があって、それを前提としているからこそ放つことができる「好き」は、むしろ人間関係から解放された愛情で、だからこそ愛する側は心地よくて、「好き」でいるだけで救われるのだと思う。
話がそれちゃった。舞台は人が立つから、その人の存在も作品の一部で、好きでも好きでなくてもその人の存在をその時にどう思うかは絶対作品に回収されるし、それが作品を「今」「私がここにいるからこそ」見えるものに昇華しているとは思う。観劇を目撃に変えるのは、観客の私情である気もしてる。
舞台という作品そのものには観客は確かに部外者ではある、けど、「観劇体験」という作品(つまり観客側が受け取った作品の形)で言うと、観客(の感情)も作品の一部であり、それは作る側からすると不純物なのかもしれないが、観客(少なくとも私)からすれば「観劇体験」の心臓そのものなんだよなぁ。
スターは職業なんですよね。そういう仕事。存在そのものをファンタジーにして、人の「好き」を自由に解放する仕事。リアルな人間として見ていないことへの申し訳なさはあるけど、でもそれを踏み躙る行為だと恥じることは彼女たちに申し訳ないからしたくないし、消費という言葉には違うって言いたくなる
みんなプロとしてそれをやってる。リアルな人として見ようとしなくてごめんとかそんなのむしろ失礼だと思っている。夢を夢として受け止めて、その「スター」としての顔を好きになって、そして彼女たちにとってそれが「仕事」であることを最大限に尊重することこそが礼儀だって私は思っている。
好きだから好かれたいとか、独占したいとかそういう「関係性に昇華したくなる欲」から「好き」を解放してくれる仕事だ。一方通行的に好きでいる、それだけで愛情が完結する幸せをくれる仕事。とてつもない仕事だと思う。
すばる12月号でHiGH&LOWの村山良樹(山田裕貴さん)についてエッセイ書きました。イラストはとんぼせんせいです🦋🐟🐬🦕🌎🫐🧊🔷🔵
完璧な言葉を話している人はどこにもいないし、完璧な人間もどこにもいない。人間は自分が完璧じゃないから、正解や完璧にそもそも辿り着けない不完全な道具である言葉に頼る気もする。