感染爆発が全国的に拡大する中で、政府や都はやるべきことを完全に間違えている。有事の中でのパラリンピックは中止すべきだし、外出の自粛を求める中で、子どもを政策の演出に使うべきでは絶対にない。誰のための行政なのか? www3.nhk.or.jp/shutoken-news/…
僕ら地方記者が「町関係者」という表記でこういう記事は絶対に書けない。少なくとも「町○○課」と情報の責任の所在を明記する。でもなぜか中央では「政府関係者」という極めて大きく曖昧な表記で記事を書くことが許される。情報に不誠実なのはどちらか。改革が必要なのは明白 news.yahoo.co.jp/byline/tateiwa…
最近、皆さんつらくないですか? 新型コロナで疲弊しきった世の中で、こんな狂気に満ちた、想像もし得なかった戦争が起きている。原発が狙われ、独裁者は核攻撃をにおわせ、我が国でも愚かな政治家たちが「核共有」などと叫ぶ毎日。まじめに生きていたら、ちょっと精神が参ってしまう……
市民を悲しいまでに分断していくな、というのがこの発言に対する僕の感想です asahi.com/articles/ASP64…
(承前)新聞や書籍がそうであるように、NHKは自社以外の映像を利用する場合にはしっかりと「引用元」を表記すべきだと思うのです。そうすることにより、受信料を支払う視聴者は、我が国の「公共放送」がどれだけ自力で取材しているのか(あるいは取材できていないのか)、認識できるようになります
すごい勇気だな……。ロシアでこれをやれば、職だけでなく命をも失いかねない。それを知った上での行動。なぜかアパルトヘイト時代の南アフリカを思い出した twitter.com/KyivIndependen…
本当にその通りだと思う。そして僕らもそれに気づいていた→日本の大衆娯楽の「ガラパゴス化」 - 「仲間うちで面白がっているものが一歩外に出ると通用しない、という日本社会のゆがんだ部分が、海外から注目が集まるこの機会に一気に噴出した」 asahi.com/articles/ASP7Q…
現場の記者としては少し行き過ぎた言動かもしれない。でもここでしっかりと声を上げておかないと、これらが悪しき「前例」となり、他のメディアも追従しかねない空気が今この業界にはあります。メディアが権力者と一体化すれば、待っているのは民主主義の「死」です。僕はしっかりと声を上げます
新聞とは、政治報道とは、何なのだろうと改めて思う。現実とは真逆のことが記事に書かれ続けると、読者は何を信じていいのかわからなくなってしまう。政治が悪いのか、政治家が悪いのか、あるいは政治を伝える仕組みが悪いのか
この問題をずっと注視している。本来ならこんなことはあり得ない。「入るな!」「出て行け!」で済む問題だ。なぜ逮捕まで至ったのか。高田昌幸著「真実・新聞が警察に跪いた日」を読んで以降、僕は道警や道新をどこか信頼していない。何があったのか、今何が起きているのか mainichi.jp/articles/20210…
苦渋の判断なのだろうな。多くの国民が反対する催しでの「開会宣言」。五輪の強行が日本の「建て付け」をも歪めてしまっているような気がする news.yahoo.co.jp/articles/7fc50…
連載「101歳からの手紙」を執筆した先川祐次さんが昨日亡くなった。満州国の創設から消滅までを目撃し、戦後は米国特派員としてケネディ暗殺を追い、常務として新聞社を経営。その壮絶な人生を僕に連載させ、うまそうにビールを飲んで感想を語った2週間後の大往生。その死に際までダンディーだった
新聞が権力者から何も言われなくなったら終わりだよ
こんなこと、誰が求めているのだろう? 今はコロナ禍なのに…… nordot.app/78219395677975…
多くの人に見てほしい動画。事実、日本のメディアでも、大多数の人が世の中を少しでも良くしようと思って働いている。でもなぜか、その思いをうまく実現できない環境が今のメディアにはある。その原因は何か。権力への忖度か、組織への過度なる忠誠か、あるいは自らの保身や諦観か。自戒を込めて twitter.com/bbcnewsjapan/s…
五輪やパラリンピックには本当に、心底、うんざりです。国家的威信の掲揚のために、国民の一人ひとりの命や、ささやかな暮らしを犠牲にする。両大会の開催で、本来失われなくても済んだ命がどれほど失われたのか。国民の命さえ守れない国に、レガシーなんていらない news.yahoo.co.jp/articles/96229…
日本の戦前戦中と同じような風景が広がる。我々が学ぶべきことはあまりに多い twitter.com/afpbbcom/statu…
岩手・一関。8時15分に1分間のサイレンが鳴った。こういうことは本当に大事。忘れてはいけないことは、忘れてはいけないことだ。
でも両者が「パートナー」である以上、これらの「制限」がどこまで守られるのだろう? 同じ報道機関の人間が、行政のほぼすべての分野で協力し、一方でその内容について鋭く批判することができるのか? そんなこと事実上不可能だから、これまで報道機関は権力から距離を置いてきたのではなかったか
読売新聞と大阪府の「包括連携協定」。現場(実務者)的には全然ダメなのは皮膚感覚でわかるのだけれど、法的(特に憲法)にも何か問題を含んでいる気がする。地域最大のメディアが地方自治体と包括協定を結んで報道に携わることで、市民の「知る権利」を阻害しないか。研究者や法曹者の議論を聞きたい
河北新報、乱れ打ち。踏ん張ったなあ→復興五輪の理念かすむ 「別世界」地元冷ややか kahoku.news/articles/20210…
公表分だけでも1兆4238億円。これだけのお金があればどれほどの小中学校を改修でき、高校生が大学に進学でき、コロナで苦しむ飲食業者を救えたのか? それらに比較しても五輪を開催する意義があったかを真摯に総括することが、税金を支出する政府に求められることだと思う asahi.com/articles/ASQ6P…
聖火リレーを伝える岩手県内の新聞。「聖火に歓喜」「復興の姿、発信」「復興、感謝、世界へ」。例え現実は違っていても、巨大な国家的行事の前では、この国のメディアはどうしても、過度に一方向に流されてしまう。多様な「リアル」を伝えたい、例え現場がそう願っていたとしても
感染にしても、猛暑にしても、開催の可否や時期の判断が圧倒的におかしい。選手にしても、国民にしても、「政治」の不在や不作為により、どんどん不幸になっていく tokyo-np.co.jp/article/119736
これ、良心のある人たちが今ちゃんと声を上げないと、とんでもない流れに繋がってしまうような気がする……