凛(りん)@高齢女子(@GranmaRinn2)さんの人気ツイート(新しい順)

70代高齢者の回顧録。30代の新米ママだった頃、生きるのが辛い日があった。心の隙間から外を見ると赤子だった娘を抱いた夫の笑顔が目に入った。夫は静かに私の手を『ギュ』っと握った。彼の手から強い力を、小さな娘の紅葉のような手から生きる力をもらった。↓
高齢者である私は10年後には介護を受けるものだと思っていた。昨年、夫が倒れて私は介護生活を始めた。何でも自分でやって、夫を支え家庭を守ろうと思った。減塩生活、体調や薬の管理、リハビリ支援。ふと思った。もし私が倒れたらこの生活を維持できない。悩んだ末、他人が家に入る生活を選んだ↓
支援を受けると夫の暮らしも自分の暮らしも格段に良くなった。高齢者の介護生活は一人で全てをこなすことは難しい。心と体がバラバラになる前に気がついてよかったと思う。介護を受ける人もする人も、心にゆとりを持ち『生きていて楽しい』と感じて欲しい。私も健康で明るく夫と共に暮らしていたい
70代友に思う。かつて、私が病のとき病室で咳き込むと彼女はそっと背中をさすってくれた。『大丈夫?』無言で頷くだけの私。時を経て今、友は闘病中である。今も覚えている手の温もりも届けられない。けれど、離れていても、いつもあなたを想っている。そのことだけを伝えたい。退院する日を待っている
70代妻が考える人間関係のコツ。夫が倒れて気がついた。人の弱みを聞かない優しさを身につけたい。側で寄り添う気持ちが言葉になると相手にとって意地悪になることもある。目に見えない境界線を決して犯してはいけない。全て自分に置き換えて、一言添えたい言葉を飲み込む。それが大人の優しい処世術
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高齢女子、病院帰りにお腹が空いた。ランチタイムも終わっている時間。店には私だけだろうと思いドアを押した。4人テーブルに1人で座った。しばらくして隣のテーブルに初老の紳士が座った。彼もクリスピーピザを注文。「やっぱり薄い方が食べやすいのよね」運ばれてきたピザとジュースを楽しんだ↓
70代からはじめたTwitter。人生ではじめて登録。パソコン操作もおぼつかない、リプの意味もわからない超初心者。ヘッダーをつくるとき、デザイナーさんから「年寄りのは作れない」と断られたのも一度や二度ではありません。ヘッダーは自分で作り、埋め込んだ。アイコンも散々断られ自力で設定した↓
昨日沢山の方にお越し頂いたので自己紹介。70代の高齢女子。Made in Japan。新卒は半世紀以上前。家族構成は夫・仔犬の3人家族。好きなものは「喉に詰まらない、歯を持っていかない食べ物」そして「中村倫也」。夢は夫くんより長生きすること。座右の銘「今日が一番若い日。何歳からでも遅くない」
宣言します。今日はどうしてもお願いがあります。今日中にフォロワー3万人になりたいです。70代、Twitterやりすぎて老眼鏡も合わない。腰は前に曲がり、肩も上がらない。腱鞘炎は悪化の一途。無謀だと笑われるかもしれない。今日だけでいい。少しでいい。みなさんの「気持ち」をわけて頂けませんか?
おばあちゃん、大嫌いな歯医者にて。先日、キャラメルを食べていて気が付くと差し歯が見当たらない。前歯ならすぐに分かるが奥歯だったので2日ぐらい分からなかった。あの時「あ〜、ピーナッツが入ってるのね」と飲み込んでいた→
かつて娘のバリキャリさんが独立する時「煮物を教えてほしい」と頼まれた。正直「どの煮物?」と思ったが、沢山教えても覚えられないと、彼女の一番好きな『鶏ひき肉の鍋肌の煮物(我が家流)』を教えた。メモも取らずに材料を指差し確認。『厚揚げ1、こんにゃく1、里芋1袋、にんじん1本』→
高齢女子がある日「ライティングスクールに入学したい」と言ったら家族皆が笑った。「あ〜無理!無理!書けるわけないじゃない」と娘のバリキャリさん。「どうせ一人では通えないだろ」「荷物はどうするんだ」と夫くん。心無い言葉に第一回目の『挑戦』はあえなく終了。時が経って時代は変わった→
では、答えましょう。ここに300万円があります。誰とどこに行きますか?
70代になってわかったこと。この先希望通りに生きるなら何もしないではいられない。「健康診断は必ず受ける」「予防接種は早めの予約」「歯の定期検診で歯茎をケア」「歩き方の練習で靴選びと癖直し」「毎日の小さな運動で可動域を確保」「歩く前には簡単ストレッチ」寝たきりになったら何もできない→
70代母、高齢になって振り返る。子育て中にいつも夫くんから言われていた言葉『絶対に比べないこと』。「幼児教室」「お稽古事」といつも私は周りの子と我が子を見比べている時があった。『できている、できていない』。我が子はニコニコ笑いながら一生懸命に小さな手を動かし絵を描いていた→
高齢になってわかったこと。体が思うように動かなくなった。こんなに荷物が重く感じ、買い物に行くにも一苦労である。後ろから車や自転車が来ても急に避けたりできなくなった。この感覚、どこかで味わっている。ふと考えると数十年前の妊娠後期がこうだった。今この年になって思う→
70代高齢女子、買い物帰りにファミレスで友とランチ。後ろの席から聞こえるやや甲高い若い女性の声。「あの人のあそこが嫌なのよね」「ああ、私あっちのほうがもっと嫌い」「わかる〜ラスボスだよね」ゲームのキャラクターだろうか?ラスボスの倒し方をあれこれと解説している→
小さい頃のお話。誰に教わった訳でもなく、天国に逝く時は何も持ってはいけないと知っていた。小児病棟で朝起きると隣のベッドが空いている。眠る時は「おやすみ」と言い合った病院の友達。○○ちゃんが大好きだった『ウサギのぬいぐるみ』だけがベッドの下に落ちていた。○○ちゃんはもういない→
70代高齢女子の友。定期健康診断を受けた友から、癌が見つかったと電話がきた。健診を受け持った医師から専門病院を紹介された。「電話で外来予約をしなければならない」「でも自分では予約の電話をかけられない」とうつむきながら来宅した。電話予約完了。翌週受診→
思い出してみて。遊んでいてお家に帰るのが「早いな」って思っていたあの頃。今は「もうこんな時間」「あれしなきゃ、これしなきゃ」って時間に追われて1日が慌ただしい。ちょっとタイムワープ。「ああ、お家に帰るのもったいない!」夕日が暮れても「もう少し」と、夢中になっていたあの頃→
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忘れてません?もう慣れちゃったけど、うがい手洗いやってますか?人混みに出て1年前とは違う対応してません?手が荒れるから消毒は控えめ、薬用石鹸より手に優しい石鹸に変えてそれで満足?慣れてしまうことは仕方がないけれど、自分の身を守れるのは自分だけ。家族の健康も守っていきたい。
70代高齢者夫婦、在来線にて。夫くんの大学病院外来に行くために、退院後初めて電車を利用した時の話。階段はエレベーターやエスカレーターを利用して、難なく乗り換えもできた。時刻は夕方。ホームが暗くて電車から踏み出した足を降ろせない。人が乗り込もうとした時→
3秒で答えてください。「何をやってもいい」と許しが出たら、何をしますか?