車を降りて、急いで公衆便所に駆け込む紳士を見かけた。ドアは開けっ放しだし、キーもつけっ放しだ。よほど緊急だったのだろう。俺は遠慮なくその高級車を盗んだ。 しかし、すぐに信号無視で捕まった。 「これは盗難車だな?」 「…もう盗難届が出てたのか」 「もう?盗難届が出たのは、半年前だぞ」
『先輩~♪一緒に帰りましょ?』 『先輩って好きな人、います?』 『先輩ー!お弁当作ってきました!』 『今日…先輩の家行っていいですか?』 『嬉しいです…はい!私も、先輩が好きです!』 一見して普通の恋愛小説だったが、『先輩』はシーン毎に全て別人だと最後にわかった時、俺の脳は壊れた。
俺は気まぐれに〝鉄道忘れ物市〟を訪れてみた。すると、下手な絵の漫画原稿が置いてあった。まさかと思い、手に取って捲って見ると、俺はその場で泣き崩れた。 「大丈夫ですか?」と店員の声。 それは若い頃、出版社に持ち込む日、怖気づいて電車内に置いていった俺の漫画だった。 「これ…ください」
「おい、今度の修学旅行先の宿、すげぇぞ!」 「どうした?」 「ネットで評判眺めてたんだけど、混浴だってよ!」 「マジ!?」 渡されたURLを見てみる。 「…これ昔の話じゃねぇか。今は違うっぽいぞ」 「……マジかよ…クラスの女子と…入れると…思ったのに」 「おい、正気に戻れ。ウチ男子校だぞ」
最後のページを捲り、溜息をついた。何度読んでも面白い。でもネットで感想を漁ると、解釈違いばかりだった。 『最後、主人公はサブヒロインとくっついたでしょ?』と指摘する度に『どう読んだらそうなる?』『国語、苦手でした?』『読解力が地獄』『半年ROMれ』と言われて凹んだ。作者、私なのに。
私は、辛くて本当に死にたくなった時、近くの山の中を訪れる。獣道を進んだ先に、先人がいるのだ。先人は今日も、枝から一本のロープでぶら下がっていた。ある日、先人を見つけて死を思い止まった私は、時々こうして会いに来る。彼は命の恩人だ。 日が経ち、また会いに行くと、先人の姿は消えていた。
彼女持ちアピールしたかった俺は、彼女代行サービスに手を出した。デート先で2ショットを撮り、SNSにアップする。どこからどう見てもリア充だ。 後日、友人からLINEが届いた。 『お前、女を見る目ねぇな』 『はぁ?なんでだよ』 『だって、俺が見かけただけでも4股はしてるぞあの女、やめとけって』
「お!この店、SNSで宣伝したらフォロワー数×10円で値引きしてくれるって!入ろうぜ!」 「先輩、SNSなんてやってたんスか?」 「おう。遠慮せず食え、俺の奢りだ」 「マジすか!あざっす!」 後日、先輩のアカウントを見つけると、フォロワーは5人だった。俺は、先輩をフォローすることにした。
「…チェンジ」 後ろからポーカーを観戦していた俺は驚愕した。Aの4カードが揃ってたのにチェンジだと!? 何たる度胸…これが勝負師と言うものか… 「驚くのも無理はない」 常連らしきギャラリーが俺に耳打ちしてきた。 「あいつロイヤルストレートフラッシュしか知らないから、それしか狙えないんだ」
最近、俺は幽霊に悩まされていた。 テレビが勝手についてたりするし、風呂場の曇りガラスの向こうに奴は立ってたりする。仕方なく霊媒師を呼んだら、怨念が強過ぎてどうしようも無いと言われた。今夜もラップ音で嫌がらせしてくる幽霊に俺はキレた。「うるせぇええええ!!もう1度殺されてぇのか!?」
彼女の母姉父は、プロゲーマーだった。 結婚を認めてもらうために、某格ゲーで家族全員に勝つ条件が課せられた。死に物狂いで特訓した結果、なんとか、俺は母姉父に勝つ事が出来た。恋人を抱き締めようとしたら、彼女はコントローラーを手に取った。 「黙っててごめんなさい。一番強いのは、私なの」
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Instaでめっちゃ可愛い女の子のアカウントを見つけた。『可愛く撮れた♪』と上げられた写真は今日もめちゃ可愛い。 出会い目的と悟られないよう、慎重に交流を重ね、ついにリアルで会う事になった。緊張する。が、現れたのはオッサンだった。 「これ詐欺だろ…」 「いえ…僕、カメラマンなんですが」
『Bot確認です。以下の問いに答えて下さい』 「なんだ?全問簡単な算数じゃないか…むしろBotの得意分野だろ」 選択肢の中から回答を選ぶ。 「…待て、全問答えがAになっちまった…どこか計算ミスってないか?」 暫く悩んでると画面が切り替わり、次に進めた。俺はBotじゃないと判断されたらしい。
「おい囚人番号823番」 「なんだよ981番」 「お前、釈放目前だったのにまた問題起こして刑期が伸びたらしいな」 「あぁ」 「なぜ我慢しなかった」 「脱獄用の穴を完成させるためさ」 「バカか…本末転倒だろ」 823番はこう続けた。 「この監獄を出る時は、お前と一緒じゃねぇとな」 やはり、バカだ。
「ママはどうしてパパと結婚したの?」 「私がレンタル屋でバイトしてた頃、パパは常連さんだったのよ。いつも借りたビデオは最初まで巻き戻してから返してくれた。それで、あぁ そういう気遣いが出来る人と結婚したいなぁ…って思ったの」 幸せそうに語るママに私は更に聞いた。 「巻き戻しって何?」
僕の彼女はいつの間にか、肩に僕の名前の刺青を入れていた。本人曰く、変わることのない永遠の愛の証だそうだ。ちょっと重かったけれども、それ程までに愛されるのは正直嬉しかった。 元カレの名前を消せなくなったから、同じ名前の相手をずっと探してただけだと知ったのは、彼女と結婚した後だった。
前人未到の世界最難関の山。 その頂に俺は遂に到達した。 人類未踏の地を単独で踏みしめた栄誉と快感に酔いしれていると、視界の端に入るものがあった。 「…俺は、2番手だったのか」 そこには登山者の遺体があった。 俺は遺体から、何か名前がわかるものを探した。 生きて、彼の栄誉を伝えるために。
急に彼氏に「猫っぽいよね」って言われた。 「そう?」 「昔飼ってた猫がミャーって言うんだ。ミャーって呼んでいい?」 「……浮気してる?」 「は?なんで?」 「無理に渾名をつけるのは、浮気相手と統一して呼び間違いを防ぐためって聞いたから」 「そんなわけないだろう、美弥」 「私は萌香よ」
「お前、まだあんな陰キャとつるんでんの?悪い事言わねぇからあんなのと縁切れって。スクールカースト底辺に落ちてねぇの?最近のお前が死んだ魚の目してんのも、ぶっちゃけアイツのせいだろ(笑」 ついに我慢の限界を迎えた俺は、この男を殴った。 「友の侮辱は構わないが、俺を侮辱するのは許さん」
大好きな人に告白した。 「私より背の低い人はちょっと…」 フラれた俺は骨延長手術を受けてリトライした。 「私より年収低い人はちょっと…」 出世を繰り返し、役員になった。 「太ってる人は…」 痩せた。 「顔が好みじゃなくて…」 整形した。 「私より年下はちょっと…」 僕の方が、年上になった。
「チッ 雨かよ…」 俺は傘立てから適当なビニール傘を選び盗る。ビニール傘はシェアするものなのだ。傘を開くと、内側にこう書いてあった。 『お父さん、誕生日おめでとう』 俺は泣いた。泣きながら傘立てにその傘を戻した。そして濡れながら帰った。 「誕プレ、コンビニのビニール傘かぁ…」
『最近ウチの子がなかなか言うこと聞いてくれないの…またイヤイヤ期かなぁ』 私の好きな育児エッセイ漫画が更新されていた。私はこのママさんからいつも元気をもらっていた。私も頑張らなきゃって気になる。息子さんが産まれてから今日まで、1日も育児エッセイの更新を忘れないから凄い。30年間も。
アパートに帰ると、お隣の男子大学生が自室の前で体育座りしてた。 「鍵無くしたの?」 「いえ、終電逃した女友達を中に泊めてるので」 「それで君は外に?紳士過ぎない?」 「いえ、せめて床に寝せてって頼んだら『ダメ』って…」 「え、女の子に追い出されたの?」 「はい。そんな所に惚れたんです」
僕の祖父は棋士だ。 同じ棋士として祖父と戦うことが僕の密かな夢だった。でも、僕が棋士になると同時に、祖父は他界してしまった。僕の夢は永遠に潰えたのだ。 ある日、祖父の親友が開発したAIと対局していると、妙な懐かしさを感じた。 「……爺ちゃん?」 AIの中に、祖父の棋風を見た気がした。