shinshinohara(@ShinShinohara)さんの人気ツイート(古い順)

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記事から抜粋。 「生活保護受給者の貯金は禁じられているわけではありません。しかし、1年に1回の資産申告書の提出の際、ケースワーカーの判断によっては保護費支給の減額や廃止ということもあり得ます。」 hoken-room.jp/money-life/7679
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「日本は世界第5位の農業大国」という本がかつて話題になった。農業行政を大きくシフトさせた、影響力の大きかった本だと言える。日本の農業と言えば低い食糧自給率の事ばかり。でも売り上げ(GDP)で言えば、日本は世界第5位なのだ、という意外な事実を浮き彫りにした内容だった。
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昨今、農業関連の言論では農協批判がかまびすしい。私が親しくさせてもらってる方もずいぶん厳しく批判しておられる。しかし私はそこから一歩引いて見ている。農協がダメになったら誰が一番喜ぶのだろう?と考えると、おいそれと同調する気が失われるからだ。
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農協批判の中に、農業部門は赤字、金融の儲けで補填してる、というものがある。本業の農業部門をおろそかにして金融ばかりやってる、と。金融にかまけてないで農業部門しっかりやれ、と。 ところが私には、これのどこがいけないのかさっぱりわからない。
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「信じてもらえないといけないから」と、母は中高の成績を残していた。6年間、全教科ほぼ100点、学年一位をキープ。母の口ぐせは「お母さんにできたんだからあなた達にもできる」。 かたや、父は。
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母には申し訳ないが、親の成績良かった自慢は、子育てにおいて不要だと思う。特にあまりにも良すぎる成績は、とてもマネできなさすぎてしんどい。それよりは、「子どもの頃の親なら勝てるかも」くらいの話の方が、子どもは負けるまいと思うようになるらしい。
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その親御さんは学歴こそなかったかもしれないが、とても賢い方なのだろう、と思った。親が子どもの様子に驚き、感心するのは、子どもの意欲をとても高めるもののように思う。子育てで必要なのは親の学歴ではなく、子どもの成長を喜び、驚き、感心する様子なのかもしれない。
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まとめました。 親の自慢より子どもに驚く|shinshinohara #note note.com/shinshinohara/…
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京都大学に入学して面白いと思ったのは、「勉強しろと親に言われたことがない」という同級生が多かったこと。京大だから、というのもあるかもしれない。東大に行ってガツガツ勉強なんかしたくない、したい勉強だけしたい、という性格の連中が多かった。強制されるのは大嫌い、というのが多かった。
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共通するのは、 ・勉強しろとは一切言わない ・子どもの工夫、発見、意欲に気づくと驚き、感心する ・子どもが学びたいと言ったら支援を惜しまない ・子どもに遺伝的レッテル(俺の子どもだから頭がいいはずだ、悪いはずだ)を貼らない というのが、私のこれまでの観察結果。
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自分が高学歴で勉強ができたと思っている人は、「自分は勉強についてはそんじょそこらの教師や塾講師よりも分かっている」という自己イメージを抱きやすい。で、学校の教師をバカにしたり、品定めする人を結構見かける。しかし名選手名監督ならず、とはよく言ったもので。
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自分が勉強できることと、人に勉強を教えることは、全然違う。自分がなぜ勉強できるようになったのか、無自覚な人が多い。あまりに幼いころ過ぎて、記憶があいまい。しかも「うまくいっている」ケースは、なぜうまくいったのかを言語化、意識化しにくい。だから、無自覚になりやすい。
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「勉強しろと言われなくても勉強する子は素質があるからだよ、素質に恵まれない子は言わなきゃやらないんだよ」というご意見複数。私には、素質のことは分からない。というより、論じても無意味。遺伝的なことはどうにも工夫の使用がないから。そんなこと論じたって仕方ない。その前に。
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私はこの世から宿題なんか消えてしまえばいい、とさえ思っているんだけど、現実の小中学校では宿題が出る。で、世の親は子どもに宿題をさせようとバトルを繰り広げ、子どもは宿題嫌いになるだけでなく勉強嫌いになるという悪循環。こんなことになるなら宿題なんか消えてしまえばいいのに、と思う。
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「宿題」考。 団塊ジュニアの私の頃は、宿題なんてせいぜい20分もあれば終わってしまうような量だったと思う。名古屋で育ったYouMeさんもそうだったという。せいぜいプリント一枚、それも毎日は出なかった。ところが今は、小学校によるようだけど、大量、毎日1時間はかかる量。多すぎ。
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宿題は「机の前に座る習慣、勉強する習慣づくりに役立つ」というご意見複数。しかし私にはどうもそう思えない。もし仮にそうした効果を示す子どもがいたとしても、女の子でも1〜2割、男の子だと希少価値だと思う。私の指導体験や観察からは、ほぼそんな子は見覚えがない。ただまあ、一つには。
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新型コロナ流行の最中、人の流れを8割減らそう、ということが実行された。実際に8割減ったかは別として、かなり多くの人たちが家に引きこもった。この時私は、「食料などの必須な物資が十分確保できていて、これをきちんと配分できるなら、人間は生きていけるんだな」と思った。
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若い頃、日本酒が苦手だった。大学入学時に洗礼受けたのは日本酒一気飲み。当然吐いた。頭がグルグルする。変に甘ったるくてベタベタする。誰が好き好んでこんなもの飲むんだろう?と不思議だった。ポン酒と呼んで遠ざかっていた。 変わったのは阪神大震災がきっかけ。
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当時は真冬。暖を取ろうにも薪がない。町を歩いていると、木造の酒蔵が全壊していた。申し訳ないけれど、避難所の人たちの薪にさせてもらえないか、そこにいたスタッフの人に頼んでみた。すると、コンクリートで無事な建物の中に手招き。私は怒られるのかな、と思いながら恐る恐る入った。
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「しぼりたての酒だ」と言って、飲ませてくれた。果物ジュースのような香りと味。それでいてどぎつさは一つもなく、味も香りも柔らかく、比喩ではなく、生まれてはじめてこんな美味しい飲み物に出会った。それは日本酒だった。
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聞くと、そこにある大きな樽は、大メーカーに買い取られ、混ぜられて大メーカーの名前を冠したお酒として販売されるという。こんな美味しい飲み物があんなに不味いお酒にされてしまうの?と衝撃を受けた。 少し瓶に分けて頂き、ボランティアたちで飲んでみた。みんな一様に感動していた。
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全壊した酒蔵の木を薪にすることも許可してくださり、おかげで運動場で暖をとれるように。私はその火に当たりながらあの飲み物を頂き、「震災が落ち着いたら、ぜひあの酒蔵のお酒を買おう」と心に誓った。 しかしその酒蔵は翌年、廃業することになったという連絡があった。残念でならなかった。
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それから私の日本酒探しが始まった。本来日本酒は美味しいもの。あの味に近いお酒はあるはず。そう思って探し始めると、友人もいろんな情報を集めてくれて、試飲会みたいなのをよく開くように。あのときの飲み物にはかなわないが、かなり近いと思える日本酒に出会えるようになってきた。
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当時、「夏子の酒」という漫画があって、友人同士で日本酒のことをその漫画で学んだり。 当時の私の好みに合ったのは、「能勢山田錦」「槽口直汲」「無上盃」「亀亀覇」「幻」「南部美人」など。しかし中には、人気が出だしてから味が落ちたものも。桶買いして混ぜるようになったらしい。
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日本酒は「ポン酒」のベタベタした過去の印象がなかなかぬぐえず、冬の時代が長く続いたけど、十年ほど前から女性にも人気となり、かなり親しまれるようになってきた。東日本大震災、新型コロナで再び痛めつけられたが、今も美味しい酒造りが行われている。世界に誇ってよいお酒となった。