八條忠基(@EeoduLzbYVjTprk)さんの人気ツイート(リツイート順)

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しつこくて申し訳ございません。 今宵、十六夜(いざよい)の月。 右上から陰り始め、クレーターが見え始めています。
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これは是非拝見したいと思います。 chojugiga2020.exhibit.jp/?fbclid=IwAR3W…
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本日は大晦日。 宮中で行われた「追儺」は鬼を退治する儀式です。本来は鬼を追い払う役であった「方相氏」さんが、のちに鬼のラスボス扱いされて追われるようになってしまいます。しかし頑張れ方相氏!!
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苺に似て赤く甘酸っぱい。平安時代の宮中でも、当然のように賞味されていました。 『延喜式』(大膳) 「諸国貢進菓子 山城国〈郁子四担、葍子一担、覆盆子一棒、楊梅子三担、平栗子十石〉。」
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「徳大寺の大饗に、宇治左府向はしめ給ふ時、如法に食はしめ給ふ、と云々。事畢りて後、『別足の食ひ様見習はん』とて、人々群れ寄りて見ければ、継目よりは上をすこしつけて切りたりけるを、かがまりたる方を一口食はしめ給ひたりけり。」
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わたくしの今宵の晩酌のアテ。たいへん美味しく、臭み的なものはゼロ。こりこりとした食感です。平安時代の大饗の膳にも出ました。さて、これは何でしょうか?? 『二中歴』(鎌倉前期)「大饗 尊者(中略)窪坏物八坏<脹褁・海月・保夜・蝛蟻・細螺・蠏蜷・石花・肝搔>。」
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別冊太陽『有職故実の世界』(平凡社)が手元に届きました。たいへん美しい仕上がり。本日より全国配本です。 別冊太陽ならではの大きなサイズで画像が展開されますと、有職故実の優美な世界が大迫力で目の前に広がります。平安時代以来の「美の洗練」を味わっていただけましたら幸いでございます。
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端午の節供は粽(ちまき)。粽は3月から5月の通常食でしたが、寛平二年(890)に宇多天皇の指示で、民間の節供の行事食が宮中でも食べられるようになり、5月5日は「五色粽」でした。 『延喜式』(内膳司) 「粽料糯米二石。日別二升五合。大角豆六斗。(中略) 右従三月十日迄五月卅日供料。」
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11月、京都では多くの神社で「火焚き」が行われます。8日の月曜日、伏見稲荷大社の火焚神事を拝見いたしました。高く炎が上がる火焚台が3基。全国から奉納された数十万本の「火焚串」が焚き上げられ、神職と参列者一同が「大祓詞」を奉唱。荘厳な神事でした。
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城南宮は枝垂れ梅が見事。このあたりには白河天皇・鳥羽天皇の御陵などもあり、かつて院政が行われた地でございます。
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今宵は菖蒲湯。 最近の菖蒲は匂いが少なくなったと思いませんか? わたくしの感受性が落ちたのか、菖蒲そのものの香気も薄くなったのか…。『後水尾院当時年中行事』(江戸初期)の記述にあやかって菖蒲を刻むと香気が満ち、大成功でした。
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梅にメジロも、実に絵になります。
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本日は雛祭り。 現在の「菱餅」は桃色・白・緑の三色が多いですが、江戸時代の宮中の菱餅は白餅と草餅の二色でした。 『有職故実から学ぶ年中行事百科』(淡交社)掲載の、川端道喜さま『御定式御用品雛形』「三月節句大菱餝御献上盛方」の図よりイラストを起こして下さいました。たいへん素敵ですね。 twitter.com/one_zeroberry/…
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本日4月19日は「皇女和宮が内親王宣下を受けた日」です。文久元年(1861)のこと。この内親王宣下は、江戸の徳川家茂に降嫁するにあたり、身分を上げておいてやろうとする、兄・孝明天皇のお考えによるものでした。 画像は西陣織元の調進控。三重格子に撫子の丸、和宮さまの小袿の生地でございます。
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ベランダで栽培しているアカネ(茜、学名:Rubia argyi)、いわゆる「日本茜」を一本抜かせて頂きました。 まさに「赤根」ですね!
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ついでに(笑)三條実美公。 小直衣の文様は江戸時代に公家社会で流行った「菱繋襷唐花」。差袴の文様は一般的な八藤の丸。三條家は藤原氏です。
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天皇の冬の御直衣は「白固地綾文小葵裏二藍平絹」、夏の御直衣は「二藍縠織文三重襷」となります。御袴は紅精好の切袴です。 昨年5月8日は夏服時季でしたが、冬の御引直衣でした。はたして今日は??
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この子を刺し殺して埋めたのが北条義時の郎党「藤馬(とうま)」というのです。そういえばアサシン善児の二代目は「トウ」とか言っていましたねぇ。。。
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秋深し。 見上げれば武蔵野の高き空に、雁がねが渡って参りました。まもなく師走でございます。
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あの清少納言も鸚鵡ファンでした。 『枕草子』 「鳥は こと所のものなれど、鸚鵡、いとあはれなり。人のいふらむことをまねぶらむよ。」 外国産なのに日本語を一生懸命にマネしているのが何ともいじらしい、というのです。
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『満佐須計装束抄』に見られる「雪の下」の重ね色目でございます。『有職の色彩図鑑』(淡交社)所載。
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今宵、少し遊んでみました(^-^)
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早くもタンポポが綿穂に。 しかし「タンポポ」というのも変わった名前ですね。 平安時代は「ふちな」「たな」と呼ばれていたようです。田の畦に生える菜、ということでしょうか。それがなぜ「たんぽぽ」になったかと言うのには諸説ありますが……
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文様の「桐竹鳳凰麒麟(きりたけほうおうきりん)」は、平安中期頃に考案されたとされます。
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お若い着物愛好家の皆さまがお読みになる「KIMONO BIJIN」で、『有職の色彩図鑑』(淡交社)をご紹介いただきました。まことに有り難いことでございます。 kimonobijin.jp/contents/detai…