【妄想】義経が「虫送り」のような迷信ではなく、煙でコオロギを追い払おうとする。西欧ではコオロギは死を予兆する虫とされ、家にいたコオロギが姿を消すと家族に死が訪れるとされた。つまり、追い払ってしまおうとするのは、自ら死を招いていることに…… #鎌倉殿の13人
「探したいなぁ。何か僕の一生をパンパンにできること」 器の大小ではなく、自らの内に入れられるだけ好きなものでいっぱいにしたい。そのパンパンにするものを探している波多野、藤丸、堀井の3人。これって、何歳になっても目指せますよね。何か残りの人生、パンパンにしたいなぁ。 #朝ドラらんまん
田邊教授の妻、聡子。モデルは柳田直平の娘・順。妻を亡くした矢田部良吉は、明治20年12月に鳩山和夫・春子夫婦の媒酌で順と婚約、翌年5月に結婚した。(鳩山和夫は政治家・鳩山一郎の父)跡継ぎのなかった柳田家は順の妹・孝に婿を取って継がせた。この婿が民俗学者柳田國男である。 #朝ドラらんまん
稔さんが行きたくても行けなかった海外へ、今は「連れてってもらぃ」と軽く言える時代へ。 どこの国とも自由に行き来できる どこの国の音楽でも自由に聴ける 自由に演奏できる るい、お前はそんな世界を生きとるよ #カムカム
1972年の琉球政府から沖縄県への移り変わりは、島の人々の生活にどのように影響を及ぼしたか。ドル円レートの話は何も国単位の話ではなくて、市井の人の生活に直結した問題だった。米軍の話にはほぼ触れないのもモヤモヤ。その時代を描くなら、それなりの覚悟でやってほしいのよね。#ちむどんどん
梶原景時は頼朝に頼まれたという一心で行動しているのが、裏目に出ているのがつらい。これが「鎌倉の政を私している」とみられてしまうのか。北条政子は「私心なく働く方」と分かっているけど、他の御家人たちは…… #鎌倉殿の13人
万太郎たちが編集をはじめた『植物学雑誌』。目次だけ出来たけど、実際に東京植物学会が発行した『植物学雑誌』1巻1号(明治20年2月15日発行)そのまま(著者名が役名に変わっているだけ)。大窪昭三郎(モデルは大久保三郎)の「本会略史」や、槙野万太郎の「日本産ひるむしろ 図入」も。 #朝ドラらんまん
『吾妻鏡』には、静御前が鶴岡八幡宮で舞ったときに「吉野山峰の白雪…」や「しづやしづしづのおだまき…」と歌ったことが記されている。これはそれぞれ壬生忠岑と『伊勢物語』の古歌を本歌取りしたもので、これを即興的に吟じたのなら、それだけの教養を持っていたということよね。 #鎌倉殿の13人
元康へ鳥居忠吉が財貨と兵糧、武器武具を献上する。これはいつか岡崎へ帰る元康のためにと、今川の城代に見つからぬよう、忠吉主導のもと内々に貯め込まれたものだった。祖父 清康、父 広忠、そして元康と松平家三代に仕え、その苦境を見つめ、耐えてきた老臣の想い(記録に残っている)。 #どうする家康
息子がハマったようでオセロを買ってきました。今のは「石をなくさない」ように盤の中に入っているんですね。くるくる回して石を出してきます。あと黒には同心円状の刻みがつけられていて、触れるとどちらの石かが分かるようになっています。進化している! #オセロ
粋というのは、物事を細部までよく知って、それをおくびにも出さず、相手に不快な思いをさせず、わざとらしい行動や如何にも目立とうともせず、さらりとまるで初夏の薫風のごとく、見ていて心地よく美しい所作や言葉をいうのよ。
上岡龍太郎さんといえば引き際の美しさだろう。55歳のときに「2000年4月に芸能界を引退する」と宣言し、それまでは「冗談だった」「誰も止めてくれない」と照れからぼやいていたが、いざその日を迎えると、表舞台には一切出てこなくなった。その徹底ぶりは見事としか言いようがなかった。
サブタイトルの「苦い盃」 政範が呷った毒の盃。 実朝が気の進まぬ婚姻で飲んだ固めの盃。 重忠に「(どう行動すべきか)あなたは分かっている」と詰められてあおる義時の盃。 そして次回、いずれかが敗れて舐めることとなる「苦杯」。 #鎌倉殿の13人
平安時代の女性は、裳着の後は眉毛を剃るあるいは抜いたあとに墨で眉を書くようになる(引眉)。これはある程度身分が上の女性にみられる風習。ここで巴御前が引眉せず眉毛濃いままなのは、身分の低さというより、手を加えていない神憑った力の持ち主という意味の表れなのかもしれない。#鎌倉殿の13人
源実朝に陳和卿が「前世 貴方は宋の医王山の長老で 私はその弟子でした」と涙ながらに語る。これは百済の僧・日羅や阿佐王子が聖徳太子を救世観世音と拝し、太子も「前世 師弟であったね」と述べた話を模しているのよ。太子信仰してた実朝にしたら「えっ、推しと同じ!」と喜んじゃう。 #鎌倉殿の13人
酒造りは長年の経験に裏付けされたものであるから、そこには科学とまで言えないものの、それなりの理由があって「女性は入ってはならない」が言い伝えられてきたのだと思う。台所仕事をしているから、様々な発酵食品を扱って、その菌を持ち込んでしまうとか(納豆は厳禁とされる)。 #朝ドラらんまん
#カムカムエヴリバディ』の放送終了以降、放送枠に変更があるようです。 NHK総合(本放送) 変更なし BSプレミアム、BS4K(先行放送、再放送) 月曜から金曜日の23:00 - 23:15の再放送枠→廃止 土曜日の7:30-7:45の一週間まとめの放送枠→廃止 この改編はなかなか難しい。 #カムカム #朝ドラ
@s_kajita いかに裾野が広いかで、その山の高さが決まる。それが学問だと思います。いくら一流大学が高いレベルの研究をしようと、それは今までの土台となる研究の積み重ねがあったから。そこがしっかりしていなければ、高みを目指すことなど到底かなわない。地味に見えて、この土台=裾野の存在こそ大切ですね。
「頼朝が落馬するとき木が倒れる音がした」というツイートをみて、後漢の武将 馮異(ふうい)の故事(諸将が論功を競うなか、馮異は大樹の下に引いて加わらなかったため「大樹将軍」とよばれた)より近衛大将あるいは征夷大将軍の別名が「大樹」であることを思い出した。今、大樹が倒れる。 #鎌倉殿の13人
源実朝は建保7(1219)年1月27日、夕方に降り出した雪が二尺あまり積もるなか、右大臣拝賀式のため鶴岡八幡宮に向かう。南門をくぐったのは酉の刻(午後6時の前後1時間)、参拝を済ませて退去する頃には恐らく戌の刻を過ぎていたのだろう。それだから「白犬=雪の戌の刻」なのか。 #鎌倉殿の13人
1972年 大卒の公務員初任給が平均47200円。銭湯の入湯料48円の時代に、5.45秒10円の市外通話をかけ続ける暢子の金銭感覚はどうかと思いますね。それでは借金が膨らんでも仕方ない。公衆電話が日常的にあった世代には、別の意味で #ちむどんどん するシーンです。
平川唯一(さだまさしさん)が出てきたということなので、一つだけ。平川さんは「英語会話」を辞めた後も、ラジオ東京(現・TBSラジオ)や文化放送で『カムカム英語』の講師を続けた。放送終了後は自宅で英語会話教室「カムカムクラブ」を開設している。亡くなったのは1993年8月25日。 #カムカム
なるほど「名刀の主」とは切れ者・梶原景時の持ち主のことなのか。いくら斬れる刀でも、持ち主の腕がなければ切れ味は生きない。また、名刀は持ち主を選ぶ。自らが生かされる主を求める。歌舞伎の『石切梶原』で景時が名刀の切れ味を偽ったように、偽わろうとも正しい主に。 #鎌倉殿の13人
仕事を依頼する場合、試作と量産をイコールでは結べないのが普通。試作品はあくまでも試作なので、組付などを行った後、設計では見つけられなかった不具合が見つかり、そこを変更することは往々にしてある。浩太さん、この業界何年もいたのに見切り発車って、よほど焦っていたな。 #舞いあがれ
#ちむどんどん では、沖縄のトウガンやイモが存外軽く扱われているような気がする。ウリミバエやミカンコミバエ、アリモドキゾウムシといった害虫との戦いが沖縄の農業にはつきまとった。生産しても出荷には制限がかけられ、苦しい状況が続くなか、根絶まで漕ぎつけた歴史は重視してほしいな。