昔の風俗をつぶやくよ(@LfXAMDg4PE50i9e)さんの人気ツイート(いいね順)

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平和な住宅街に現れた不気味な影。悪い予感しか感じさせないこの不審者は「Mr peanut」です。彼は1916年に食料品会社プランターズ のマスコットとして生まれたキャラ。カルディなど輸入食品を扱う店が好きな方ならきっと見覚えがあるでしょう。画像は1950年頃らしいですが、宣伝効果あったのでしょうか
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仏のイラストレーター、ジョルジュ・バルビエ。彼は舞台衣装等も手掛けるオシャレ芸術家でした。そんな彼がハマってしまったのが二人のロシアバレエダンサー、ニジンスキーとタマーラ・カルサヴィーナ。バルビエは1910年代、二人に捧げるイラスト集を出版しています。抜群のセンスに痺れちゃいますね。
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「一度でいいから蕎麦にたっぷりつゆを付けて食いてえ」。落語の噺で有名な台詞です。江戸時代のそばつゆはかなり塩辛かったので、ちょっと付けるだけで十分だからこのセリフが出たとか。 そんな塩っぱいつゆを楽しみたい人は東浦和の「越後屋」さんがお勧め。注意書の通り塩っぱくて美味でした。
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画像はかのマリー・アントワネットの愛犬「ポンポン」ちゃんだそうです。犬種は狆(チン)ともプードルとも言われています。18世紀の仏画家ジャック・バルテルミー・ドラマール の手になるもの。ポンポン(房飾り)という名に相応しい可愛さですが、カットの仕方が微妙でお尻が寒そうです。
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お綺麗ですよね。ピシッと決まったファッションも素敵です。画像はハーバート・ジェームズ・ガン(英・1893~1964)の「Pauline Waiting」(1939)。ポーリーンはガンの愛妻で、彼女をモデルにした絵はどれも高い評価を得ました。この絵では焦点が彼女に集中し、後はぼんやり。愛ゆえの手法でしょうね
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ラファエル前派屈指のゲス画家ロセッティ。彼は女性にだらしない人でしたが、動物を愛する意外な一面もありました。特にお気に入りだったのはウオンバット。飼っていたウォンバットが死んだ時、彼は右のイラストを描き哀悼の言葉を寄せました「あのピンホールのような目が、私を喜ばせたのです」。
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作品以上に作者の人生が面白い!独のゾンネンシュターン(1982没)はそんな人です。彼は悪童で感化院に繰り返し入院。青年期には兵役逃れの為精神病を申し出て、のち精神病院を脱走します。20代以降は怪しい電気治療等で詐欺を働きまた精神病院に入院。そこで絵を習い、60代にしてブレイクするのです。
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1974年イタリアで「リズム0」と名付けられた実演アートがマリーナ・アブラモヴィッチにより行われました。彼女が6時間観客の前で「物体」となり、その間観客と彼女の間で起こった事は責任を問われない、という内容。客の前にはムチやナイフ、薔薇や羽、そして実弾入拳銃等が用意されました→(続)
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19世紀末米国の片田舎、家族だけで壮大な空想世界を創造した人たちが居ました。ネルソン三兄弟です。農夫であった彼らは三大陸から成る異世界を構築。その異世界の住民に向け60冊以上の戦記や新聞、雑誌を刊行しました。しかし2013年に資料がガラクタ市で発見されるまで、誰もこの事を知りませんでした
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ゲイシャ、スシ、スキヤキ!少し前の欧米人の日本に対する印象はこんなものでしょう。その「こんなもの」的感覚で怪しい芸者を描きまくったのがラファエル・キルヒナー(1875生)です。イラストレーターとして活躍した彼はかなり適当な芸者を量産してくれています。でも私はこの適当さ嫌いじゃないです
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キリストは十字架に架けられる前、群衆に嘲笑され暴力を振るわれました。これは「辱められるキリスト」としてメジャーな画題ですが、中でもぜひご紹介したいのがドレの「Christ Mocked」(19世紀)です。人々の悪意、その中で翻弄されるキリストの困惑と不安の表情。人間キリストを描き切った傑作です
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完全密封のダイビングスーツを初めて作ったのは英国の John Lethbridge氏。1715年のことと言われています。以来人類は様々な失敗を重ねながらスーツを作成。そのスチームパンクな姿は後世のロボットデザインに大きな影響を与えました。左写真のスーツ、ウルトラセブンのキングジョーに似てませんか?
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古道具には魂が宿ると言われます。妖怪とも付喪神とも呼ばれるそれらを楽しく描いたのがこの「大新板化物飛廻双六」(19世紀)です。たらい、湯桶(ゆとう)、ぜに、すりばちと個性的な面々が活躍。個人的には湯桶のスンとした佇まいが好きですね。
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メリクリ! サンタクロースの原形と言われるシンタクラースには、ズワルトピートと言う二人の黒い従者がいます。一人は良い子におもちゃを与え、一人は悪い子を白樺の棒でブッ叩くのが役割。サンタと違いシンタはスパルタなのです。しかしこのズワルトピート、昨今のポリコレで存続が危うい様です。
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19世紀、パリには誰でも入ることができる遺体安置所がありました。遺体の身元確認が目的だったのですが、訪問者の大部分は野次馬。ガラス越しに遺体は安置され、冷たい地下水が腐敗防止のため頭から注がれていたそうです。猟奇的事件が起こった時は犠牲者を見に多くの人が押し掛けたとか。
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まだ沢山言いたいことがあったのにその人は亡くなってしまった。残された者は辛いですが、その辛さへの対処法の一つに「死者に手紙を書く」というものがあります。無論届く訳のない手紙ですが、文字にする事で行き場のない感情を消化できるとか。愛でも恨みでも、書いて吐き出す事が大事なんですね。
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ミュージカル「アニーよ銃をとれ」。そのモデルが左のアニー・オークレイ(米・1926没)です。彼女の射撃は正確無比。縦のトランプを銃で千切りにし、独のヴィルヘルム2世が持つ煙草の灰の部分だけを吹き飛ばしたこともあったとか。教官としても優秀で、1万人以上の女性が彼女に射撃術を習ったそうです
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1912年のタイタニック号沈没時、救命ボートが足りないため多くの死者が出ました。よっしゃ、じゃあ救命ボート無しでも船旅が怖くないようにしたろやないけ、とこの「鞄型防水スーツ」を発明したのがジョン・エドランド。4日間は海上を浮遊する事が出来た優れモノでしたが、何故か全然売れませんでした
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巷はクリスマス一色。現代画ですが、クリスマスらしい絵を紹介します。画像はジジババ絵画が大好きなMarius van Dokkum(1957生)の「ホーホーホー!起きてなさい!」です。そりに乗ったサンタのモデルを勤める爺はもう寝落ち寸前。しかし婆は絵が完成するまで爺を寝かせてはくれないみたいですね。
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バットマン最大のライバルであるジョーカー。昔から多くの名優がこのヴィランを演じて来ましたが、その独特のメークの原型になったと言われているのがこの顔です。映画「笑う男」(1926)で、独の俳優コンラート・ファイトが演じた主人公役のメイクなのですが、まさしくこれはジョーカーですね。
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深夜なのでやや下ネタです。画像は18世紀ドイツ・マイセンの女性用おまるです。「Bourdaloue」と呼ばれるこれは貴族の女性が使うもの。大きなスカートとドレスでトイレに行けば服が汚れるし、第一脱ぐのが大変。そういう理由でおまるは大変重宝されました。中身は召使が外へポイしたそうです。
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ケロリン錠Sのお陰で熱も落ち着いています。派手な絵を解説する体力がないので落ち着いた版画をご紹介します。画像は吉田博の「料理屋の夜」(昭和8)です。粋な料理屋から出てきたのはお客の酌を担当した玄人のお姐さんでしょうか。提灯の灯り、心が落ち着きますね。濡れた路面の表現も素敵です。
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《補足》 「メメント・モリ」「カルペ・ディエム」の二語については解釈が様々であり、このツイートはあくまで私個人の見解となります。またこうした言葉が流通した背景には、中世ヨーロッパのペストや飢えによる死亡率の高さがあると言われています。
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深夜なので深夜っぽい絵を。画像はCharles West Copeの「A Night Alarm」(1871)です。不審な物音に目覚めた家族はお父さんを中心に一家総出でビビリながら泥棒の確認へ赴きます。しかし画面の左端をよーく見てください。そこには一匹の猫が。この家族の結束がいかに固いか良くわかる絵なのでした☺️
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クリムトやミュシャに代表されるアール・ヌーヴォーは19世紀末頃に誕生しました。一時期廃れもしましたが、やっぱり良いものは良いのでしょう。米英の60~70年ロックシーンではこの潮流を汲んだポスターが沢山生まれています。こうした芸術は「アールヌーボーオンアシッド」と呼ばれているようです。