52
15世紀初頭には、「一服一銭」と呼ばれる茶屋が、東寺の南大門などで営まれていたという記録がある。
#麒麟がくる
53
高木渉さんのイケボで、こんな男前な事言われたらたまらんな。
#青天を衝け
54
これ、総集編で流れたら泣くやつやん…
#青天を衝け
55
狂言「鬼ヶ宿」は井伊直弼が「安達ヶ原」を元に井伊直弼が書き、桜田門外の変の数日前に初演される。
演じたのは九世 茂山千五郎正乕。
茂山千五郎家は天保8年(1837年)に彦根藩の御用となり、井伊直弼に重んじられた。
今回、それを十四世 茂山千五郎正邦と茂山茂が演じる。
#青天を衝け
56
渋沢栄一はともかく、栗本鋤雲もすっかり順応しているが、この人は滞仏中にアルプス登山したり、長年患っていた痔の手術をしたりしているから、異国文化に対する順応性はあったんだろう。
#青天を衝け
57
渋沢篤二は謡曲、小唄、写真、記録映画、乗馬、日本画、狩猟、犬の飼育など多趣味だった。
この写真は篤二が撮影した渋沢栄一。
#青天を衝け
58
生き残った者には生き残った者の苦悩がある。
川村恵十郎は武士の矜持を胸に、新しい世を受け入れて生きようとしているのだろう。
#青天を衝け
59
土方歳三があまりにも男前なので、ゴールデンカムイのように、明治にも生存していた説を取ってほしいと思わずにいられない。
#青天を衝け
60
新一万円札・渋沢栄一、
旧千円札・伊藤博文、
旧五百円札・岩倉具視と
お札だけでなく、ついには一円切手の人物まで登場する大河。
#青天を衝け
61
善児が着物を持ってる事で、千鶴丸がどうなったのか解るのが怖くて悲しい。
#鎌倉殿の13人
62
アーネスト・サトウは著書の中で徳川慶喜について「将軍は、私がこれまで見た日本人の中で最も貴族的な容貌をそなえた一人で、色が白く、前額が秀で、くっきりした鼻つきの立派な紳士であった」
と記している。
草彅くん、まんまですな。
#青天を衝け
63
渋沢ゑいは慈悲深く賢い人で、近所に住んでいたハンセン病の女性にも怖れずに、食事や着物の世話をしていた。
周囲の人が当時の間違った知識から「うつるかもしれない」と注意しても、「そんな事はない。お医者に聞いたらうつらぬとの事だった」と言い、親切にしていたという。
#青天を衝け
64
コントかよ
#麒麟がくる
66
こんなん泣く…
#いだてん
67
「義経」の那須与一といい「麒麟がくる」の毛利新介といい、大河での役どころが美味しすぎる今井翼
#麒麟がくる
68
69
波岡一喜さんって、本当に月代が似合う
#青天を衝け
70
『航西日記』の渋沢栄一の記述には
「食後 カッフへエーという豆を煎じたる湯を出す。砂糖牛乳を和して之を飲む。頗る胸中を爽やかにす」
とある。
これは、明確にコーヒーを嗜好品としてたしなんだ事が記録された最初の文章とされている。
#青天を衝け
71
当時、富岡製糸場の伝習工女だった和田英の『富岡日記』には、尾高惇忠が製糸場の職員一同とお花見に行ったり、「お前方一同よく精を出して実に感心だ」と直々に言われたなどという記述があり、惇忠の人柄が感じられて面白い。
#青天を衝け
72
もう、この表現で信長の真の恐ろしさが伝わってくる。
染谷将太さすがやわ。
#麒麟がくる
73
後年の渋沢栄一談
「新選組の連中と口論して、まことに腹も立ったが、あるいは命を失うことになりはしないかという気がした。
当時の新選組といったらそれこそ飛ぶ鳥も落とすほどの暴威をふるったもので、子供など泣くと『新選組が来るぞ』とよく口にしたものである」
ナマハゲか
#青天を衝け
74
75