1
今まで訪れたり住んだりしたことのある国々から受ける総合的印象は、「客」にとって居心地の良い国ほど、住むのは過酷ということ。いつでもどこでもなんでも安くて便利とはつまり、誰もが何処でも如何なる時でも安価でこき使われているということ。 twitter.com/daniel_takedaa…
2
日本のテレビで、看護師の残業が日勤と夜勤の制服を変えることで1/5まで減ったと言っていた。退勤間近の看護師に医師が気づかず仕事を頼んでしまうことで残業になっていたからなのだそう。「私はもう退勤なので次の看護師に言ってください」たったそれだけのことも言えないほどの強固なヘラルキー
3
「道徳と人権が混同され、個人尊重主義が利己主義と誤解される傾向」
本当、これに尽きると思う。
日本の人権状況は「後進国レベル」 辻村みよ子さんが背景を解説:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASR1Y…
4
飛行機の機内アナウンスに感じる文化差。帰国便では英語の後に日本語が続くのだけれど。直訳ではないため、そこで生まれる表現の差異がいつも興味深い。着陸すると大抵We hope you had an enjoyable flightで英語放送が始まる。「快適な空の旅であったことを(私達はあなたに)願います」と。次に日本語
5
「日本より下位はミャンマー、イラン、アフガニスタンを含むたった8ヶ国で。サウジアラビアのすぐ下を記録」
そう書かれると、改めてショッキングな日本のジェンダー格差。クーデターも、戦争も、極度の貧困もないはずの、世界経済大国第3位の国が、これはないよなぁ。
thetimes.co.uk/article/japan-…
6
外資系高級ホテルがどんどんオープンし「和を基調とした、日本独特の内装・サービス」を謳ってるけど。それって要は日本人の利用はもう見込まれていないということ。発展途上国で高級ホテルが現地の文化を「エキゾチック」に取り入れ外国の観光客喜ばせる、あれですよ。あれが遂に日本でも起こってる。
7
米国(+日本)の消費主義と欧州の対比が顕著に表れるなぁと思う一つがディズニーランド。パリのディズニーランドは欧州の子どもたちの「行きたい場所」にあまり上がらないし、土産物の売上は世界のディズニーで最低水準らしい。彼らは物をあまり買わないし、喜びをお金で買うことに強く猜疑的。
8
密に繋がっているのでハイキングや旅行が予約無しですぐに出来る。みんな週末は原則休みだから声を掛ければ集まれる。人と繋がることが娯楽であり、それがしやすいように社会が形成されていると感じる。消費主義で育った私はまだ十分に馴染めないけれど、人間にとってこの方が良いのだろうとは感じる。
9
アメリカや日本はお金がないと楽しめないつくりになっていて、楽しむが消費すると密に繋がっていると感じる。比して欧州はそこが大きく違っていると感じる。移住当初はなんで週末に全部店が閉まるのか、何をして過ごせと言うのかと思っていたが、公園はそこら中にあり、公共交通機関は郊外や隣国とも twitter.com/daniel_takedaa…
10
私が西欧で受ける印象は、男性が進んで変えようとしたというよりも、女性が突き上げ、それによって起こる地殻変動を男性(そして女性)が許容してきたという経過です。私が感じる日本のハンデは、この「変化への許容度」が男女ともに極度に低いこと。変わることへの強い不安が、慣れ親しんだパターンに twitter.com/yuko_shibata_/…
11
日本のメディアでは「媚びていない女性表象」を見つけることは酷く難しい。可愛らしく、甲斐甲斐しく、献身的で、自己犠牲的で、宥和的...。
こういう環境に置かれれば、甲斐甲斐しく世話をし、自己犠牲を払ってでも献身的に振る舞い、侮蔑されても友好的に対応することを学ぶしかないのではないか?
12
男性は誰もそれを差別だとは思っていなかったし、むしろ賛美だと思っていた。自分には思いもつかない侵襲性や恐怖を女性が感じていたとしたら...。そう気づき、止める選択をする男性が増えたのだろうと思います。差別と思って差別をする人はいない。それは大事な「差別の現実」なのだろうと思います。
13
西欧では以前、魅力的な女性を見かけると、見つめたり、声をかけたり、口笛を吹いたりすることが女性への賛美だと考えられていました。しかしMeTooを機に、そのような行動を取る人がぱたりといなくなりました。女性たちがそれをどう体験してきたか、その声が社会に聞き入れられたのだと理解します。 twitter.com/tako001/status…
14
それが結構大丈夫なんですよ。在住国には混浴のサウナもあったりして、男女とも全裸で結構平気のようです。そこで気付かされるのは、「性的な視線」というのは生理的ではなく社会的に学んだものなのだということです。どういう文脈で何をどう見るかは、本来、意識的選べる動物なのですよね、私たち。 twitter.com/shige_to4/stat…
15
ちなみに在住国では毎年大規模なフェミニストデモがあって、市街地は通行止め、参加する教員もあるからと学校も休校になる。親が在宅でない家庭は子どもを学校で預かってくれるけれど、授業はない。女性の主体性云々の議論は、日本でもそれくらい実現してからにしようぜ。
16
この校則反対のデモが起こった時、夕方のニュースでも特集されていたのだけれど。女子高生が自分達の服装の自由と絡めて、イスラム系生徒のスカーフ着用の権利についても訴えていて(体育の時はスカーフを取るべきという議論が当時あった)、素晴らしいなぁと思った。繋がってるんだよ、人権は。
17
そういう状況下で「露出する権利」を擁護する人たちは、日本で今、撮影会を擁護している人たちとは重ならないように思うのです。擁護しようとしているものが、正反対だから。
18
露出する権利と言えば、在住国の若い女性の露出はすごい。夏はビキニトップで登校する子も結構いる。校則で禁止しようとしたら権利侵害だと全校抗議が起きてボツに。で、彼女たちは「見られること」にはちゃんと怒る。露出するのと見られることは全く別なのですよ。露出する権利ってそういうこと。
19
Holding power to account.
権力の責任を問う。
日本に欠けるのはこれに尽きると思う。政治でも教育でも家庭でも、権力を持つ人間の責任を問うことがなぜかされない。権力は監視されなければ腐るのが常。格差広がる社会の中で、権力の責任を問う文化がないのは皆にとって真に悲劇。
20
すでに英国放送局が取り上げていたようだ。カメラとマイクを向ける方向はやはり少女の親であり、写真を撮りに来る男性の方。日本でこれが出来ないのは、なぜ? twitter.com/svpvx0al/statu…
21
BBCが今回の件を取り上げるとしたら、フォーカスは確実にイベント主催者や写真を撮りに来るおじさんの方に向けられると思いますよ。そしてそれはきっとBBCがジャニーズ事務所を取り上げたのと同じ理由からです。
22
本当に女性の主体性を考えてみたいと思われるなら、今回の話題でなぜ自分が水着姿の女性の方を論じる対象に選んだのか。そこをじっくり自問してみられることを薦めたい。
23
水着撮影会の件。
赤ん坊の遺棄が報じられる度に起こる議論と重なる。話題にされるのはいつも母親(水着姿の女性)の方で、子どもの父親(写真撮りに来るおじさん)は消える。女性の主体性をここで論じること自体、女性蔑視の極みでしょう。
24
人類の責務として、人権侵害を犯さないために、受け入れるしかないから受け入れている。どうやって人権を守るのかという議論はあっても、仲良く出来るかという議論は聞いたことがない。日本が変わるには、「仲良くなくても存在していい」を国内でも進めていくことではないかと個人的には思っている。
25
この「みんな仲良くしよう」が日本の排他性の基盤になってるんじゃないかと思う。今回の入管法でも、仲良く出来ない理由を挙げつらって拒否を正当化する議論がとても多い印象。日本よりも移民・難民の多い国にいて感じるのは、仲良く出来るかどうかは関係ないということ。人権が絶対だから受け入れる。 twitter.com/kimuneill/stat…