私が子どもをほとんど叱らないのは、「叱らない方が効果的!」と考えているからではなく、「叱ってもあんま意味ないな…」と経験的に理解しているからです。
私の経験上ほぼ間違いなく言えるのは、「子どもを変えようと思えば思うほど上手くいかない」という事です。
子どもを笑わせた時に感じて欲しいのは、あなたが子どもに与えた面白さではなく、あなたが子どもに与えている安心感です。
児童精神科に勤めて早10年。 子ども達の話を聞きまくってきた私が辿り着いた【子どもの話を聞く時のポイント】をシェアします。 子どもの話を聞く時のポイントは 『子どもの話を聞く事』です。 いいですか皆さん? 子どもの話を聞く時のポイントは 『子どもの話を聞く事』です。 これはガチです。
目の前の子どもを「良い子」と感じた時にする事は、「自分は不機嫌になっていないか」という自問です。
「子どもに優しくできないな…」と思い悩む人は、子どもに優しくできる人なんだと思います。
「児童精神科で働きたい!」 ⇒倫理観を鍛えましょう! 「子どもの支援者に必要な能力は?」 ⇒倫理観を鍛えましょう!! 「子どもと良い関係性を築くた…」 ⇒倫理観を鍛えましょう!!!!! _人人人人人人人人人人人人人人人_ > 倫理観を鍛えましょう!!! <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
勇気を振り絞ってSOSを出した子どもに、「もっと早く言ってくれればよかったのに」と言ったのならば、その子からのSOSはそれで最後になるかもしれません。
子どもの精神科看護師あるある その447 子「腹減った」 看「さっき食べたばっかでしょ?」 子「腹減った」 看「…」 子「ねぇ〜腹減った〜」 看「も〜、暇だって言えばいいでしょ?」 子「バレた〜」 「暇」というのが恥ずかしく、その代わりに「腹減った」と言う子がいる。メチャかわいい。
子どもへの敬意を失ったらそこで試合終了ですよ…?
子どものSOSに関してはこちらで解説しています▼ 子どものSOSに『気づく人』、子どものSOSを『見逃す人』【違いを徹底解説】 youtu.be/UERJ1F8s7ug
子どもの『頭の中の多動』や『心の中の多動』は、周りからは気づきにくい上、本人も気づいていない事が結構あるので、 「頭の中グルグル〜ってなったりしてる?」 「気持ちザワザワ〜ってなったりしてる?」 みたいな感じで子どもに声をかけ、子どもがヘロヘロにならない様に休憩を促しています。
子どもの話をじっくりと聞き、子どもの意見を尊重し、子どもの自信を失わせない様に関わる支援者は、子どもから「優しい」と言われます。 しかし、この様な支援者は、「甘やかしている」と批判の的になる事があります。 ですが、私はその支援者に言いたい。 「めちゃくちゃかっこいいです」と。
自分の話に興味を持ってくれて、深く頷いてくれて、前のめりに話を聞いてくれる人に出会えたら幸せです。 そして、この出会いが子ども時代にあったとしたら、かなり幸せです。 だからこそ、私は子どもの話をひたすらに聞くのです。そして話の最後に「話を聞かせてくれてありがとう」と伝えるのです。
子どもを守っているようで、自分を守っている大人をたまに見ます。
退院した子と久しぶりに会った時、「久しぶり〜、元気〜?」的な感じの声かけは避けています。 元気度を聞くような声かけは、「元気な自分じゃなきゃいけない」と子どもに思わせる可能性があるので、「今日アホ暑ぃ」とか、「寝ても眠ぃ」みたいな、『マジでしょうもない話』をするようにしています。
忘れ物が多い子どもに対して、『次は絶対に忘れないように』と精神論の指導をするより、『忘れない仕組みをどうやって作るか』を子どもと一緒に考える方が3兆倍有益だと思います。
ボタンを掛け違えている子を見た時、「掛け違えてるから直そう」と修正点を伝える前に、「自分で着替えられたんだね」と現時点で出来ている事を認める。 この様に、声かけの順番を少し工夫するだけでも、子どもの自信を失わせない関わりが出来るのです。
子どもには、『用事がない用事』という大切な用事があります。 子どもが「用事がない」とあなたを訪ねて来たのなら、門前払いはせずに「ちょうど今こっちも用事がないのよ〜」と返してあげましょう。 そうすれば、【用事がないもの同士】となり、お互い力の抜けた良い感じのやりとりが出来ますよ。
子ども達に早くから知っておいてほしい事は、『自分を休ませる方法』です。
今日の一言
子どもは大人を穴開くほど見ています。 ・自分をちょいちょい労う ・しんどい時はSOSを出す ・他の人と比べて自分を下げない ・自分の非を認めて謝る ・休む日はしっかり休む ・物や言葉を大切に使う せっかく穴開くほど見られているなら、子どもに真似してほしい事を穴開くほど見てもらいましょう。
【定期】 私のしない8つのこと
「自分の人生の中に子どもがいる」ではなく、「子どもの人生の中に自分がいる」と考えています。
「苦しまないと成長できない」 「痛い目に遭わないと成長できない」 「傷つく事で成長できる」 こんな感じで子どもの成長を語る大人を見た時、私の頭の中のノブさんが、「苦痛に耐えたり、傷ついたりして成長するのは筋肉だけでええんじゃ…、心は壊れても元通りにならんど?」とつっこむのです。