実際に作品を生み出してもいない、作っていたとしてもまだクオリティ向上のためにやるべきことが山ほどあるような状態のクリエイター志望者が、「マネタイズ」や「宣伝」のことばかり気にしてしまうのは世の中の景気が悪いからで、個人を責めてもしょうがないんだろうな。しかし、つらみがある……。
「生活保護がある」って、「生ポで暮らせるだろw」とかいってた十年前の2ちゃんねらーとレベルが一緒だよなぁ。総理大臣がそんな発想なの、もう根本的にダメな国なんだなという感じ。
「比較的好き放題やれるTwitterでも、ここまでやったらさすがに限界で、大統領でもアカウントを凍結されるんだな」みたいに考えずに、「表現の自由が侵されている! これでは中国共産党と同じ!」とか言い出すの、認知が深刻な歪み方をしてるとしか言いようがなくないですか。
「弱者を助けなければならない」と誰かが声を上げると、「それは本当に弱者なんですか?」「私たちの方が弱者です。それでも立派に生きているから甘えないでほしい」「弱者は淘汰されて当然だ」みたいなリアクションの方が大きくなる国になってしまった感じがするわけですよ。
オードリー・タンもそうだし、他の人もそうだけど、なんというか、海外の識者の本を読むと、なんだかんだでまだその国の「社会」がぶっ壊れていない、少なくとも壊れていないと信頼できる感じを受けて、せつなくなる。私の感触だと、もう、日本の「社会」はぶっ壊れているので。
TSUTAYAは「このCDはサブスクリプションに入ってません」棚を作ったらいいんじゃないだろうか。DVDも。
cakesの問題から端的に見えて来るのは、ポリコレやコンプラの存在で表現が世に出なくなるのではなく、その存在を織り込んだ上で適切な対応をする技術も覚悟もないがゆえに、表現を封印することで済まそうとする媒体運営元の安易な事なかれ主義が表現を殺すんだということではなかろか。
「編集者不要論」みたいなものが罷り通った結果、何が起こったかといえば、出版社の教育システムの中で継承されてきたまともな編集者育成のノウハウが壊滅し、素人同然の編集者がのさばるようになって、書き手が苦労し、読者も損をする時代の到来だったな……みたいな感じだよ。
既に金持ちなのに「子供や孫に苦労させたくない」という理由で、80歳近くなっても年収一千万円くらいもらえてほぼ労働実態のない役職についている例を複数知っている。子孫が働かなくて済むくらいの金を遺したいみたい。親心というのは、これくらい狂気に近い感情を孕む場合があると感じてる。
孤独死に関しては、まあ、AIかなんかを駆使した安価な見守りサービス(スマートウォッチかスマホと連動してバイタル観測しておいて、生体反応が一定時間消えたら自動でセンターに連絡が行く)が普及したらそれで終わりじゃないかという気が。いまさら地域社会の復活もないでしょうって感じだし。
知人から田中芳樹先生がフレデリカの描写について触れているインタビューのソース画像が送られてきた。私の責任で引用しますね。出典は『銀河英雄伝説 6 飛翔篇 』(マッグガーデン・ノベルズ) の297ページ・298ページ。商品にリンクもしときます。 amzn.to/33ncPLt
『銀英伝』の話題の火元を把握した。原作ファンが怒ってるけど、たしかマッグガーデン・ノベルズ版収録の田中先生のロングインタビューで、「フレデリカまわりの描写は、今だったらもうちょっと違うものにする」みたいなことをご本人がおっしゃってなかったっけ? 手元に本がないのでアレだけども。
人気タレント個人がどんな思想の持ち主であっても、正直なところ別にいいといえばいいんですけど、その支持者という形で大量の「私たちは差別なんかしません! あ、でも、外国人はいつ犯罪をするかわからないので、身近にいるとちょっと怖いです(笑)」みたいな人が可視化されてくるのがしんどい。
100年以上前の小説、普通に楽しむけど、「うへー、どえれえ女性蔑視。やべえ人種差別。よくない時代でしたなぁ。おもしろいとこもあるけど」みたいな感じです。
男が「これくらいのこと」と考えてしまいがちなものが、全然そうじゃないケースをひとつでも実感すると、他のことについても意識が変わるというか。
これ、少年マンガだけじゃなく、少女マンガにもたまに出てくるから、もちろん中には「いい思い出」になっている人もいるんだろうけども。しかしどうもいろいろ読んだり、話を聞く限り、多くの女性は本気でツラい経験みたいなんだよなー。
少年マンガの性加害描写の話でいうと、「男の子って好きな娘についつい意地悪しちゃうもの。それは微笑ましく受け止めるべき」みたいなテンプレのシチュエーションが、実際のところ女子からすると心底嫌な状況で、トラウマ化するくらいのものだと知ったとき、結構考え方が変わったんだよなー。
「十分な性教育が行われていなかったので少年マンガのエロコメから間違った常識を刷り込まれてしまった」と考えているのに、なぜ矛先をまず少年マンガに向けるのか。そこで主張すべきは「もっとしっかりとした性教育が行われるべき」であり、その妨げとなっている一部保守系議員を告発することでは。
「行き過ぎたポリコレ」どころか、最低限のことすらあまり共有されていないので、煙たがられようが随時指摘しなきゃダメだなぁ……というのが、最近の私のモードです。日本は「行き過ぎたポリコレ」を心配するような段階まで達してないんじゃないかなぁ。
箕輪氏はTwitterも別アカで再開してるし、キンコン西野氏の配信動画番組にもゲスト出演してるし、もう「禊は終わった」モードなのかしら。動画の感想でもセクハラに触れたものは出てこないし、信者を囲い込んでやる商売ってちょろいんだなー、という感じ……。
「欧米の表現がポリコレで壊滅し」ってスゴいよなぁ。海外ドラマも映画も、ろくにチェックしない人なのかしら。 あとまあ、今の日本に海外のアーティストを誘致なんてしたら、ちょっと政治的発言をするたびに「失望しました!」とか騒がれて「表現の自由」が脅かされるんと違うかしらね。 twitter.com/noooooooorth/s…
「ポリコレでつまらなくなった」よりも「ポリコレ憎しでアホになった」人の方をよく見かけるのが、Twitterランドである。
人間のイヤなところにひたすら目が向いてしまうタイプの創作者の人がいて、それはそれでひとつの才能の形として素晴らしいと思うのだけど、問題はその作品が「リアル」「真実」みたいな言葉で称賛されがちなことだなと前々から思ってる。世の中、別にそこまで捨てたもんでもないですよ、たぶん。
都知事選の泡沫候補:ロマン優光連載164 - ブッチNEWS(ブッチニュース) bucchinews.com/subcul/6666.ht… >香港の住民が命がけで守ろうとしていた権利を単におふざけのために使っている。それを見ているのは本当に辛い。 ここ読んで、泣けてきてしまった。ホントにそうなんだよ……。
キツいというか、そういう世の中には私たち、普通に怒っていいんじゃないかと思うんですよ……。